【13】まだまだリアル衛兵ごっこ
屋上で大の字になり、荒い息を整える。
筋肉痛はもはや気にならない。アドレナリンのせいだろうか。
「君は本当に言う事を聞かんな。うろちょろするな、と私は確かに伝えたはずだが?」
手すりに結んだマントを解きつつ、ユーディアは片眉を上げる。
「筋肉痛で今日は動けん、と言っていたではないか。一体どうして衛兵に追われている?」
「色々、あって、な…………」
目線をユーディアへ向ける。
マジで、よく咄嗟に俺の考えが分かったな、コイツ。
それはともかく……
「……助かった。信じてたぞ、“ユディえもん”」
「変な呼び名を付けるな。お猿の“サルノー”くん」
「お前もな……」
上半身を起こし、さっきまで居た建物を見る。
「どこだ!?」「居ないぞ!?」と衛兵達が俺を探しているのが分かった。
「ここはマズイ。さっさとずらかるぞ」
マントを俺に投げつけ、ユーディアはカツカツと屋上の扉に向かう。
……扉?
俺はその行動に少し“違和感”を抱いたが、逃げられるのならこの際どうでもいい。
ユーディアはポケットから細い針金を出すと、扉に差し込み、ピッキングを始めた。
……カチャカチャ
……カチャカチャカチャカチャ
少し待ったが、全然開かない。
そういやコイツ、牢屋の扉を開けるのも苦戦してたな。
「居たぞッ!」
とうとう見つかった!
俺はマントを羽織ると、まだカチャカチャしてるポンコツに駆け寄る。
「おい、ピッキングはお前には無理だ!」
「待て、あと少しで何かが掴め……」
「いいから蹴破れ!ポンコツッ!」
「ぐぬぬ……!」
ユーディアは針金をしまうと、
決め技を放つかのように足を振りかぶりーー
ペシッ。
「いった……」
扉に当たった瞬間、つま先を抱えてその場に崩れ落ちた。
よっわ!?
「お前なんだよそのへなちょこキック!?」
「怪盗キックが効かないとは……この扉、なんという防犯性能だ……」
「どこがだ!お前こそ《体力系統》の技能が必要じゃんか!あーもー!どけっ!」
俺は勢いをつけて扉を蹴っ飛ばした。
ドンッ!
派手な音を立てて、扉が開く。
ーーと、同時に、
「《脚力上昇》!」
「《筋力増加》!」
衛兵達の声。
それと共に、数名が人間とは思えない大ジャンプでこちらの建物に飛び移ろうとしていた。
ただのひったくり犯に対して、あまりにも本気すぎる。
「いい加減諦めろよ!?」
俺はユーディアを引っ張り起こし、二人で階段へ飛び込む。
「なんでこんなにしつこいんだよ!」
「外周警備の衛兵は給与が他より低い分、犯罪者を捕まえた時に貢献度ごとに全員へ賞与が与えられるのだ。また、多少の犯罪数値がある者は数値が“0”になる。死ぬ気で捕まえに来る者も多いぞ」
「どうりで仕事熱心なのかよっ!」
それなら俺だって衛兵になりたいわっ!
階段を駆け下り、外に出る。
表通りの道だ。
そこには、
「見つけたぞ!」
「囲め!」
6~7人の衛兵が、
逃げ道を塞ぐように待ち構えていた。
「ユーディア!《無名讃歌》を!」
「無理だ!来る途中で魔力をかなり使った!足りん!」
衛兵達が剣を構え、円形にジリジリと詰め寄ってくる。
なにか、なにか突破するヒントはーー
俺は、バッと向かってくる衛兵を見渡した。
ーー左手前方の衛兵、剣を上段で構えている。
「来い!ユーディア!」
「っ!」
その衛兵の懐へ飛び込み、片手を突き出す。
「《落下猶予》ッ!」
俺の魔力が、ゴリッと削られる。
視界が白くなり、一瞬意識が飛びかけたが、
気合いで無理矢理引き戻す。
衛兵が振り下ろそうとした剣が、ピタリと空中で止まった。
突然、剣が空中に縫いとめられたことに驚く衛兵。
「オラァッ!!」
その隙を逃さずタックルし、
無理矢理こじ開けるように包囲網を抜けた。
「アルノー君!その《落下猶予》、剣にも効くのか!?」
「多分な!効いてくれて助かった!」
「多分!?もし効かなければ、先程斬られていたぞ!?」
「捕まったら死刑だ!結果オーライだろ!」
人混みをかけ分け、表通りから近くの路地へ滑り込む。
「馬鹿者!君に何かあれば、私の大半の魔力が失われるのだぞ!?そういう捨て身の特攻はやめたまえ!」
「俺の機転が無ければヤバかっただろ!説教は後にしてくれよ!」
まずはこの状況を何とかしないと!
「ユーディア!確か、空を飛ぶ技能あったよな!?それで逃げられないか!?」
ユーディアが使えるなら、《偽相盗用》で俺も飛んで逃げればいい。
「《月下舞踊》かね?ダメだ!あれは“月夜”でなければ使えん!」
「はぁ!?そんな制限あんのかよ!?」
さすが俺の《落下猶予》の系統。クセが強い。
「じゃあ、俺が《無名讃歌》を使う!」
展開型に展開型を重ねるので、魔力がどの程度持つか分からないが、できなくは無いはずだ。
しかし、ユーディアからの返事がない。
「おい、聞いてるのか!?」
返事が出来ないほど、もう体力が無いのか?
