【15】怪盗の美学
熱々のサンドイッチを抱えて店を出ると、エドとユノが駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!服貰えたの?良かったな!」
「はだか、さむいもんね」
「エド、ユノ」
空いた手で俺は2人の頭を撫でてやる。
本当は一緒に飯を食いたいが、少し店に長居してしまった。そろそろ衛兵がクラリスさんとこに戻ってくるかもしれない。
「ごめんな。待たせといて悪いけど……一緒に飯食えなくなった。俺、この不審者……ユディと早く帰らなきゃならなくてさ」
「えー」
「えー」
2人は残念そうに俺を見上げる。
うっ、良心が抉られる……。
「お詫びにこれ、食ってくれ」
俺は熱々サンドイッチを全部渡した。
「えぇっ!?3つも!?」
「わーい!おなかいっぱい、たべられるね!」
それから、と俺は忘れずに付け足しておく。
「実はさっき、エド達の姉貴に会ってさ。ぶつかって迷惑かけたから、このサンドイッチは迷惑料ってことで渡してくれ。暖かいうちに、姉貴と一緒に食えよ」
ひったくり犯を捕まえる為とはいえ、エド達の姉貴に馬乗りになったのだ。完全にセクハラである。
これは謝罪料 兼 手打ち金だ。
「頼むから許して」という俺の副音声付きである。
「姉貴も喜ぶよ!優しいんだな、兄ちゃんーーそういえば、名前聞いてなかった!」
「おにーちゃん、なんていうの?」
「ん?俺か?アルノーだ」
2人は顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「ありがとう!アルノー兄ちゃん!」
「ありがとっ!アルノーおにーちゃん!」
やはり、子供の笑顔は心が浄化される。
笑顔で駆けていく2人を、俺は手を振って見送った。
「……君の分まであげて良かったのか?」
「俺の分はこれ」
ぺちゃんこサンドイッチがある。
ユーディアはそれを見て、「フン……」と目を逸らした。
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夕暮れに近い空の下。
俺とユーディアは、少し高い建物の屋上に居た。
街全体をよく見渡せる。
アジトへの帰宅途中、衛兵の動きがどうなっているのか確認したいと言ったら、ユーディアに連れてこられたのだ。
ただ……いつもは前を歩くユーディアが、今日だけは俺の少し後ろを歩いていたのだけが、少し引っかかった。
「お前、途中から技能使って、姿消してただろ」
「君が黙ってろと言ってたじゃないか」
「そーじゃなくてさ……」
挨拶くらい、すればいいのに。
俺が叩いたのがそんなに嫌だったのか?
俺はポケットに突っ込んでいたサンドイッチを取り出す。ちょっと潰れたが、最初にもらった土が付いていない方だ。
「ほい」
「……これは君のだろう」
「今日のお礼。助けに駆けつけてくれたじゃん」
「師として当然のことをしたまでだ」
「だったら、弟子の顔くらい立てて受け取れよ」
その言葉に観念したのか、サンドイッチを受け取る。
俺も土まみれの方を軽く叩いて食べてみた。
「ん〜まっ!」
久しぶりの飯だ!
やはりニーナさんのサンドイッチ、最高っ!
「……君は、あの財布の中身を盗らなかったのだな」
むしゃむしゃとサンドイッチをパクつく俺に対し、サンドイッチを持ったままユーディアは食べようとしない。
「さっきも言ったろ。そんな事しねぇって」
「何故だ?」
「何故って……」
「婦人の謝礼金も、手をつけなかったじゃないか」
「そりゃ、まぁ、思うところもあったし……」
なんだよサンドイッチ食わねぇのかよ。
食わねぇなら返して貰いたいんだが?
チラリ、と俺がユーディアを見ると、ユーディアが真剣な表情で俺を見ていた。
そ、そんなに俺の具材の方が美味そうか?
“隣の芝生は青く見える“とは言うが、もう俺が食っちまってるから俺のだぞ。
ヴゥ〜……と俺が威嚇をすると、ユーディアは目を伏せた。
「……異世界人が住む世界は、とても豊かな国だと聞く」
「ん?まぁ、そうだな」
特に俺の国ではエンタメに困らない。
俺みたいな陰キャなエンジョイオタクにとって、天国のような場所だ。
って、あれ?サンドイッチの話じゃねぇの?
