【4】異世界サバイバル
ユーディアと街を歩きながら、ついでに硬貨の価値を教えてもらった。
「銅貨十枚で銀貨一枚。
銀貨十枚で小金貨一枚。
小金貨十枚で大金貨一枚……」
「その上もあるが、我々には無縁の世界だな」
食べ物なら銅貨数枚。
きちんとした料理で銀貨一枚に届くかどうか。
服や加工品になると、銀貨が何枚も飛ぶ。
頭の中で無理やり日本円に置き換えてみた。
銅貨が百円、銀貨が千円。
小金貨で一万円、大金貨で十万円――そんな感覚だろう。
「今いるここは、アーヴァンテール王国領の南西にある、商都ミレアス。王国でもっとも貿易が盛んな街だ」
出店通りに出ると、宝石や装飾品、見たこともない調度品の店がずらりと並んでいた。
貿易が盛んなだけあってか、国も文化も違う品が混ざり合っていて、出店に統一感はない。
しかし、その文化のごった煮のような通りは確かに目を奪われるものがあり、日が暮れるまで人の波は途切れないらしい。
ユーディアはというと、目を輝かせて宝石店を渡り歩いている。
覗いては首を振り、また次の店へ――落ち着きがない。
「盗らないのか?」
「粗悪品だ。怪盗は本物しか盗まない」
そう言い切るくせに、キラキラした装飾品から目が離せていない。
黒いマントのせいか、光り物が好きなカラスみたいだ。
「なぁ、宿っていくら位だ?」
気がつけば昼を過ぎている。
そろそろ寝床を確保しないと落ち着かない。
「何を言っている。“身分札”も無いのに宿に泊まれるわけなかろう」
「……またそれか。“身分札”って何なんだよ。無いなら作ればいいだろ」
ユーディアはルビーのようなブローチを手に取り、光に透かしながら答えた。
「名前、技能、職業――その者の価値すべてが刻まれた札だ。教会で見た、あの白い石に身分札を当てれば情報を札に写し取れる。宿も買い物も、大抵それが必要になる。再発行したければするがいい」
そして、ふっと俺を見る。
「君の“犯罪数値”も、丸見えになるがな」
「……は?」
「衛兵に捕まった時点で、君の魔力は国に登録されている。犯罪を犯したものは、その罪の大きさにより、犯罪数値が加点される。犯罪数値が高ければ、どんな上客だろうとまともな店主ならば、まず相手にしない。場合によっては通報だ」
背中にヒヤリとしたものが走る。
「じゃあ、再発行したら……」
「その瞬間、即捕縛だな」
……俺、かなり詰んでないか?
「ぎ……偽造とか」
「思考が早いな。悪党の素質があるんじゃないのか」
ユーディアは別の宝石に手を伸ばす。
「身分札の偽造は、神への冒涜だ。見つかれば死刑は免れない」
「罪が重すぎるのに命が軽すぎる……」
「だからこそだ。身分札を持たない“白札”でいる方が、まだ安全な場合もある」
札を見せられない者――“白札”。
だからポン子の侍女たちは、あんなに騒いでいたのか。
身分札を持たない俺は、犯罪数値すら見せられないほどの大悪党。
そう認識される存在だったのだ。
この世界は、技能と職業でその人の価値が決まり、身分札が無ければ宿にすら泊まれない。
初手で投獄された俺には、あまりにも世知辛い世界だった。
「じゃあ、今日も宿は――」
「君がうるさいから、ちゃんと見つけてきてある」
「ほんとか!?」
「今、そちらに向かっている所だ」
出店通りを抜け、今度はザワザワと騒がしい通りに出た。
どうやら飲食店街らしい。
そこからさらに脇道へ入り、裏通りを進む。
人通りが消え、空気が一気に湿っぽくなったところで……一軒のあばら家が現れた。
壁は歪み、屋根は傾き、今にも「ギィ……」と音を立てて半壊しそうだ。
察しのいい俺はここでピンと来てしまった。
本日のお宿は、こちらである。
「……マジかぁ」
「文句は言わせんぞ。君が呑気に寝て、全裸で捕まっている間に、この私がどれだけ粉骨砕身したと思っている」
スーツを売り払われた件は、正直まだ根に持っている。
だが、俺一人だったら、服の売り先も、宿の当ても、そもそも生き延びる方法すら分からなかっただろう。
ユーディアもこの国に来たばかりだ。
もしかすると、俺よりろくに休めていないのかもしれない。
