【7】講義
コロッセウムに足を踏み入れると、すでに大勢の人間が体を動かしていた。
年齢も装備もバラバラで、十三、四歳くらいの子供の姿もちらほら見える。どうやら、運動系の講義はすべてここでまとめて行われているらしく、統一感は皆無だ。
「簡易講義の剣士部門を担当する先生をご紹介します」
引率の先生の声とともに、一人の男が前に出てきた。
俺よりかなり年上だ。引き締まった体つきに、健康的な日焼け。いかにも体育会系、という印象だ。
「初めまして。フレデリック=ヴァンデスです」
……ヴァンデス?
その姓を聞いた瞬間、嫌な予感が背筋を走る。
「フレデリック様は貴族でありながら、臨時で講師を務めてくださっています」
「しってるー! 領主さまの弟さまだよね!」
子供の声で、点と点がつながった。
グレゴール=ヴァンデス。俺に死刑判決を下した、あの男。
その弟――言われてみれば、確かに面影がある。
……さすがに俺の顔までは知られていない、よな?
念のため、フードを深く被っておく。
「ははは。兄には及びませんが、貴族の一人として、市民の助けになれればと思っています。講義中は“フレデリック先生”と呼んでください」
爽やかにそう言うと、フレデリックはパン、と手を叩いた。
「では確認します。《体力系統》の技能は、皆さん持っていますね?」
「「「はーい!」」」
……《体力系統》?
俺が間抜け面で固まっていると、隣からユーディアの“気配”が小声で解説してくる。
「《基本技能》の中でも、体力を底上げする展開型技能だ。先程のエド少年の《持久力増強》がそれに当たる」
「じゃあ、俺の《偽相盗用》は?」
「展開型ではあるが、《体力系統》ではない」
マジかよ……。
嫌な予感を抱えつつ、俺はそっと手を挙げた。
「あの……すみません。俺、持ってないです……」
一斉に子供たちが振り向く。
「ええー!?」
「なんで持ってねぇの?」
「みんな持ってるのに!」
お兄さんもね、なんでか分からないんだよ。
「おや……そうでしたか。でも安心してください」
フレデリックは柔らかく笑った。
「そういう方のために、《体力系統》取得用の講義も用意しています」
そう言って、子供たちを残したまま、俺だけをコロッセウムの隅へ案内する。
「ベレー先生。この生徒をお願いします」
……そこに立っていたのは。
筋肉。
全身が筋肉でできているとしか思えない、巨大な男だった。
「フレデリック先生ッ! 了解いたしましたッ!
このベレーッ! 全身全霊をかけッ!
必ずやこの生徒をッ! 生まれ変わらせますッ!」
声量がでかい。
圧もすごい。
存在感がとにかくやばい。
ボディビルダーかと思ったが、違う。
これは――アメリカ軍の特殊部隊だ。
そんな単語が脳裏をよぎる。
「それでは、頑張ってくださいね」
爽やかにそう言い残し、フレデリックは子供たちの元へ戻っていった。
置き去りにされる俺。
「君ッ! 名前はッ!?」
「あ……アルノー、です」
ガッ、と両手で肩を掴まれる。
普通に痛い。怖い。
「アルノーッ!」
「は、はい」
「それではッ! 講義を開始するッ!」
……もう、嫌な予感しかしない。
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晴れやかな青空の下。
ーー俺は、コロッセウムの外周を走っていた。
外周を走って既に1時間経過。
もう何周目か分からない。
「遅いッ! 遅いぞッ! アルノーッ!」
隣を並走しながらベレー先生が叫ぶ。
この先生、ずっとこの調子で俺と並走しているのだ。
なんて馬鹿体力だ。
「はひっ……あ、あの、水……」
「耐えろッ! その先にッ! 君の明るい未来があると信じてッ!」
「む、無理……」
「無理を超えてッ! 強くなれッ! 健全な技能はッ! 健全な肉体に宿るのだッ!」
不健全でも俺は《基幹技能》持ってますけどぉー!
限界過ぎてその場に倒れ込む。
「馬鹿者ぉッ! それが君の限界かぁッ!」
「ふぁい……」
「君は何の為にここに来たッ! 寝るためかッ!」
「ひひへ……」
「技能を取る為だろッ! 違うかぁッ!?」
「ふぁい……」
「技能が欲しいかぁッ!」
「ふぁい……」
「強くなりたいかぁッ!」
「ふぁい……」
「このままでいいのかぁッ!?」
「ふぁい……」
「よくなぁぁあいッ!!」
襟首を掴まれ、無理やり立たされる。
「技能とはッ! 神々が努力を認めッ! もがき苦しんだ先で手に入れられるッ! 汗を流さぬ者にッ! 祝福は訪れんッ!」
「あの、俺、もういいので……」
「限界を越えろッ! 己を越えろッ!」
「マジで無理ーー」
「走れェーーッ!!」
その声量はもはや技能なんじゃないかと思うほどデカイ。鼓膜が破れる前に、俺はヨロヨロと走り出した。
ーー完全に体育会系だ。
時々コロッセウムの中が見え、子供達がフレデリックから剣の指導を受けているのが見えた。
あーいうのがやりたいのに……。
一方、ユーディアは、今は俺から離れている。
コロッセウムの上の方から気配がするが、全く動いてない。恐らく寝ている。
クッソ!