「ーーなら、今のような金のない生活は嫌だろう」
「当たり前だろ!俺は衣食住が限りなく保証された豊かで平穏な暮らしがしたいんだよ!出来れば贅を尽くしたい!豪華な暮らしがしたい!」
「……実に、君らしいな」
ハッ、とユーディアが鼻で笑う。
「ならば何故、君はあの財布から金貨を盗らなかった?」
「は?」
さっきも答えたじゃん……。
俺の答えが気に入らなかったのだろうか。
「そりゃさ、金貨は欲しかったけど」
「ならーー」
またぐだぐだ言いそうなユーディアをぶった切った。
「お前、そういうの嫌がるじゃん?」
サンドイッチをもしゃりながら、俺は続ける。
「盗んだものは必ず返す、だろ?お前の美学とやらは。……まぁ、成り行きでお前の“弟子”になって、“見習い怪盗”やってるけどさ。そこだけは守らないとな。お前の矜恃が傷ついたら嫌だし」
もし俺が師匠で、弟子が教えにそぐわないことをしたら、嫌な気持ちになるだろう。
そういう、単純な話なのだ。
ユーディアが驚いた顔で俺を見る。
「……なんだよ」
「君は、怪盗の美学を理解していないと思っていた」
してねぇよ。お前のそんなふわっとした美学なんて。
そう言いたかったが、そんな雰囲気じゃなかったので口を閉ざした。コイツは真面目な話をしたいらしい。俺は空気が読める男なのだ。
「アルノー君は、下衆で、外道で、自身の欲望を何より優先させるクズだと思っていた」
「あ゛?喧嘩か?喧嘩すっか?」
お゛ん?と俺が睨むが、奴は「ハッ」と鼻で笑った。
「師である私の言うことをまともに聞いた事ないじゃないか」
「お前の言うことを100%聞くほど、お利口な弟子じゃないんでね!俺は!」
「確かに、君は低脳なお猿の“サルノー君”だからな」
クッソぉ!空気読んだ俺が馬鹿だった!
やはり、先ほど罵倒しとけば良かったか!
「ーー私は、君が金貨を盗むと思っていた。……師匠、失格だな」
ユーディアは俺から視線を外し、遠くを見つめる。
俺もその視線の先を追ってみる。
青い空の地平線部分に、オレンジ色の空が滲み出していて、眩しい。
「たった半日、私が君から目を離しただけで、アルノー君は様々な人と繋がりが出来ただろう」
「お、おぅ」
「私は怪盗だ。君のように、日向に住む人達との繋がりは私には持てない」
先程から話のベクトルがコロコロ変わり、俺の頭が追いつかない。
随分と深刻そうな顔をしている。
俺がサンドイッチを食べ終えたというのに、アイツはまだ一口も食べていない。
ーーユーディアは、何を言いたいんだ?
その答えは、案外すぐやって来た。
「私のような日陰者と居るより、君はあのような日向側の人間と共に暮らした方がいい」
…………は?
