【2】自衛団
「春になるとな、開放的な気分になるのは分かる。俺もそうだ」
取り調べ室のような部屋で、
俺はライトを顔に当てられながら、真顔で説教を受けていた。
「だがな、本当に開放的になってどうするんだ?」
「違うんです……朝起きたら、服着てなくて……」
「起きた時点で気が付かなかったのか?」
ぐぅの音も出ない。
飯も食わず、ほぼ徹夜で大脱走。
そのまま少しだけ眠っただけの俺のコンディションは、おかしくなっていた。
いわゆる、徹夜ハイである。
あの時は、目の前に広がるファンタジー世界に完全に目が眩んでいた。
灯台もと暗しとは言うが、俺の場合は違う。
俺の灯台もとは明るく照らされ、
公衆の面前でフルオープンしてしまったのだ。
頼むから、暗くあってほしかった。
――現在、俺は警察の詰め寄り所のような場所で調書を取られている。
今の俺は、露出狂と疑われ、簡易な毛布を下半身に巻いただけの状態だ。
衛兵とは違い、周囲にいるのはほぼ私服の男たち。
俺を衛兵に引き渡すか相談している様子から察するに、
ここは衛兵の下請け……つまり、自衛団のような組織なのだろう。
「お前の両親が、その姿を見たら泣くぞ」
「ほんとに……徹夜明けで……他意はなくて……」
全裸で捕縛された結果、
俺は朝からずっと、この調子である。
服が無くなった原因は……ほぼ間違いなく、ユーディアだ。
昨日、アイツをパンイチにした腹いせか、
寝ている間に衣服も下着も、きれいさっぱり剥ぎ取っていきやがった。
もはや怪盗ではない。追い剥ぎである。
――絶対許さねぇ。
この借りは、いつか必ず返してやる。
とはいえ、今はそれどころじゃない。
飲まず食わずで一日半。
その後、全裸で捕縛。
反論する気力も、誇りも、何も残っていなかった。
「……兄ちゃん、大丈夫か?」
「見えます? 俺が大丈夫そうに……」
正直、何か食いたい。
水だけでもいい。
だが、ここまでの流れからして、
きっと叶わないだろうと諦めていた。
「まぁまぁ。これでも食え。な?」
そう言われ、俺の前に置かれたのは、水の入ったコップ。
そして――肉だけの、簡素なサンドイッチ。
一瞬、夢かと思った。
次の瞬間、俺は無言でサンドイッチにかぶりつき、
水で流し込んでいた。
あまりの勢いに、自衛団の面々が若干引いているが知ったことか。
――美味い。
“空腹は最高の調味料“とは言うが、
人生でここまで枯渇したことはなかった。
最高の調味料を全力で活用した結果、
サンドイッチはものの十秒で消え去った。
「ご馳走様でした……」
「お、おう」
「あの、おかわりあります?」
あまりの図々しさに、その場が一瞬、凍りつく。
だが、俺の飢えた様子に調書を取っていたオッサンが腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは!いやぁ、すげぇな!あまりの食いっぷりに見入っちまった!」
そう言って、オッサンはくるりと後ろを向く。
「おーい!誰か俺の弁当、持ってきてくれ!」
すぐに、編みかごに入った色とりどりのサンドイッチが運ばれてきた。
俺の目には、それが――玉手箱に見えた。
神々しい。
開けたら煙じゃなくて香りが立ち上るタイプのやつだ。
「腹ぁ減ってんだろ。これでも食いな」
「いただきますっ!!」
反射で飛びついた。
もはや理性は仕事をしていない。
先程のサンドイッチも美味かったが、今度のは段違いだ。
具材が多い。旨味の重ね掛けがすごい。
あぁ、トマトの瑞々しさ!
あぁ、レタスの歯ごたえ!
卵!魚!肉!
よく分からない野菜まで全員仕事してる!
これはもう、宝石箱だ!!
「ご馳走様でした……」
ぺろりと完食し、俺は両手を合わせた。
「いただきます」と「ご馳走様」は食材と料理人への感謝だが、今はそれに加えて、このオッサンへの感謝が八割を占めている。
「あの……これって、あなたの昼飯ですよね?」
「普通、食ってから聞くかぁ?」
オッサンは苦笑しつつ、水を差し出してくれた。
「おい、ガルド。そいつどうするんだよ」
同僚の声に、オッサン――ガルドは肩をすくめる。
「この死にそうな状態で、露出狂は無理だろ。やるなら、せいぜいひったくりか食い逃げだ」
……いい人だ。
この世界に来て、心の底から「いい人だ」と思えたのは、たぶんこの人が初めてだ。
結局、ガルドが他の同僚を説得し、
「追い剥ぎに遭った被害者」ということで話はまとまった。
つまり――
俺は、無罪放免である。
「ありがとうございます、ガルドさん」
腰布一枚で頭を下げ、そのまま出ていこうとした俺を、ガルドが呼び止めた。
「あー待て待て」
そう言って差し出されたのは、簡易的な下着と服。
「身分札もねぇんだろ。その格好で放り出したら、また捕まるぞ。安モンだが、無いよりマシだ」
「ガルドさぁん……」
異世界ものって、大体ここで可愛い女の子が助けてくれるもんだと思ってた。
俺も、ちょっとは期待してた。
だが――
ガルドさんで本当に良かった。
これが女の子だったら、
全裸で取り調べされ、男物の下着と服を買ってもらう
という地獄の羞恥プレイが成立していたところだ。
俺は、泣きそうになった。
「このご恩は、いつか必ず……」
「おう。なら今度、うちの家内の食事処に来い。中央通りの【せせらぎ亭】だ。さっきのサンドイッチも出してる」
「絶対行きます」
服に着替え、自衛団の詰め所を後にする。
――と。
「まったく……動くなと言ったはずだが?」
曲がり角を曲がった先、
壁に寄りかかる赤髪の男が、鼻で笑う。
「君は猿どころか、鳥だったようだな。
寝て起きたら、即飛び立つとは」
……ユーディアだった。