「……分かってる。色々気を使ってくれたんだろ」
「分かればいいのだ」
その背中に続いて、あばら家に足を踏み入れようとした――その時。
「……ん?」
ユーディアの怪盗服のポケットから、何か木の串のようなものが覗いている。
「おい待て。その串……まさか服売った金で食べ歩きでもしてたのか?」
ユーディアが、すっと手のひらをかざす。
次の瞬間、串は跡形もなく消えていた。
「見間違いじゃないかね?」
「証拠隠滅、遅ぇんだよ」
「君だってサンドイッチを食べていただろう」
「お前見てたのかよ!? というか、認めたな!?」
「ほら、とっとと家に入りたまえ」
自由すぎる。この怪盗。
気が合わない。
絶対に気が合わない。
将来に一抹どころか大盛りの不安を抱きつつ、俺たちはあばら家――暫定的なアジトへと足を踏み入れた。
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あばら家は一階建ての平屋だった。
壁には穴、床には隙間風、埃どころか苔まで生えている。
――廃墟である。
「ここは中央通りの裏手だ。朝から夜まで騒がしい。多少物音を立てても気づかれにくい」
「犯罪者らしい発想だな」
「君にもその発想を身につけてもらわねば困るのだぞ、弟子よ」
「俺は全良な一般人なんだがな、師匠」
棚を指でなぞる。
一瞬で指が真っ黒になった。
「……昨日の路地裏より汚くない?」
「気のせいだ」
絶対気のせいじゃない。
「こんなことなら国外逃亡でもすれば良かった……」
「資金も魔力も足りない。しばらくはこの国で足止めだ。諦めて順応しろ」
「はぁ……死んでないだけマシか……」
俺が適当な場所にしゃがみ込むと、ユーディアは踵を返し、扉に手をかけた。
「もう出かけるのか?」
「君のことだ。夕食が無ければ騒ぐだろう。食料を調達してくる」
そして部屋の隅に転がる、ボロボロの布切れを指さす。
「アルノー君は掃除でもして、師である私を迎える準備をしておくように。ーー今度は猿でも分かるな?」
「……ウキィ」
俺の反応に鼻で笑い、ユーディアは出ていった。
残された俺は布切れを拾い上げる。
触っただけで、ポロポロと崩れた。
「……これでどう掃除しろってんだよ」
窓から顔を出すと、奥に水路が見える。
水場が近いなら、まだ望みはある……か?
「……やるかぁ」
年末の大掃除だと思おう。
袖を捲り、覚悟を決めた。
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掃除とは、上からやるものだ。
何故なら、落ちた埃を最後にまとめられるから。
――現代日本の常識である。
というわけで、
天井付近から作業を始めた俺だったが――
「……弟子よ。全然掃除が出来ておらんではないか」
この猿め、という視線に、
俺は「ウキィ……」と、か細く鳴いた。
半日かけて、掃除できたのは天井と梁だけ。
一軒家を丸ごと掃除するには、体力も道具も足りなさすぎた。考えてみれば、当たり前である。
現代知識は異世界でチート扱いされがちだが、
それは“道具と環境と常識が揃っていれば”の話であった。
今日の俺は、ひとつ賢くなった。
代わりに、天井から落ちてきた埃のせいで最初より埃っぽくなった部屋が出来上がったわけである。
「……こんな所で飯は食えん。今日は外で調理するぞ」
「やっぱ、料理を買ってきたりはしないよなぁ」
「当たり前だ」
料理を買うよりも、食材を買った方がお得なのだ。
仕方なく、俺達はアジトの外に出て調理をすることになった。
ユーディアはどこからか拾ってきたのか、小さな鍋に、ひび割れた器を2つ取り出す。
そして……生ゴミの袋を持ってきていた。
「……まさか」
「ここから食べられそうなものを選びたまえ。君の好き嫌いは分からんからな」
「ご、ゴミだぞ!?」
「ならば、他にもあるぞ」
ユーディアはポケットからモサモサと草を取り出す。
「これは食える草、こっちは固いが食える草、こっちはまだ食える草だ」
「や、野草……」
「大地の恵だ。野菜と対して変わらん」
躊躇うこともせず、鍋にモサモサと草を詰め込み始める。