突然何を言い出すんだ、コイツ。
ポカンとする俺に、ユーディアはつらつらと具体例を上げ始める。
「ニーナ婦人の所なら、頼み込めば住み込みで働かせてくれるだろう。毎日美味い食事が食べられるかもしれん」
ユーディアはこっちを見ない。
いや、目を逸らしている。
「クラリス婦人も悪い人ではなさそうだ。気に入られている君なら、きっと面倒を見てくれる」
「ちょ、ちょっと待てよ」
勝手にぽんぽんと、話を続けられても困る。
しかし、彼は止まらない。
「エド少年とユノ嬢には、君と歳の近い姉が居るのだろう?そちらに身を寄せて、楽しく過ごすのも悪くはない」
「おい」
「ルルシェラ嬢はどうだ?高貴な身分で金もありそうだ。君の望む、贅を尽くした暮らしが期待できる」
「待てって」
「別の領地か、別の国に行くのでもいいかもしれん。君ならきっと、一人でもうまくやれる」
「待てって言ってんだろ!」
乱暴にユーディアの肩を掴む。
「今更……突然、何言ってんだよ」
それでも、彼は目を合わせない。
「【師弟契約】はどうすんだよ!」
「ーー私が何とかしよう」
「指輪は!?俺が帰る為の!」
「……何とかしよう」
「何とかしようって……今だってどーしよーもねぇのにどうすんだよ!」
何考えてんだ。
分からない。
マジで全然分からない。
「文字の練習は!?怪盗の訓練は!?まだ1回しかやってねぇじゃん!」
「……」
「せっかくアジト綺麗にしてやったんだぞ!?」
「……」
「職業訓練所だって、始めたばかりだ!」
ーーユーディアは、目を合わせない。
なんで突然こんなこと言い出したんだ?
何がきっかけだ?
「……俺のせい、か?」
「…………君は悪くない」
「じゃあ、ちゃんと言ってくれ」
分からないのだ。本当に。
ユーディアが何を思っているのか。
今どんな気持ちなのか。
短いとはいえ、俺はコイツとずっと一緒に居たのに。
「教えてくれ。俺、馬鹿だから」
一拍置いた後、
ユーディアは口を開いた。
「ーー私は、“師匠”にはなれない」
歯を食いしばるように、
絞り出すように、
声を出す。
「“師匠”とは、誰よりも“弟子”を信じる者だ」
何かを思い出すように、ユーディアは遠くを見る。
「見本であり、目標であり、希望であり、憧れであり……導く存在。“弟子”を支え、一人で立てるように、手を差し伸べる人生の先導者。ーーその道が例え先の見えない悪路でも、前に立ち、降り掛かる火の粉を払い、弟子が安心して身を寄せられる“居場所”となるべきものだ」
その言葉はまるで……誰かから譲り受けた言葉にも、心からの誓いの言葉にも聞こえた。
「【師弟契約】は血よりも濃い、魂を結ぶ誓いだ。この契約は、師が歩んできた輝かしい人生を半分以上、弟子へ託すに等しい。……私はまだ、託せるような偉業を成し遂げてはいない。そもそも師として、あまりにも未熟すぎる」
最初ーーユーディアは【師弟契約】には“神聖な儀式魔術が必要”と言っていた。
彼にとっては本当に、【師弟契約】を結ぶとは“特別なこと”なのだと、今さら分かった。
「例え君が“弟子”でないと言い張ろうとも……私は“師匠”なのだ。せめて君が一人で立てるようにと、手を引いてやらねばならなかった。ーーしかし、私に出来たことはほとんどない」
そんなことはない。
ユーディアにはあらゆる面で世話になっている。
そう言う暇もなく、彼は続ける。
「私は、異世界人の君には自活は無理だと思っていた。だからこそ面倒だったが居場所を作ってやり、脅威から守ってやらねばと思っていたのだ。……だが君は、自ら危険に首を突っ込み、それを自身の知恵と勇気で乗り越えーー自分で“居場所”すら作れるほどの行動力と優しい心を持ち合わせていた」
俺がニーナさんやクラリスさんと話している時、コイツが出てこなかったのは、そこが俺の“居場所”となるかも、と……遠慮したからか。
「なのに、私は……君が『怪盗の美学』など、鼻で笑って踏みつける奴だと勝手に侮り、心のどこかで見下していた。……本当の君は、誰よりも他人を思いやり、その為になら不利益すら被る人だ。……それを私は見ようとはしていなかった」
項垂れるように、視線を落とす。
