【3】教会
「ユーディアお前ぇッ!俺の服を売りやがったな!?」
飛びかかった瞬間、ひらりとかわされる。
ユーディアは派手な怪盗服に着替えていた。
「心外だな。仕事服を売って金を作れと言ったのは君だろう?アルノー君」
「寝ている人間の服を剥ぎ取って売るなんざ、ただのコソ泥じゃねぇか!この悪党!」
「ハッ、コソ泥ではないが、私は悪党だ。油断した君が悪いのだよ。」
ユーディアはやれやれ、と肩をすくめる。
「それに言っただろう、私が帰ってくるまで動くなと」
「お前ーー」
言い返そうとした俺に、黒い布が投げつけられた。
「うわっ!……なんだ、これ」
広げると、黒いフード付きのコートだった。
いよいよ怪盗じみてきた。
「俺は怪盗の弟子にはならないぞ!」
「馬鹿者。君は昨日、領主邸から逃げてきた脱走犯じゃないか。そのうち指名手配されるのだぞ」
「ぐ……」
「私のような技能がない君は、せめて顔を隠せ」
ぐぬぬ……突然正論言いやがって。
渋々コートを羽織り、フードを被る。
「アルノー君の服は銀貨3枚で売れたぞ。銀貨2枚でそのコートを買ったのだ」
「じゃあ、後の銀貨1枚は?」
「師であり、ここまで世話してやった私への手間賃だ」
「俺の取り分、このコートだけかよ!?」
「ちなみに私のパジャマは銀貨8枚で売れた」
「俺の服一式、パジャマ以下!?」
相場は分からないが、納得がいかない。
「……なぁ。確か怪盗って、盗んだ物は返すんだよな?」
「む……」
「じゃあ、お前が領主邸から借りパクしてきたパジャマ……売って良かったのか?」
「……」
ユーディアが、ぎゅむ……と口を噤む。
こいつ……さては間違えて売り飛ばしたな……?
「……弟子の生活費の為だ」
「今、理由考えただろ」
「今回ばかりは信念を多少は曲げよう……」
「俺を出汁に自分のやらかし誤魔化してんじゃねぇよ!怪盗の美学とやらはどうした?え?」
冷たい目で睨むと、ユーディアは無言で銀貨を二枚差し出した。
「……君の生活費だ。大事にしたまえ」
「……パジャマ、取り戻さなくていいのか?」
「ぐ……」
「あーあー。弟子の為に盗んでくれたもんなぁ?無理には俺も言わないよ?“生活費”の為だもんなぁ?」
すぅー……
ユーディアは息を吸い、天を仰いだ。
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ユーディアから銀貨四枚を受け取った俺は、そのまま彼と街を歩くことになった。
目的は、俺を連れて逃げるための逃走経路の確認らしい。
怪盗丸出しの服装だというのに、誰もユーディアを気にしない。
どうやら、あの《無名讃歌》とやらの効果だ。
「なぁ。俺の指輪、取り戻してくれないのか?」
まずはそこだ。
同行するとしても、帰れないなら話にならない。
「今の私は怪盗が出来んと言っただろう」
「そこを何とか」
「師弟契約が切れたら考えてやる」
「無理だろ!」
「なら私も無理だ」
即答だった。
まぁ、広い屋敷のどこにあるかも分からない小さな指輪を探せというのも無茶か。
「……そこまでして、あの指輪に執着する理由は何なのだね?」
ことある事に指輪、指輪と俺が騒ぐものだから、彼も気になったんだろう。
うーん……どこまで話したものか。
あまりにも俺はこの世界の常識を知らない。
例えアホ怪盗でも、今後世話になるのは確実だ。
なら、この世界のことを教えて貰う為にも、ここは正直に打ち明けた方がいいかもしれない。
……頭がおかしいとか思われないといいけど。
少し悩んだ後、俺は全部話した。
異世界人であること。
指輪が帰還の鍵であること。
領主邸に居た理由。
「なるほど。異世界人か」
拍子抜けするほど、俺の事情はあっさりと受け入れられた。
「信じるのか?」
「かなり珍しいが、異世界人は存在はする。
……私も昔、一人会ったことがある」
「他にも居るのか!?」
「居る“かもしれん”程度だな。皆、その事を隠して生きている」
「バレると何かマズイのか?」
あぁ、とユーディアは即答した。
「異世界人には、時に我々には理解出来ない強力な技能を持つ者がいる。そういった者達を毛嫌いする人々が一定数いるのだよ」
いわゆる、チートというやつだろう。
「ちなみに、ここの領主に異世界人だって言っていたら?」
「その場で処分だろう」
「うわ、助かった……」
確かに世界のバランスを崩しかねない奴が居れば、今いるこの国が、安全策を取って処分を検討するお国柄ということも有り得るのだ。
異世界ものの主人公が正体を隠す理由を、身をもって理解した。
「……ふむ、教会か」
ユーディアが足を止めた先には、白い建物があった。
パルテノン神殿を縮めたような感じだ。
「アルノー君、職業同定と技能確認は?」
「職業同定……?」
「まだか。なら丁度いい。行くぞ」
ユーディアの後に続いて、教会へ足を向ける。
……技能確認という名前からして、俺の技能がとうとう分かるのだろうか?