そう考える俺とは裏腹に、一拍置いてからーー落ち着いた声でユーディアは口を開いた。
「ーーいや、君には無理だ」
「は?いや、俺の技能でーー」
「無理だ」
断言。
やってみなければ分からないのに、
まるで“出来ない”と知っているかのような口調。
ここまでキッパリと言われるとは思わず、
咄嗟に反論が思いつかない。
遠くから衛兵の足音が聞こえる。
先程よりも、大人数だ。
徐々に路地が囲まれつつある。
「ーーなぁ!さっき、どうやって屋上まで上がったんだ!?」
「何がだ?」
先導するユーディアの背中を追いながら、俺は先程の“違和感”をぶつけた。
「あの建物!外に階段が無かった!屋上には扉からしか入れなかった!なのに、鍵がかかってただろ!」
そう、あの建物には外付けの非常階段が無かった。
てっきり《月下舞踊》を使ったのかと思ったが、発動条件的に無理だ。
ーーなら、どうやって屋上に行った?
ユーディアは言いたくなさそうにしていたが、諦めたように口を開いた。
「……《天蓋疾走》という技能を使った」
「なんだよそれ!」
「『重力を無視して、壁や天井を走れる』技能だ。それで外壁を駆け上がった」
「はぁ!?めちゃくちゃ便利じゃん!早く使ってくれよ!」
ユーディアは嫌そうに顔をしかめる。
俺の方をチラリと見た。
「この技能は一人用だ。それに……アルノー君に見られると、『偽相盗用』で真似をされるのが癪なのだ」
「言ってる場合かっ!」
角を曲がる。その先は分かれ道があった。
右奥から足音。
しかし、左はーー袋小路だ。
道を戻る時間はない。
「壁を登って逃げても追ってくるだろう。転移魔法でもない限り、逃げ切るのは難しいぞ」
「転移魔法なんてあんのかよ!?覚えてぇ〜!」
「転移出来るのは体だけで、衣服は全部置き去りだがな」
「なんだそのクソ仕様!?覚えたくねぇ〜!」
ほんとにこの世界の技能、性能がピーキー過ぎんだよ!
「せめて少しでも衛兵の目を逸らせる事が出来れば、屋根からでも逃げられなくは無いが……」
ボソッと呟くユーディア。
その言葉に、
俺はパチン、と指を鳴らした。
「ユーディア!《偽相盗用》の許可を!」
「どうする気だ」
訝しげなユーディアに、俺は作戦を伝えた。
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衛兵達は、ひったくり犯を追い詰めていた。
数人での確保が難しいと判断し、
周囲にいた衛兵にも応援を頼んだのだ。
結果、袋小路の多い路地へ誘導することが出来た。
衛兵達が、角を曲がる。
マントをたなびかせたひったくり犯が、
左の袋小路へ入っていくのが見えた。
ーー好機だ。
「あと少しだ!」
「捕まえろ!」
衛兵は、我先にと駆け出す。
左へ曲がると、突き当たりの壁の前で、マント姿のひったくり犯が佇んでいた。
「周囲確認!ーー民間人、無し!」
「魔法、技能の使用ーー許可!」
追い詰められたネズミほど、よく噛む。
ーーならば、噛まれる前に駆逐するまで。
「殺すなよ!弱らせるだけだ!」
その声と共に、
魔法専門の衛兵達が一斉に技能を行使する。
殺傷力の高い火などの魔法は使わない。
水や氷、風の魔法が放たれる。
魔法はお互いに干渉し合い、混じり合い、
氷雪の暴風と化して犯人に襲いかかった。
しばらくして風が止むとーー
そこには、凍りついたマントと服だけが地面に残されていた。
「おい!あれって……」
「クッソ!転移魔法持ちかよ!ツイてねぇ!」
魔法を行使した衛兵達は、
魔力の無駄使いに頭を抱えて嘆く。
別の衛兵達はマントと服に駆け寄り、
盗まれた財布を探したがーー
「盗んだ財布が無い」
「さすがに途中で落としたか?」
「いや、こりゃ隠したな」
ひったくり犯では、よくあることだ。
特に転移魔法持ちならば、盗んだものをどこかに隠し、逃げ切った後でまた取りに戻る方が安全で楽なのだ。
「……なぁ、これさ……」
衛兵のひとりが、落ちているマントと服を持ち上げる。
「ここにあるの、マントとシャツ、だけだよな……?」
落ちていたのは、衛兵達が追っていたマントと、
犯人の“上半身だけ“の衣服。
ざわっ……と衛兵達がどよめく。
「ここに“下着”や“ズボン”が無い、ってことは……」
衛兵達は、顔を見合わせる。
ーー犯人は“下”を露出しつつ、街中を逃げ回っていた。
「へ……へ……」
「「「変態だぁッーーー!?!?!?」」」
まだ見ぬ狂気の犯人に、衛兵達は恐れ慄いた。