これが終わったら文句の1つでも言ってやるッ!
後ろからベレー教官に追われながら、俺は走り続けた。
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「みなさん、剣士部門の簡易講義、お疲れ様でした」
子供達と合流した俺は、完全に燃え尽きていた。
「剣たのしかった!」「疲れたね〜」と元気に話す子供達。
……お兄さんはね、その比じゃないほど限界です。
「では、次は拳闘士の部門に行きましょう」
そう言って、コロッセウムの別の方角へ案内される。
やっと特殊部隊から解放された――
――が。
「アルノーさんは、《体力系統》はまだでしたよね」
その声と同時に、俺の肩がガッ!と掴まれた。
振り向くまでもない。
「お任せ下さいッ! ローレン先生ッ!」
さっきまで地獄を共にした、ベレー先生である。
「ちょ、ちょっと、待っ――」
「ベレー先生。拳闘士部門の後は、弓部門もありますので、2コマ分のご指導をお願いします」
へ?
今……なんて?
引率の先生――ローレン先生は、にこやかな笑顔のまま続ける。
「良かったですね、アルノーさん。ベレー先生の《体力系統》部門は、現在生徒が0人ですので」
「え?」
「付きっきりで講義を受けられますよ」
「そ、そ……そんなぁ……」
膝から崩れ落ちそうになった俺の襟首を、ベレー先生が掴み上げる。
完全に、ぷらーんと持ち上げられた猫の姿勢である。
片手で成人男性を持ち上げるな。
なんだよ、その馬鹿力。
「あ、あの、俺……魔法部門の方に……」
「次は腕立て伏せだッ! さぁ行くぞッ!」
のっし、のっし、と連行されていく俺。
「嫌だァァ……」
俺の叫びは、もはや誰にも届いていなかった。
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「それでは、これで前衛・中衛系統の部門は終了です。次は魔法部門ですので、専門棟へ移動しましょう」
「「「はーい」」」
子供達は、まだまだ元気いっぱいだ。
技能のおかげなのか、子供特有の無限体力のおかげなのかは分からないが、このぶっ通しの講義を受け切れるだけのポテンシャルは、全員しっかり持っているらしい。
一方の俺は――言うまでもない。
汗と泥にまみれ、もはや地面と同化しかけていた。
「ほら、アルノー君。立ちたまえ。皆が行ってしまうぞ」
気配だけのユーディアが、上から俺を見下ろしている。
「……なぁ。お前、《体力系統》持ってんのか……?」
「ある訳ないだろう。私の技能は質が良いからな。技能発動中は、副次効果で体力が減らん」
ずりぃ……。
ユーディアに急かされ、俺はズルズルと身体を引きずりながら、専門棟へ向かった。
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専門棟は、部門ごとに階層が分かれているらしく、魔法部門は建物の一階すべてを使っているようだった。
広い教室に案内され、俺もなんとか席に着く。
俺を見た子供達が、「うわっ」「ばっちぃ」と声を上げるが、反論するほどの気力は残っていない。
「魔法・神官部門は、私、ローレンが担当します」
ローレン先生は、見た目通りひょろっとしていて、いかにも魔法職という雰囲気だ。
「基本的な話ですが、技能を使い続けることで、その系統の《基幹技能》を授かることがあります」
へー、そうなんすかー。
正直、話を聞いているだけで精一杯だった。
肉体疲労が溜まる前に、こういう座学をやりたかった。
「魔法は特に、毎日の積み重ねが大切です。では、早速実践してみましょう」
ローレン先生は、俺達の前に火の灯ったロウソクを置いていく。
「簡単な魔力操作で、火に変化を与えてみてください。大きくしてもいいですし、揺らすだけでも構いません。可能であれば、風や水を呼び出して消してみましょう」
……さらっと言ってるけど、結構無茶じゃないか?
周囲を見ると、子供達は火に手をかざし、うーんうーんと唸っている。
大きく変化させられる子は少ないが、風もないのに火が揺れている子は多い。
俺はというと、机に突っ伏したまま、視線だけでロウソクを見つめていた。
……念じてみる。
……が、何も起きない。
「アルノーさん、大丈夫ですか?」
巡回していたローレン先生が、机のシミと化した俺に声をかけてきた。
「……先生」
俺は、恥を忍んで聞いた。
「魔力って……どうすれば、動かせるんですか……?」
「えっ」
周囲から、「わかんないの?」「大人なのに?」というヒソヒソ声が聞こえる。
ローレン先生も一瞬驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。
「……魔力を動かせない方は、非常に稀ですが、いらっしゃいますよ」
「……その人達は?」
「残念ですが、魔法職や神官には向いていませんね」
「…………」
俺は、心の中でしくしくと泣いた。
「あ、でも安心してください」
ローレン先生は、慌ててフォローに入る。
「魔力の操作がよく分からないまま、技能を使っている方もいらっしゃいます」
「……それって?」
ローレン先生は、にこっと笑う。
「ベレー先生ですよ。あの方は魔力を理解していないにもかかわらず、野生の勘だけで技能を使っている、とても凄い方なんです!」
「…………ぴぇん」
俺は、泣いた。




