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極悪非道もサジ加減! 〜ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【5】《偽相盗用》

カビ臭い空気の中、俺は目を覚ます。

座ったまま寝ていたので、体がバッキバキだ。

埃まみれのアジトの中で、横になる勇気はなかった。


「目が覚めたかね」


上から声。

見上げれば、まだ埃が少ない梁の上に座ったユーディアが、俺を見下ろしていた。

アイツは一晩、梁の上で過ごしたらしい。

よくあんな所で寝られるな。


「おはよう、ユーディア」

「……あぁ、おはよう」


一瞬の間の後、ユーディアは俺の傍に飛び降りた。

軽い着地音と共に、周囲の埃が派手に舞う。


「ゲホッ、ゲホッ……おい、もっとゆっくり降りろよ!」

「ヴェッホッ!ゲェッホッ!」


お前もむせるんかい。


「ここはたまらん。外に顔でも洗いに行くぞ」


水路に行き、服の埃を叩き、二人で埃まみれの顔を洗う。

タオルなんて無いので、2人ともびしょ濡れだ。


「……技能習得の前に、まずは掃除だな」

「同感だ」


アジトは水路に近く、水には困らない。

飲食店街の裏手なので、比較的食べられる生ゴミ……いや、残飯を漁りやすい。立地はいいのだ。


ちょっと埃っぽいからと言って、ここからアジトを変えるのは勿体ない。


「君に任せておくと、掃除がいつまで経っても終わらなそうだからな。私も手伝ってやろう」

「そーかよ。じゃ、まずは埃を外に出すか」


昨日はさすがにマンパワーが足りなかった。

2人もいるなら、今日中には掃除も終わりそうだ。


俺は路地を少し歩き、街路樹がある場所へ向かった。

落ちていた枝を拾い、束ねる。

――即席ホウキの完成だ。


昨日作った分と合わせて二本。

一本はユーディア用だ。


「はいこれ」

「……なんだ?」

「これで埃をある程度外に出すんだよ。いきなり水掃除すると埃が水を吸って泥になって大変だぞ」

「ふむ。考えたな」


ユーディアにホウキを持たせ、俺達は作業に取り掛かった。



ーー30分後。



「はぁ、はぁ……」


ユーディアは早くも音を上げていた。

床に座り、肩で息をしている。

ようやく埃を外に出し終えて、まだ水拭きの途中だ。


コイツ、体力なさすぎじゃないか?


