第6話─三つの謎
この人が…
目を凝らしてみても、煙がひどいせいでよく見えない。
ただ分かるのは、優しく抱いてくれていること。
イェーネの身を案じていることは確かだ。
この男を離してはいけない、放してはいけない。
いま、ここで捕らえる!!
私は逃げられないようにベルトをしっかりと握った。
しかし、急に感触がなくなったかと思うと、
「待てっ」
と叫ぶ声が聞こえた。
両手にはもうベルトの感触は無かった。
逃げられた…
任務に私情は禁物だけど、任務が任務だわ!
あんな奴に守られたなんて、悔しい!
絶対に正体を突き止めてやるわ!
誰かが部屋のドアを開けたみたいで、煙が逃げて、徐々に視界が晴れていった。
その部屋には5人の人間がいた。
そして、そのうちの一人は帰らぬ人となっていた。
───────
ウェイソンが騒ぎを起こさないように、部屋に残っている皆に確認を取った後扉を閉めた。
「ふむ、状況を整理しようか」
仮面舞踏会には珍しい白衣を着た人物が遺体の首に手をかざし、静かに首を振りながら言った。
「そうだね、まず僕たちが何者かということだが…いや失敬、これは非常識だったね」
仮面舞踏会で素性を詮索するのは完全にマナー違反だ。
こんな非常事態なのに困ったねと言いたげにウェイソンはやれやれと首を振る。
「まぁ、何かと不便だろうから一応名乗っておこう。 私の事はトーマスと呼んでくれ」
白衣の男が言った。
「私はイェーネと申します」
私はきちんとお辞儀をしていった。
クリスの評判が落ちないように頑張らないと。
もっとも、イェーネがクリスだと分かる術は無いのだが。
「僕はウェイソン」
ウェイソンも丁寧にお辞儀をする。もちろんイェーネとアンドレーにではなくトーマスに対してだ。
「俺の事はアンドレーと呼んでください」
アンドレーも負けじと丁寧にお辞儀をする。
なんだ、やればできるんだわ。
アンドレーのお辞儀は一級品と言って良い代物だった。
部屋に残っている全員が一通り自己紹介を済ませた。
「そうですね、館の主人を容疑者Xとすると、まず確かな事はXがこの部屋にはいない。 つまりあの扉から混乱に乗じて出ていったということだ」
「今頃一階の大勢の客に紛れて判別はつかないだろう」
顎に手を当てながらアンドレーが考察する。
でもこういう場合って、容疑者じゃなくて殺人者ではないかしら。
「金の刺繍入りの仮面を探しては?」
私は一つ提案してみた。
あの場にいた全員が金の刺繍入りの仮面をしていたことは気づいていた。
「いや、奴は相当に用意周到だ。代わりを用意していると考えたほうがよさそうだ」
あっさりとトーマスに否定される。
ちょっぴりムカつく。
「奇妙な点は三つだ」
「Xは何処から現れたのか。
我々は彼もしくは彼女がこの部屋に入ってくるのを見ていない」
トーマスが親指を立てて言った。
「そして、この遺体の背中にフォークが刺さっているということ」
私は親指の次に人差し指を立てながら言った。
「位置から見て致命傷にはなり得ないし、彼はもう既に事切れていた可能性が高い。トドメを刺しに行ったとは考えづらい」
次いでウェイソンが補足する。
「そして最後だ」
アンドレーがまとめに入る。
「「「「何故Xは11人といったのか」」」」
私達4人は互いに3本の指を立てながら微笑を浮かべてそう言って見つめ合った。