【11】せせらぎ亭
「《定理技能》ってさ、神様に選ばれたやつだけの超必殺技なんだ。世界でも数人しか持ってないんだって!憧れるよなぁ!」
出店通りを抜け、俺達はアジト近くの飲食店街に来ていた。
エドはキラキラした目で俺に振り返る。
「さっきのって、やっぱ《定理技能》?」
「いやぁ……そんな大したものじゃないから、違うかな」
この世界、必殺技なんてのがあるのか。
一体どんな能力なんだろうか。
「そっか。でもいいなー!オレも空飛んでみてぇ!今度、俺にも技能使ってくれよ!」
「あー……うんーまぁ、お互いに時間があればな?」
空を飛びたいという男の子の夢はよく分かる。
しかし残念ながら俺の技能は“ちょっと落ちないだけ”なのだ。エド少年の期待には答えられない。
「オレ、冒険者になって、いつかぜってー《定理技能》を手に入れるんだ!」
「《ていりぎのう》って、英雄みたいな人がもってるんだよ。にいに、なれるの?」
「オレは世界最強の冒険者になる予定だから、余裕だ!」
冒険者……いいなぁ。俺も夢を見ていた時期があったが、ユーディアの奴に丁寧に夢をすり潰されたのだ。
「だから、ユノも冒険者になろうな!」
「ユノ、お菓子屋さんになりたいもん」
「もったいねぇって!すげぇ技能持ってるのに!」
「すげぇ技能?ユノちゃんが?」
俺が尋ねると、ユノの代わりにエドが自慢げに答えた。
「ユノは生まれつき、《星視》って技能があるんだ。欲しいものがどこにあるのか分かる技能なんだぞ!すげぇだろ!」
「へぇ、それは凄いな」
だとしたら、ダンジョンにある宝や、高く売れそうな素材の場所が丸分かりってことだ。ユーディアの言っていた、ダンジョンで稼ぐ為に必要な“運”要素がかなり薄くなる。むしろ、そんな技能こそ俺が欲しい。
しかしユノは首を横に振った。
「ユノ、おかねもほうせきも、いらないもん。あまくておいしいおかしを作って、みんなに食べてもらうの」
「でもさ、ユノは《料理系統》の技能が無いだろ?冒険者の方が向いてるって」
「うーん……」
グイグイ来るエドに、ユノが困った顔をしている。
うんうん、ここは大人として諭してやろう。
「エド、応援してやれよ。兄ちゃんなんだろ?」
「でもさ、今のユノなら職業同定で絶対“冒険者”になりそうだし……」
「夢ってのは、神様にもらうもんじゃない。自分で叶えるもんだぞ。《料理系統》だって、これからユノちゃんが手に入れるかもしれないしな」
「そうだもん。ユノね、料理がんばるもん」
「でも、ユノの簡易講義の為に“姉貴”が金を出してくれたんだぞ?」
その言葉に、ユノは「うぅ……」と俯く。
三姉弟なのか。
「その“姉貴”とやらは、ユノちゃんの可能性を広げる為に金を出したんじゃないか?冒険者にも、お菓子屋さんにもなれるようにさ」
ユノちゃんの頭をぽんぽんする。
「ユノちゃんは俺と違って伸び代があるから、今から頑張ればきっと夢は叶うよ。おいしいのができたら、俺にもくれよな」
その言葉に、ユノは嬉しそうに、コクリと頷く。
うんうん、やはり子供の笑顔は心が洗われるな。
「……兄ちゃん、何か変な考え方だなぁ」
「小さな島国出身だからな」
「ふーん?じゃあ、兄ちゃんの夢ってなに?」
ドスッ、と俺の胸にその言葉が突き刺さる。
「兄ちゃんすげぇ技能持ってるのに、職業訓練所に来てるだろ?ってことは、すっげぇでっかい夢なのか?」
夢など地球にいた頃からなかった。
こっちに来てからは毎日が必死で未来のことを考える余裕すらない。
「そ、それはね……」
俺は悩み、大人が持つ『伝家の宝刀』を抜いた。
「君達が“大人”になったら教えるよ」
「なんだよ、それー!ホントに兄ちゃんって変なのー!」
なんとか誤魔化せた。
「ほら、前を向けよエド。お前が不注意で倒れても、技能使ってやらないならな」
「ちぇー!」
俺は急かすようにエドの背を押した。
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「ついた!ここだよ」
エドについて行った先は、一軒の食事処。
看板には【せせらぎ亭】と書いてある。
ーーこ、ここは!