「お前、いつも寝床はどーしてんだよ」

「はぁ……いつもは……屋根の上や……木の上で……寝ている……」


本当にカラスのような生態だ。


「てか、ユーディアお前、魔法とか使えないのか?」

「……私に魔法適性はない。あったとしても魔力が少なすぎて、一発使ったら魔力切れだ」


そうか……魔法とか使えれば、掃除も楽そうなんだけどな。


「ーーいや、そうだよ!魔法はなくても技能があるだろ!」

「私に家政婦系統の技能はないぞ」

「そっちじゃない!怪盗系統だよ!お前、すげぇ早く動けるじゃん!」

「《怪盗歩行》のことか?あれは早く動くのではなく、相手の死角へ移動する能力だ。それに移動する度に魔力を消費する」


今の私には無理だ、と手をヒラヒラさせるユーディア。


そうか、ならーー


「……俺が使う、ってのは?」

「まさか《偽相盗用》を使うのか?」

「いざって時に使えないとマズイだろ。もともと、練習はするつもりだったんだ」


このまま掃除してたら、日が暮れる。

それなら技能を使って一気に終わらせた方がいい。


技能の使い方は、早めに知っておきたかったしな。


魔力欠乏を起こしても、ここならユーディアも見ているし他のやつが来そうな気配もない。

あの感覚はゴメンなので、今回は魔力欠乏を起こす前に技能を切ることを目標にする。


発動条件が相手との接触なので、俺はユーディアの腕を掴んだ。


「……で、技能ってここからどうやって使うんだ?」

「本当にそこからなのか……」


ユーディアはうーむと唸る。


「こう……内側を巡る魔力を……ぐわっと、外にこう……やっ!とするのだ」

「??????」

「だから、やっ!とするのだ」


教え方下手くそか。

コイツ、師匠としての才能が無さすぎる。

ヤー!としているユーディアを放っておいて、俺は意識を体の中に集中する。


……魔力のようなものは感じない。


「慣れればこれで出来るのだ。慣れないのなら、技能名を声に出すことで発動しやすくなる。魔力が少ない時なども、技能名を口にした方が発動が早い」

「先にそれを言え!」


俺は目を閉じ、意識を集中させる。

初めて発動したあの時と、なるべく同じ状況を再現するようにしてみよう。


脳裏に浮かべるのは、夜空を舞う怪盗ユーディアの姿。


俺は、低く呟く。


「ーー《偽相盗用》」


その瞬間、ずわっと俺の何かが吸い取られた。

それと同時に、今度は全身に万能感が満ちていく。

自己肯定感が溢れて、多幸感に包まれるような感覚。


ーーこれは、なんと、素晴らしい。


「ふ、ふふ、ふははは……」


体が軽い!

世界が眩しい!美しい!


これが、ーー私の技能!

発動成功だ!


私は思わず、ユーディアの後ろへステップする。

彼は驚いた顔で振り向き、一瞬で背後に移動した私を凝視した。


んんー!その驚いた顔!

怪盗でもそんな顔をするのか!


「本当に私の《怪盗歩行》を使うとは……」


呆れ返る師匠に、私は大きく首を振る。


「ハッ!分かっていないようだね、師匠!

今はーーこの私の技能なのだよ!」

「君は、本当にあのアルノー君なのかね?」


私は優雅に前髪をファサァとする。

その目は節穴なのだろうか!


「いやいや、もちろん私が怪盗ユー……んぎぎ……」

「ん?」

「わ、わだじは……おれは……怪盗……んぐぐ……」


私は、歯を食いしばる。

俺じゃない思考が、私の行動と相反して、気持ちが悪い。自分ではない意思を、欲求を、制御できない。


「わだ……おでは、有野……だっ……である……くはは……」

「なるほど、これが自己同一性の崩壊か……憐れな……」


そんな目でこの私を見るな!いや俺だ!

どっちでもいい!今の私は怪盗である!


「ッハーン!師匠、いいからアジトに背を向け給えッ!」

「自己が負けているぞ、アルノー君」

「うるせぇ!」


コートの裾をバッサァ!し、片手で顔を隠してカッコイイポーズをする。


「私ってあんなにアホに見えるのか……?」なんて師匠の声が聞こえるが、今の私には関係ない。

師匠が背を向けた所で、私ーーじゃなくて、俺は技能を発動させた。


「《怪盗歩行》」


ギュンッ!と世界が伸縮し、

1秒が何十秒にも引き伸ばされる。


その超自然的な時空の中、

ーー私の手には雑巾が握られていた。


猛スピードで室内を駆け巡る。

私の読みは、当たっていた。


誰かの死角であれば、

この技能は死角の範囲に限り、

超スピードで移動ができるのである!


なんと、なんと素晴らしい能力!

掃除など、もはやこの私の敵では無い!


「ふはははは!見ろ!埃がゴミのようだ!」

「アルノー君、当たり前の事を言っているが大丈夫かね?」

「無論!私の脳内は春空のように晴れ渡っているぞ!春の訪れを喜ぶ小鳥のさえずり声すら、幻聴で聞こえてきそうだ!ごきげんよう!小鳥達よ!」

「うわぁ……」


「気をつけよう」とぼやく師匠の声が聞こえるが、知ったことではない。


10秒程で、部屋掃除を終える。

雫が洗いたての壁を伝い、なんとも美しい。


「掃・除・完・了!