「……なぁ、もしかして、お前っていつもこんな食生活なのか?」
「まさか。そんな訳があるまい」
「だ、だよなー!」
多少とはいえ、収入があったのだ。
さすがにこれだけじゃないだろう。
俺が安心すると同時に、
ユーディアは反対のポケットから、
ふふんと、自慢げに黒いカサカサのパンを取り出した。
「今日はパンも買ってきたのだ!いつもよりもかなり豪勢だぞ!」
……少し、ユーディアの事が分かった。
この怪盗はーーあまりにも貧乏性すぎる。
俺は両手で顔を覆った。
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残飯と野草で出来たスープは、調味料も入れていないので、大変優しい草の味がするスープだ。
朝に食べたサンドイッチが、随分と昔のことのように思える。
それでも、暖かい食べ物を口にすると、ほっとした。
買ってきた黒パンはとても固くてスープに浸さないと食べられないが、それでも腹を満たしてくれる。
……ユーディアが火打ち石を持ってて良かった。
それが無ければ、今頃野草と残飯を生のまま食っていたところだ。
星空の下、野外で男二人で飯を食う。
……可愛い女の子が居たら、きっとこんな生活でもロマンチックだったんだろうなぁ。
女子達とキャッキャッできる異世界主人公達に思いを馳せ、スープを啜る。
「……なぁ、師弟契約を解除しないと、お互いにどうにもならないんだよな」
「ふむ」
「お前、教会で何か分かった様子だったろ。何が分かったんだ?」
鍋に残った芋の欠片を、箸の俺と、スプーンのユーディアが同時に取ろうとする。箸とスプーンの激しい攻防戦の末、ユーディアが技能を使って芋をゲットした。
「私の仮説だが、【師弟契約】が結ばれた原因が分かったかもしれん」
「本当か!?」
「あくまで仮説だかね」
鍋に浮いている謎の草を、ユーディアがスプーンで取ろうとする。俺は箸で、サッとそれを奪い取る。
「君の技能……《偽相盗用》が発動したことが、そもそもの原因だ」
「……技能の発動条件って、『技を見て相手を看破する』だったよな?」
鍋底に沈んだ何かの肉を、ユーディアのスプーンと俺の箸が同時に掴む。ギリギリ……と力づくで引っ張り合い、肉は無事半分にちぎれた。
「そうだ。“相手の死角へ移動する”私の技能《怪盗歩行》を君が看破し、盗む事を至上とする職業“怪盗”の私から、指輪を取り返したのだ」
「その時点で、《偽相盗用》の発動条件である『相手を看破する』が成立した……んだよな」
「恐らくな。そして、飛んで逃げようとした私に君が飛びつき、技能発動の条件が全て揃った。これが鍵だったのだ」
ユーディアはペロリとパンを平らげると、
鍋に残ったスープを器に入れようとする。
だが先に俺がスープを全て自分の器に盛った。
「コラ!少しは師に遠慮したまえ!」
「芋とかの美味そうな具はお前が持っていっただろ!」
「だぁーれが食材を集めてきたと思っているのだね!」
「俺はまだパンがあるんだよ!スープが無いと食えねぇの!」
しばらく睨み合った後、最終的にスープは半分ずつになった。
「……で、どこまで話したのだったか」
「《偽相盗用》発動の振り返りだよ」
「そうだったな」
さもしいやり取りを終えた後、ユーディアはちびちびとスープを啜りながら話し始める。
「【師弟契約】は、神々が師弟を結びつける契約だ。本来は儀式魔術を行うが……それだけでは成立しない」
「確か、時間がかかるんだったか?」
「そうだ。正しくは――弟子が師匠の流派を汲み取り、技能を身につけた瞬間に、神々が師弟と認める」
ユーディアはスプーンで、ぴしりと俺を指した。
「君は技能を使った際、私の魂を己に強く投影しすぎた。本来、使えるはずのない流派の技能を――無理やり使ってみせたのだ。そして、神々は君が私の流派を身につけたいのだと思い、技能を授けた」
「……つまり、神々が勘違いした?」
「その通り」
俺は思わず、パンをスープに浸す手を止めた。
俺がユーディアの流派の技能を使えたせいで、神々が“弟子だ”と誤認し、技能を与えた……?