「ーー私は、何もかも足りない。師として……失格だ」
悔しそうに、けれど無気力に、
彼は口を結んだ。
「なぁ、ユーディア」
俺は、何となく察してしまった。
「お前、昔 ーー誰かの “弟子” だったのか?」
「……………………」
無言。
だが、それは何よりも肯定を意味していた。
ーーだからユーディアは、
師匠と弟子の関係にこだわっていたのか。
【師弟契約】について詳しいのも、
実際に“弟子”として過ごしたことがあるからだ。
そしてユーディアの口ぶりからして、
彼にとっての“師匠”とは、
彼の道を照らし、心の拠り所となってくれていた、
何物にも代えがたい大切な人だったのだろう。
その“師匠”との過ごした、宝石のように輝かしい思い出が、彼の中での「師としての在り方」を作り上げたのだろう。
ユーディアにとって【師弟契約】は、
かつての師との“思い出”そのものだったのだ。
しかし、そこに異物が紛れ込んだ。
ーー俺だ。
本来は弟子との信頼関係が築かれてから行う【師弟契約】が、意図せずに俺と結ばれてしまい、ユーディアは困惑した。それでも、師との思い出を頼りに、何とか師匠の体裁を保とうと、コイツはコイツなりに頑張ってきたのだ。
しかし、あれこれ気を利かせても
弟子の俺は言う事を聞かず、
逆に俺が彼を指導したり、
自分勝手に彼を振り回した。
その理想との乖離を経て……
ユーディアはーー俺には“師”は不要だと分かった。
だから俺を、日陰者の世界よりも平穏な表の世界で生かせようと、判断したのだろう。
だとしたら。
“師弟関係”をずっと軽視してきた俺は……
ーーユーディアにとって、
もっとも大切な“思い出”を踏みにじってきた事になる。
「ユーディア」
……なんて、声をかければいいんだろう。
俺は“直線上のP点”。
これまで友人なんて作らなかった、
いわゆるボッチである。
そんな奴が、
誰かの気持ちを、汲み取れる訳がない。
適切な言葉なんて、投げかけられない。
事態を丸く収めるとか、到底無理な話だ。
だから、
「俺には、師匠とか弟子とか、分かんねぇよ」
嘘偽りのない言葉を、投げかけるしかできない。
俺は物語の主人公ではないのだ。
誰かを救うような、光り輝く宝石みたいな言葉なんて思いつかない。
ただーー心のままに、本音を伝えるしかない。
「お前の言う通り、俺はーー下衆で、外道で、自身の欲望を何よりも優先させるクズだよ。師匠面するお前の事だって、ポンコツのくせになんでこんなに偉そうなんだってずっとムカついてたし、今も勝手に弟子の今後を決めつけるお前の事、マジで腹立つわ」
ーー俺は器の小さな男である。
故に、
気も利かず、
自分勝手で、
気まぐれで……
そして何より、
ーーーー臆病であった。
「異世界に騙されて飛ばされて、罪を着せられて、死にかけて、突然師弟関係が結ばれて……ほんと散々だ」
元の日常に戻れないんじゃないか。
もう二度と帰れないんじゃないか。
いつ捕まるか分からない生活。
死がより身近に感じる日々。
気丈に振舞っても。
気にしてない振りをしても。
楽しく過ごそうとしても。
前を向こうとしても。
その現実の重さは、
この世界の不条理は、
そんな俺の臆病な心を、
……確かに蝕んでいた。
「夢に描いてた異世界生活だってのに、初っ端から犯罪者扱いで、飯は味がしない残飯スープで、ベットもないあばら家で過ごして、コソコソ隠れるような日陰者の生活だぞ?ホントにクソみたいな生活だ」
だからこそ、
『俺はまだ正常だ』と思いたくて
『俺は悪くない』という安心が欲しくて
今の現状を作った原因の一つであるユーディアを
『“犯罪者”だから』と、心のどこかで軽視していた。
ユーディアが俺に生き方を教えてくれていたのに、
一方の俺は真面目に聞いてすらいなかった。
それどころか、言うことは聞かず、自分勝手に動き、
コイツはダメな師匠だと勝手に決めつけた。
俺は、俺の事しか考えてなかった
きっと気付かないうちに、
ユーディアを傷つけていたのだろう。
ーーーー俺は、クズ野郎だ。
「アルノー君……」
ユーディアが、バツの悪そうな顔をする。
「なんでそんな顔してんだよ」