私は天才だ!商都ミレアスの必殺掃除人とは、この私ーー」

「アルノー君、さすがに技能を連発しすぎだ。そろそろ技能を切りたまえ」

「んんー!?ここから楽しいところなのだぞ?」

「師匠命令だ。今すぐ切れ」


まったく面白みの欠片もない。

ユーモアを忘れた怪盗など、実に嘆かわしい。

しかし、師の言うことに従わぬ弟子も、美しくはない。

仕方なく、技能をーー


「師よ。……技能とは、どのようにして切るのだね?」

「そんなもの、ヤー!っとするのだ」

「まぁ〜たよく分からん擬音を使いおって!」

「技能の発動とは違い、技能を切るのは本当に感覚的なものなのだよ!ヤー!という感じだ!早くやれ!」


訳分からんが、言う通りにするしかあるまい。


「ヤー!」


無理だった。


何やら、身体が寒くなってきた気がする。

この感覚には覚えがあった。

魔力欠乏の直前の症状である。


そこで、ふと私は魔力欠乏になった時のことを思い返していた。


身体から何かが、ふっ……と抜け落ちるような感覚。

今感じているこの万能感に包まれた状態を、下からズルりと脱皮のように引き剥がす感覚。


恐らく、それが技能を切る感覚だ。


「アルノー君!」


師匠が焦ったような声を上げる。

時間がないようだ。


「ーー解除ッ!」


私は身体を満たす万能感を、無理やり引き剥がした。


ーー途端、その場に俺は崩れ落ちる。

生暖かい雫が鼻から顎に伝う感覚。


「お゛ぇぇぇ〜……」


……気絶は、していない。

ただ、身体中を不快感が蹂躙し、脳内にまだうっすら怪盗モードの余波が残ってて、今にも自分を見失いそうだ。とにかく死ぬほど気分が悪い。吐きそうである。なのに、身体が石のように重くて動かない。指1本、動かせない。

……いっその事、気絶した方がマシだったかもしれない。


しかし、魔力欠乏直前に、ギリギリで技能を切れたようだ。

実質の成功である。


「ふは、はは、成功である……」

「君、自我の崩壊が起きてないかね?」

「そんな訳なかろ……ない」


仰向けで倒れる俺の顔を、ユーディアが覗き込む。

少しだけ心配した様子の顔だ。


「君の技能はよく分かった。私の《無名讃歌》と似たような“展開型”の能力だ」

「……パッシブスキルってこと……?」

「ぱ……なんとかは知らんが、発動したら技能を切るまで効果が続くものだ。この類いは魔力消費が多い」

「バフみたいなもんね……」


ユーディアはホウキで私の頭をペシペシと叩く。

やめろ、私の髪が乱れ……じゃなくて、俺の髪が乱れる。


「特に君はそこに重ねがけで技能を使うのだ。魔力消費量は馬鹿にはならん。気を抜けば一瞬で魔力欠乏だ」

「……確かに、お前に言われるまで、魔力残量がヤバいとは全然思わなかった」


今回、一応気をつけていたつもりだったが、魔力の残量が全然感じ取れなかった。魔力を感じ取る器官が俺にはないのかもしれない。


「立てるかね?」

「……ムリ」

「面倒な……」


ユーディアは俺を引きずってアジトの中へ入ろうとしたが、ひょろひょろの彼には無理だったらしく早々に諦め、俺を見下ろした。


「……今日一日、君が立てるようになるまで、ここでこうしていたまえ」

「そんなぁ……」


魔力欠乏の時は、ほぼ丸一日寝ていた気がする。

立てるようになるまでどれくらいかかるんだ。


「いいかね、アルノー君。その技能は危険すぎる。下手をすれば大きな事故になりかねん」


まるで師匠のように、ユーディアは指で俺をピシッとしながら続ける。


「その技能は、私が許可しない限り使うな」

「……」

「返事は?」

「……はい」


結局……俺は、翌朝になるまで野ざらしにされた。

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