自衛団でお世話になったガルドさんのお店だ!
なんと、アジトの超ご近所だ。
表通りをあまり歩かないから、全然気が付かなかった。
「すみませーん!ニーナさーん!荷物もってきましたー!」
エドとユノの後に続いて店の中に入ると、木造の異国風な飲み屋という感じだった。なかなか賑わっている。昼から酒を飲む者、飯を食う者、談笑する者……様々だ。
ーーやばい。腹減ってきた。
俺が生唾をゴクリと飲んでいると、奥の厨房から穏やかな雰囲気の女性が出てきた。ガルドさんの奥さんだろうか。
「配達ありがとう。重かったでしょう?」
エドとユノが荷物を厨房横に置きにいく。
「ホントに助かるわ。またお願いね」
ニーナさんは2人の手に銅貨5枚ずつを手渡した。
「「またお願いします!」」と、2人は仲良く声を揃える。
「あら、そちらのお兄さんは……?」
俺に気がついたのか、ニーナさんは首を傾げた。
……せっかく恩人の店に来たのだ。
せめてサンドイッチのお礼は伝えたい。
「ただの付き添いです。俺、ガルドさんに一度お世話になって、その時に色々助けられて……」
俺はできる限り丁寧に頭を下げた。
「金は無いんですけど、手に入ったらここに飯食いに来ます。ガルドさんからここのサンドイッチ貰ったんですが、最高に美味かったです!」
「まぁ、わざわざそれを言いに来てくれたの?ありがとうねぇ」
実際はたまたまなんだが、気持ちは本物だ。
すると、エドとユノが顔を見合せ、俺の方に手を出してきた。
「兄ちゃん、金無いんだろ?これ、やるよ!」
「ユノもあげるよ」
二人の手には、銅貨が1枚ずつ。
「ユノを助けてくれたお礼!ありがとな!」
「にもつ運ぶの、てつだってくれて、ありがとっ!」
「エド、ユノちゃん……」
ええ子たちや……。
だが、2人が頑張って稼いだお金なのだ。
さすがの俺でも子供から金を貰うのは抵抗がある。
「貰ってあげなさいな。この子達からの感謝の気持ちなんだから」
「……はい」
ニーナさんの後押しもあり、銅貨2枚を受け取る。
小さい額だが、とても重く感じた。
ここに来てからちょいちょい荒んでいた俺の心が浄化されていく。
ぐぅぅ〜……
気が緩んだせいか、盛大に腹の音が鳴った。
エドもユノもポカンと俺を見上げる。
うぅ……仕方ないだろ、最近の飯は具材が少ない残飯スープだったんだ。
俺が苦笑いを2人に向けていると、くすくすとニーナさんが笑った。
「随分と盛大な音だねぇ。ちょっと待ってて」
厨房へ入ったニーナさんは、すぐに紙包みを3つ持ってきた。
「これ、うちのサンドイッチ。余り物を詰め込んだだけだけど、良かったら食べて」
「い、いいんですか!?」
「もちろんよ。そんな笑顔で美味しかったって言われたら、悪い気はしないもの」
それに、とニーナさんはウインクをする。
「また来てくれるんでしょう?お得意様になりそうなら、サービスしとかないとね?」
「なんでそこまで……」
「うちの旦那がここを紹介したってことは、あなた悪い人じゃないもの」
ガルドさんも凄くいい人だったが、その奥さんもめちゃくちゃ人格者だった。
な、なんていい人だ……聖母だ……。
聖母ニーナ様だ……。
「ニーナさん……!本当にありがとうございますっ!」
俺はサンドイッチを受け取ると、エドとユノにひとつずつ渡す。エドとユノも「ありがとうございます!」と声を揃え、頭を下げた。
「うちはサンドイッチも美味しいけど、揚げ物や煮込み料理も美味しいのよ。次来たら是非食べて行ってね」
「はい!必ず!」
手を振りながら店を出る。
サンドイッチはまだ暖かい。
「えへへ、兄ちゃんが来てくれて良かったぜ」
「はやく食べよっ!」
「だな。どこか座れる場所でも探して、3人で食うか」
久しぶりのちゃんとした飯に心が踊る。
どこかいい場所がないか周囲を見渡した、その時。
「誰かぁー!ひったくりよー!」
年配の女性の悲鳴が、通りに響いた。
振り向くと、少し先の道で、
身なりの整った老婆が倒れている。
その伸ばされた手の先――
皮の財布を掴み、マント姿の人物が走り去っていく。
犯人は、あいつだ。
……だが、それより先に、
俺の視界に飛び込んできたものがあった。
地面に転がる、潰れたサンドイッチ。
俺の手にあるものと同じ包み紙。
老婆が持っていたであろうそれは、
ひったくり犯に無惨にも踏み潰され、
中身を地面に撒き散らしていた。
――ニーナさん特製の、サンドイッチを。
「待てやゴラァァア!!!!」
俺は筋肉痛で軋む体にムチを打って、
全速力で犯人を追い始めた。
絶対に許さねぇ。聖母ニーナ様のサンドイッチを足蹴りにしやがって!!