「……君の言う通りだと思ったからだ」
「違う。俺が言いたいこと、半分も言ってねぇのに、勝手に終わらすなアホ」
人差し指を突きつける。
ビシッと。彼が俺の方を向くように。
「だけどな、俺がこうして生きているのはーー」
そう、そんなクソな世界で生きていられるのは。
「ーーお前のおかげだ、ユーディア」
ユーディアが、少し顔を上げる。
「俺は、お前が師匠でムカついてるけど、それと同じくらい、お前が師匠で良かったって思ってるんだよ」
ーーこの世界に来てから、
俺はユーディアから与えられてばかりだ。
「俺はお前に、命を助けられ、世界の事を教えてくれて、今日生きる術を与えてくれた。分かるか?まだ会って数日の、赤の他人である異世界人に、だぞ?」
もし最初に出会ったのが、ニーナさんやクラリスさんだったら、“白札”で異世界人で常識知らずの俺を、大手を振って迎え入れてくれただろうか。
いや、まず無い。
「いくら【師弟契約】が結ばれたとしても、俺の命を救った後、ここまで世話を焼く道理はないだろ。それでも、お前は極力、できる範囲で俺を気遣ってくれた。逃走経路の確保や、路地の歩き方、技能の獲得方法、飯の調達方法……あげたらキリがないぞ」
そうーー極論を言ってしまえば、ユーディアにとって、『俺が死ななければいい』のだ。どこかの施設にでも監禁して、死なない程度にエサでもやっていればよかった。その間に、契約解除方法をゆっくり探せばいいのだ。けど、そうしなかった。
「お前の師匠がどうだったか知らないけどなぁ、俺にとって“師匠”はお前だけなんだよ。何でもかんでも照らしてくれるようなお前の中のすっげぇ師匠じゃなくて、俺を見下して、鼻で笑って、馬鹿にして、コケにして、時々ポカやらかしてーー」
俺は、親指で自身を指さす。
しっかりと、胸を張って。
「“弟子”と肩並べて歩いてくれるような、そんな師匠がいいんだよ。ユーディア」
その言葉に、ユーディアがやっと顔を上げた。
マゼンダ色の派手な瞳が、俺を見つめる。
「……私を、師と呼んでくれるのか」
「あったりまえだろ。お前は自分の中の“師匠”としての立ち振る舞いを意識し過ぎなんだよ。ユーディアは俺のことをすげぇ奴みたいに言うけどさ、俺だってお前のこと、すげぇ奴って思ってるんだぜ」
心からの言葉を、俺は紡ぐ。
時々ポンコツではあるが、彼は確かに有能で素晴らしい……俺から見れば、すげぇ奴なのだ。
その想いが、少しでも届くように。
「ーー俺も、お前に悪いことした。【師弟契約】の重さも知らず、お前の大切な“思い出”を土足で踏みにじった。そこは、ごめん」
俺もコイツに負けないくらいポンコツだ。
同じポンコツ同士なら、せめてまっすぐ言葉を交わさないと、想いなんて伝わらない。
「俺はお前のこと、ちゃんと尊敬してるよ。でも俺はクズ弟子だからさ?お前を師として見仰ぐことは、まだ出来ねぇよ。強いて言うなら、馬鹿やる仲間みたいなもんだ」
「……ならば、君と私との関係は一体……」
「まだ分かんねぇのかよ」
そんなの、簡単なことだ。
「そういうのをな、ーー友達って言うんだよ」
この年齢でこれを言うのはちょっとはばかられるが、旅の恥はかき捨てよ、とも言う。
往来で全裸になった時、そんな恥は既に丸めてゴミ箱にポイッとした。
ちなみに未だにあの件は許してなかったりする。
「俺はクズだ。【師弟契約】のことなんて何も知らず、ギャーギャー騒いで、お前の尊厳を傷つけた。ちなみに俺だって、若干お前のこと見下してたんだぜ?でも、お前だって俺の事を、馬鹿にして、侮って、見下してたじゃん。クソ野郎だって。ほら、お互い様だ」
見下し、見下され、罵倒し、罵倒される。
気が合わない、と最初こそ思ったが、
それでもまぁ、
なんとかここまで上手くやってきたのだ。
なんだかんだ、
コイツとはうまくやって行ける気がする。
「俺が居場所を選ぶなら、お前のとこがいいんだよ。だから、一緒に行こうぜ。天下の大怪盗ユーディア様なんだろ?だったら俺に教えてくれよ。お前のすっげぇ師匠の直伝じゃなくてさ……お前自身が考える『怪盗の美学』ってヤツ。なんなら一緒に考えてやるよ。強欲で、自由で、我儘な、最高の『美学』をさ?