「でもさ、なんで《落下猶予》なんて微妙な技能だけ覚えたんだ?他にもお前の技能は使ったし、これだけしか覚えてないなんておかしいだろ」
「技能とは、そう簡単に手に入るものではない。ましてや、他人の流派の技能を継承するなど、不可能だ」
ユーディアは淡々と続ける。
「本来なら、儀式魔術で魔力の質を近づけ、長い修行を積み、師の技能を己のものにするのだ。
――だが、それ以外で技能を覚える方法となると、一つだけある」
「それは?」
「命の危機に瀕し、決死の覚悟を示した者には……稀に、神々が技能を授けることがある」
ユーディアは身を乗り出し、俺の目を覗き込んだ。
「君が最初に《偽相盗用》を使った時……何を願った?」
脳裏に蘇る光景。
ユーディアに飛びつき、落下する身体。
地面が迫る、生死の境。
――月夜を背に、空を舞う怪盗の姿。
「……お前と同じように、空を飛びたいと願った」
「それだ」
パチン、とユーディアが指を鳴らす。
「死の危機の中で、君は無意識に《偽相盗用》を発動し、私の“空を舞う”技能《月下舞踊》を使った。
それを神々が――『決死の覚悟を示した』『流派を汲み取った』と判断し……」
「《月下舞踊》の系統技能、《落下猶予》を授けた……」
つまり俺は、
本来なら面倒な手順を踏まなければ結べない師弟契約を、偶然とはいえ簡単に成立させてしまう抜け道を掴んだらしい。
……この世界の契約システム、思った以上に杜撰じゃないか?
神々の存在はいまだに実感がない。
だが、そいつらの壮大な勘違いと契約システムのせいで、俺たちは今こうしてホームレス飯を囲んでいる。
「原因は分かったけど……」
「これからどうするか……」
2人揃って、ため息を吐く。
「なぁ。技能が原因で師弟契約が成るならさ、逆はどうなんだ?」
「逆、とは?」
残りのパンを口に放り込みながら、俺は続ける。
「俺が怪盗の弟子扱いされてるのは、お前の流派の技能を持っちまったからだろ?
だったらさ、他の技能を片っ端から覚えれば、怪盗の弟子って立場が揺らがないか?」
一瞬、ユーディアが目を見開いた。
「……悪くない案だな」
顎に手を当て、本気で考え込み始める。
「儀式魔術を行っていない君と私は、本来なら魔力の質が合うはずがない。
そんな歪な状態で、師弟契約が安定している方がおかしいのだ」
「要するに今の俺たちは、“形の合わないパズルのピースを、馬鹿力で無理矢理ねじ込んでる状態”ってことか?」
「……そっちの方がよく分からん」
分かりやすいと思うけどな。
だが、ユーディアが否定しなかったということは――可能性はあるということだ。
何もしないで指をくわえているより、よほどマシだろう。
今後の方針が決まった。
「じゃあ俺は、【師弟契約】を無くすために、他の技能を覚える。お前との流派を薄める方向で動くよ」
「ふむ。なら私は、別の解除方法が無いか、他を当たってみよう」
方針が決まったところで、
俺は立ち上がり、ユーディアに手を差し出した。
「改めて、よろしくな。ユーディア」
同じ目標を持つ仲間だ。
今まで流れで一緒にいただけで、ちゃんと口にしていなかったことに、今さら気づいた。
ユーディアは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて小さく苦笑し、その手を取る。
「こちらこそだ。アルノー君」
「【師弟契約】が切れたら、指輪の件も忘れるなよ」
「……」
「おいこら、握手を振りほどこうとするな!」
こうして俺たちは、師と弟子でありながらも――
『【師弟契約】反故同盟』を締結した。