犯人は路地へ逃げ込む。
追いかけて入ったが、距離はどんどん開いていく。
クソ、追いつかない――!
俺は必死に思考を回転させた。
倒れることが“落下”と判定されるなら……。
手のひらを前方へ向け、走る相手の動きを見極める。
――今!!
「――《落下猶予》!!」
ゴリッ、と俺の魔力が削られる。
次の瞬間、犯人の上げた片足が、宙で止まった。
全速力で走る中、足が下ろせなくなったらどうなるか。
答えは単純だ。
犯人は前のめりに倒れ、路地を転がり、木箱に派手にぶつかって止まった。
「確保ォ!!!」
俺はその背に飛びつき、馬乗りになる。
マントを掴み、引き剥がした。
――さあ、その顔、拝ませてもらうッ!
「っ、待って!お願い!見逃して!」
予想以上に高い声色に、思わず俺は固まった。
マントの下は、女性だ。
俺と同じ歳くらいだろうか。
……いやこれ、女性の上に馬乗りって、第三者が見たら明らかに通報案件じゃね?
俺が怯んだ瞬間、彼女は首にかけていたネックレスを引き寄せ、白いプレートを突き出した。
「“犯罪数値”が『47』なんだ!もう後がない!」
白い身分札。
そこには透かし背景のように赤い数字で、大きく『47』と刻まれている。
――これが、犯罪数値。
この数値がどの程度かは分からない。
だが、彼女の必死さから、かなりの崖っぷちだと分かった。
「妹と弟を飢えさせたくないんだ!金が無くて、飯も買えない!あたしが捕まったら、あの子達が路頭に迷うんだよ!頼む……っ!」
その時、背後から声が飛んできた。
「――いた!衛兵さん!マントの人、こっちだー!」
「こっちー!だれか、はんにん、つかまえてるー!」
エドとユノだ。
衛兵を呼んできてくれたらしい。
……あれ?待て待て。
それ、指名手配犯も一緒に捕まらないか?
「エド、ユノ……なんで……!?」
俺の下で、女性が二人を見て目を見開く。
その瞬間、点と点が繋がった。
――エドが言っていた、“姉貴”。
職業訓練所のために金を出してくれた存在。
それが、彼女だ。
だとすると、エド達はとんでもない悪手を打ってしまったことになる。
このままでは、自分の姉貴が捕まってしまうのだ。
胸の奥が、ギチリと痛む。
金がないのに。
自分たちも苦しいのに。
あの子たちは、お礼にと俺に銅貨を渡してくれた。
このままじゃ――エドとユノが、悲しい思いをする。
「すぅぅ〜……」
俺は小さい男である。
やられたらやり返す。出来れば倍返し以上に。
けれどそれは、何も“仕返し”だけでは無い。
「……マントと財布」
「な、なんだい?」
「マントとッ! 財布ッ! 貸せッ!」
「何をーー」
「早くしろッ!!」
俺は彼女からマントと財布を奪い取り、マントを羽織った。
……マジで俺、アホだ。
大きく息を吸い、叫ぶ。
「邪魔だァ!このアバズレ女がぁッ!」
「!?」
俺は財布を掲げる。
エド達や衛兵に見えるように。
「あそこだっ!」
「追え!」
「女如きに捕まる俺じゃねぇんだよ!ばぁぁあかっ!」
俺は彼女を優しく足で蹴っ飛ばし、全速力で走り出す。
あ゛ッーー!も゛ッーー!
今日は激しい運動は無理なんだよォッーー!!
昨日の夜に行った、“衛兵ごっこ”。
まさかの翌日に、“本番”が来るとは思わなかった。
ーーリアル衛兵ごっこ、開始である。