ーーそういうのが、友達ってやつだろ」
いろいろ講釈を垂れたが、俺だって友達はいない。
こういうので、合ってるかなんて知らない。
でも、こういう形であってほしいと思った。
「友達ーーか」
ポツリ、とようやくユーディアが呟く。
「……く、くくく、はははははっ!」
肩を震わせ、ユーディアは笑っていた。
「この怪盗ユーディアに、友達かね!!」
「な、なんだよ。ダメかよ、友達」
こういうのはシラフだと言いづらいのだ。
かき捨てた恥がコロコロと転がってきて俺のつま先にコツン、と当たる。
……恥ずい。酒が欲しい。あー、酒が飲みたい。
「いや、すまない。友人など、生まれてこの方出来たことがないんでね」
「お前もボッチだったのか……」
「そういう君も、その口ぶりではそのようだね」
ぐぬ……と唇を噛む。
それを見て、くくくっ、と笑いを噛み殺すように、ユーディアはニヤつく。
「……私も師としては、未熟だ。君を導けるような立派な師にはなれない」
先程と似たような言葉だが、彼の表情は明るい。
「だから、我々は騒がしい友人くらいの関係が、ちょうどいいのかもしれないな」
そう言って、彼はようやくサンドイッチを一口食べた。
「うまっ」
コイツも腹が空いていたらしい。
珍しくガツガツと食い付いていた。
ーー空が、明るいオレンジから、茜色に染まり始める。夕暮れだ。
改めて見ると……こんな魔法盛りだくさんの異世界でも、夕暮れは地球と似たような色合いになるのが何だか不思議な気持ちになった。
ナメック星とか、空は緑色だったのにな。
「しっかしホント……お前めんどくさいな」
「むっ」
「俺が本当に居場所を変えるつもりなら、お前と一緒にアジトに帰る途中でこんなとこ寄らねぇよ」
「ぐむっ」
気まずそうにユーディアはもしゃもしゃとサンドイッチを頬張る。
コイツもたまにはナイーブになる時があるのだ。師匠である以前に、コイツだってただの人間なのだから。
「……さて、弟子よ」
「ソースで口元びちゃびちゃだぞ、師匠」
おほん、とユーディアは咳払いをし、口元を拭った。
「さて、弟子よ」
「何事も無かったかのように繰り返すのか、師匠」
「黙らんか小僧」
夕陽を背にし、ユーディアは歩き始める。
俺はその背を追った。
まだ俺はこの街の地形を覚えていない。
今しばらくは、コイツの背中だけが頼りだ。
「ーー帰ったら文字の練習を頼めるかね?」
そういうユーディアに、俺は意地悪く笑った。
「今日の俺は厳しいぞ?」
「ハッ、その分、今日の怪盗の訓練も厳しくしてやろう」
「ちょ、調子に乗りました!すみませんっ!!」
「分かればよいのだ」
ハハハ、と笑う声につられて、俺もへへへ、と声が出た。
帰ろうーーアジトへ。
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アジトにて。
日が落ちた屋根の上に、
洗剤の洗い残しで、バリッバリ!になった怪盗服と、
水洗いしたせいで子供用かと思うほど縮んだ革手袋が、
野ざらしにされていた。
「小僧ぉぉおおおおッッーーーー!!!!!!!」
「あ"あ"あ"あ"あ"!ごめんごめんごめんて!!!」
この日、俺は師匠からこっぴどく叱られ、昨日より訓練が3割増で厳しくなった。
あと、洗濯は各自で行うことになった。