それは少し楽しみかもしれない。
中に入ると受付は妙に事務的で、会社の窓口に近い。
受付嬢が神官服を着て、周囲が真っ白な石で出来ているくらいの違いだ。
ユーディアは受付嬢に対し、芝居がかった口調で話しかけた。
「お美しいレディ――」
「本日はどのようなご要件でしょう?」
即、遮られた。
ユーディアはフッ……と、前髪を上げて続ける。
「彼の職業同定と技能確認を」
「それでは、左奥の通路へお進み下さい」
強い。
ユーディアの芝居がかった立ち振る舞いは、受付嬢に完全にスルーされた。
そんなユーディアも「ありがとう、美しいお嬢さん」とめげずに続ける。
いやお前もハートが凄いな。
案内された神殿の通路は白を基調としており、色彩は無いが細かい装飾がされていてかなり綺麗だ。
その通路の突き当たりには、大きな扉が1つ。
その前には、神官服を着た男性が器を手に立っていた。
「貴方に神の御加護があらんことを」
神官は器を前に出す。
「お布施だ。いくらか彼に渡したまえ」
俺は「お布施って何?」と、とぼけた顔をした。
神官はにこり、とユーディアを見つめる。
それを見かねて、ユーディアは無言で銀貨一枚を出した。
「確かに……。それでは、奥へどうぞ。中にはいりましたら、中央の白い石版に触れてください。神々の声を聞く神聖な儀式の為、お連れの方は外でお待ちくださいませ」
奥の扉が開き、俺はそこへ入っていく。
いまいちこれから何が起こるのか分からない。
「では、神々のご加護があらんことーー」
俺の後ろで扉が閉まり、密室となった。
部屋は円柱状で、そこそこ広い。床も壁も白く、光源が無いのにとても明るい。窓もないのにどうなってるんだ?
部屋の中央には、床からニュッと伸びた、真っ白なモノリスが1つ。あれに触ればいいのだろうか。
「ほら、触りたまえ」
「……は!?なんでお前も入ってきているんだよ!」
いつの間にか、ユーディアが隣に立っていた。
「外にいないとバレるだろ!」
「問題ない。もともと私が居たことすら気付かれんよ」
ほんとに便利な技能だな。
中央に進み、白いモノリスに手を触れる。
ずわっ、と何かが吸い取られる感覚に、俺は思わず手を離した。
「なっ、なんか吸われた!」
「魔力に決まっているだろう」
いや知らんがな。
俺が触れた所から光の粒子が表面を波打ち、白いモノリスに光の文字が浮かび上がる。
ゲームのステータス画面のようだ。
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名前:有野 恭也
職業:見習い怪盗
師弟契約《弟子》
【基本技能】
なし
【基幹技能】
《偽相盗用》
《落下猶予》継承
ーーーーーーーーーー
名前まで表示されるのか。それに職業――
《見習い怪盗》。
……これ、胸を張って名乗っていい職業なんだろうか。
その下に並ぶ、四文字熟語みたいな文字列。
どうやら、これが俺の技能らしい。
「【基本技能】が無いのに、【基幹技能】はある……か。どんな生き方をしてきたんだ」
「衛兵に捕まった時もそれ言われたけどさ。何がおかしいんだ?」
ユーディアは、心底呆れた顔をした。
「【基本技能】というのは、親の手伝いや仕事を通じて、自然と身につくものだ」
「じゃあ俺の技能を他の人が見たら?」
「仕事もろくにしないバカ息子か、ただのバカだ」
そういうことか。
衛兵たちの目がやたら冷たかった理由が、今ようやくわかった。
「じゃあ、この【基幹技能】って?」
「一流の証だ。本来はそれを得て、初めて“職業同定”が行われる」
つまり、他人から見て俺は「仕事もしない怠け者のくせに、何故か一流の技能を持っている」ということか。
じゃあ職業同定とは?と俺が聞く前に、ユーディアが話を進める。
「教会で、基幹技能の系統をもとに、神々から職業を授かる。それが職業同定だ」
「“授かる”って……」
「技能も職業も神々が与える。何が不思議だ?」
「何もかもだよ……」
「子供でも知っているのだぞ?」
俺はここに来てまだ二日目だ。
