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3

 王太子は、騒ぎが一段落してから、ようやく私のもとを訪れた。


 冷静で理性的なまなざし。表情に揺らぎなどない。


「エレオノーラ。今回の件について、王国として調査を進めている」


 それはただの報告。淡々とした、まるで裁判官のような声音だった。


 私は目を伏せる。


 きっと彼は、証言と周囲の空気と責任に、押し潰されている。


 彼は“王”であろうとしている。


 それが彼の“正しさ”。


 けれど、それは、私を否定することと同義だった。




 数日後、静かに判決が下された。


 それはあまりにも短く、冷たく、感情の余地などなかった。




 ──男爵令嬢マリー・ランフォードへの毒殺未遂の罪により、エレオノーラ・ヴァレンティーナ公爵令嬢は死罪とする。




 その場にいた全ての人々が、私を見下ろしていた。


 誰もが胸の内に確信を抱いていた。


 “この女がやったに違いない”と。




 証拠など何もない。


 王宮の侍女が「私に命じられた」と語ったという、それだけだ。


 お粗末すぎる捜査で、私は死刑になる。




 王太子殿下の姿もあった。


 彼はまっすぐに私を見ていた。


 けれど、その瞳は、何も語らなかった。




 私は、ただ一つだけ問いかけた。




「……それが、殿下の“答え”なのですね?」




 長い沈黙ののち、彼はまぶたを閉じ、ひとつ、頷いた。




 処刑前夜、私の独房を訪れる者はいなかった。


 両親はすでに爵位を剥奪され、遠方の領地へ幽閉されたと聞く。


 婚約は破棄され、侍女たちは新たな主のもとへと散った。




 ここに残されたのは、名誉なき元令嬢ただ一人。




 けれど、不思議と、涙は出なかった。




 ――あのとき、涙は捨てたのだ。


 彼の瞳が、私ではなく“誰か”を映した、その瞬間に。




 ただ一つだけ、悔いていることがある。




 どうしてあのとき、もっと上手に甘えられなかったのだろう。


 どうして私は、彼の弱さに気づけなかったのだろう。




 マリーが彼の袖をつかんで微笑んでいたとき、私はいつも背筋を伸ばし、礼節を守り、正しさばかりを求めていた。




 彼は、正しさなど欲していなかったのかもしれない。


 ただ――誰かに、「必要だ」「貴方が大切なんだ」と、言ってほしかっただけなのかもしれない。




 今なら、その気持ちがよくわかる。




 ⸻




 夜が明ける。


 死の気配が、扉の向こうに近づいてくる。




「エレオノーラ・ヴァレンティーナ。時刻です」




 ああ。


 最後の朝が、こんなにも静かなものだとは、知らなかった。




 陽はすでに高く昇り、夏の終わりを告げる空が、どこまでも青かった。




 私は静かに、処刑台の階段を登る。


 足元に広がる白い石畳が、まるで冷たい墓標のように見えた。




 集まった群衆の顔が、ぼやけていた。


 彼らが何を叫んでいるのか、もう聞き取れなかった。




 処刑人の影が、背後に立つ。




 頸にかかる縄の感触は思ったよりも軽く、


 むしろ私の方が、自分の重さで地に引きずられているようにさえ思えた。




「最後に言い残すことは?」




 誰かがそう問いかけた。




 私はそっと、目を閉じた。




 思い浮かべたのは、あの人の横顔。


 憧れにも似た尊敬と、恋と呼べたのか分からない感情。


 けれど、それすらも、もう遠い過去のように思えた。




「ありません」




 私は微笑んだ。


 これは、誇り高き令嬢の、最後の矜持。




 そして――世界が、闇に沈んだ。




 静寂の中、落下の感覚が訪れる。


 誰かの声も、光も、温度もない、深い闇。




 永遠とも一瞬ともつかない時が過ぎ――




 ――ふ、と、何かに引き戻された。


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