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王太子は、騒ぎが一段落してから、ようやく私のもとを訪れた。
冷静で理性的なまなざし。表情に揺らぎなどない。
「エレオノーラ。今回の件について、王国として調査を進めている」
それはただの報告。淡々とした、まるで裁判官のような声音だった。
私は目を伏せる。
きっと彼は、証言と周囲の空気と責任に、押し潰されている。
彼は“王”であろうとしている。
それが彼の“正しさ”。
けれど、それは、私を否定することと同義だった。
数日後、静かに判決が下された。
それはあまりにも短く、冷たく、感情の余地などなかった。
──男爵令嬢マリー・ランフォードへの毒殺未遂の罪により、エレオノーラ・ヴァレンティーナ公爵令嬢は死罪とする。
その場にいた全ての人々が、私を見下ろしていた。
誰もが胸の内に確信を抱いていた。
“この女がやったに違いない”と。
証拠など何もない。
王宮の侍女が「私に命じられた」と語ったという、それだけだ。
お粗末すぎる捜査で、私は死刑になる。
王太子殿下の姿もあった。
彼はまっすぐに私を見ていた。
けれど、その瞳は、何も語らなかった。
私は、ただ一つだけ問いかけた。
「……それが、殿下の“答え”なのですね?」
長い沈黙ののち、彼はまぶたを閉じ、ひとつ、頷いた。
処刑前夜、私の独房を訪れる者はいなかった。
両親はすでに爵位を剥奪され、遠方の領地へ幽閉されたと聞く。
婚約は破棄され、侍女たちは新たな主のもとへと散った。
ここに残されたのは、名誉なき元令嬢ただ一人。
けれど、不思議と、涙は出なかった。
――あのとき、涙は捨てたのだ。
彼の瞳が、私ではなく“誰か”を映した、その瞬間に。
ただ一つだけ、悔いていることがある。
どうしてあのとき、もっと上手に甘えられなかったのだろう。
どうして私は、彼の弱さに気づけなかったのだろう。
マリーが彼の袖をつかんで微笑んでいたとき、私はいつも背筋を伸ばし、礼節を守り、正しさばかりを求めていた。
彼は、正しさなど欲していなかったのかもしれない。
ただ――誰かに、「必要だ」「貴方が大切なんだ」と、言ってほしかっただけなのかもしれない。
今なら、その気持ちがよくわかる。
⸻
夜が明ける。
死の気配が、扉の向こうに近づいてくる。
「エレオノーラ・ヴァレンティーナ。時刻です」
ああ。
最後の朝が、こんなにも静かなものだとは、知らなかった。
陽はすでに高く昇り、夏の終わりを告げる空が、どこまでも青かった。
私は静かに、処刑台の階段を登る。
足元に広がる白い石畳が、まるで冷たい墓標のように見えた。
集まった群衆の顔が、ぼやけていた。
彼らが何を叫んでいるのか、もう聞き取れなかった。
処刑人の影が、背後に立つ。
頸にかかる縄の感触は思ったよりも軽く、
むしろ私の方が、自分の重さで地に引きずられているようにさえ思えた。
「最後に言い残すことは?」
誰かがそう問いかけた。
私はそっと、目を閉じた。
思い浮かべたのは、あの人の横顔。
憧れにも似た尊敬と、恋と呼べたのか分からない感情。
けれど、それすらも、もう遠い過去のように思えた。
「ありません」
私は微笑んだ。
これは、誇り高き令嬢の、最後の矜持。
そして――世界が、闇に沈んだ。
静寂の中、落下の感覚が訪れる。
誰かの声も、光も、温度もない、深い闇。
永遠とも一瞬ともつかない時が過ぎ――
――ふ、と、何かに引き戻された。