この世界の子供と比べられても困る。
「神々から授けられた“職業”によって、人々は様々な“祝福”を受ける。怪盗である私なら、たとえば“魔力消費量の軽減”といった具合だ」
「別にさ、職業なんて貰わなくても、好きな仕事すりゃいいんじゃないのか?」
俺の問いに、ユーディアは小さく肩をすくめた。
「君の世界では、そうなのだろう。だが、この世界では“技能”と“職業”がほぼ全てだ。神々より授かった“職業”以外の仕事も、一応は出来る。だが、“職業”と“技能”持ちの職人と比べると、品質や技術を疑われ、まず客が付かないだろう」
なるほど。
“職業”を貰うというのは、専門性の高い資格を得るようなものか。
「なぁ、俺の職業ーー『見習い怪盗』ってどんな効果があるんだ?」
「……“見習い”というのはな、職業同定が出来なかった者に付く名だ。君の【基幹技能】では職業同定が出来なかったのだろう。残念だがーー祝福などは何もない」
なんだよそれ。がっかりである。
「説明してもキリがないな」
そう言って、ユーディアは面倒くさそうに手を払った。
「それよりだ。君の技能を確認しろ。今後の逃走に使えるかもしれん」
俺はモノリスを見直す。
《偽相盗用》……《ぎそうとうよう》、でいいんだよな、これ。
「なあ、ユーディア。これなんて書いてある?」
「…………」
ユーディアは視線を逸らした。
「……お前、この文字が見えないのか?」
俺にしか見えない文字なのだろうか。
すると、ユーディアの視線が泳ぎ、チラリとモノリスを見る。
「……見えてはいる」
「ならーー」
「……私は、公用語は読めん」
なるほど。
どうやらこの世界、文字が読めない人間も珍しくないらしい。
俺には全部日本語に見えているし、実際日本語で会話も成立している。
これも何か技能が関係しているのだろうか。
仕方なく、俺が読み上げる。
「《偽相盗用》――
『相手の魂ごと己に投影する技術。技を見て、相手を看破した場合、目視したことのある相手の技を劣化状態で再現できる。発動には投影対象との接触を要する』」
「それか!」
ユーディアが指を鳴らした。
「領主就任式での、私のようなあの動き!」
「……あれ、そういう理由だったのか」
つまり俺は、ユーディアの魂ごとコピーしてたわけだ。
……待て。
こいつ、普段あんなテンションで怪盗やってんのか?
頭がかなりポンチだぞ。
「しかし……これが《基幹技能》……妙な技能だな」
「妙?」
「《基幹技能》は人生で最も努力したことが形になる。
君の場合――“誰かの人生を真似ること”が最も努力した事になるが、まさか心当たりはあるまい?」
……心当たりが、ありすぎた。
就活のために、人生で一番頑張ったこと。
“竹田くんの完コピ”である。
「そんな理由で技能になるのか……」
「本当に心当たりがあるのか……」
呆れた顔で俺の顔を見つめるユーディア。
こっち見んな。
俺にとって“竹田くんの完コピ”は、死活問題だったんだ。
ふと、技能説明の端に小さな注意書きがあるのに気づいた。
なんだこの粗悪な契約書のような注意書き……。
「……『使用過多により、自己同一性の喪失、自我崩壊の恐れあり』……はぁ!?」
怖すぎるだろ!
「確かに、あの時の君は酷かったな。アホ丸出しだった」
それはお前にもブーメランになるぞ、と言いたい所だが、ぐっと堪えた。それを認めれば俺もアホ丸出しだったと認めることになる。
「もう一つは……《落下猶予》。
『空を翔ける為の始めの一歩。落下に一瞬の猶予を得る。師より継承された技能』……」
「ふむ。私の《月下舞踊》の超絶劣化版だな。
なるほど……そういう事か。大体分かった。
技能も確認出来たのなら、そろそろここを出るぞ。長居すると、指名手配が貼り出されるかもしれん」
「え、お前は技能を確認しないのか?」
「自分の技能くらい、熟知している」
どうせ読めんからな、とユーディアはさっさと部屋を出ていった。
……ちぇ。
ちょっと見たかったのに。
急かされるまま、俺達は教会を後にした。




