第5話─追憶
静まり返った。いや、静かではあったのだが、雰囲気がという話だ。
この場にいる皆が注目する中、館の主人を名乗る人物は手紙を再び封筒にしまっている。
私の右隣に座っていた小太りの男がダンッと両手をテーブルについた。
たくさんはめてある指輪からは腸詰めのような丸々とした指が覗かせていた。
違うわ。
この部屋に入ってきてから、さりげなく手に傷跡のある人物を探し回っていたがまだ収穫はない。
「ばかばかしいね。 わしは降りさせてもらうぞ!」
そう言って、小太りの男は席を立ち、扉の方へと歩いていった。
他の者が男に続こうと椅子に手をかけ始めていた時、私は館の主人が不審な行動をとっていることを見逃さなかった。
館の主人は丁寧にたたみ、封筒にしまった手紙をテーブルの上のろうそくへとかざした。
おかしいわ。
手紙から出る煙の量がおかしいし、ちょっと待って、何振りかざしてんのよ!
一体何をする気?!
館の主人の手から放たれた手紙は炎を纏いながら扉の方へと飛んでいき──
気がつくと私の体は地面へと押し倒されていた。
「動くな! じっとしてるんだ!!」
私に覆いかぶさっている男が言った。
人の叫ぶ声が聞こえる。
焦げ臭い。これは─人の焼けた匂い─
「エヴァ…生きて…」
街が、私の街が炎と奇声にまみれ、家族を失ったあの日。
あの日と同じだった。
日照りの強い日だったのに、街を覆い隠すほどの巨大な影。
そして、お母さんが、妹が、目の前で焼けていく地獄の光景。
必死に助けを求める妹を前に私は何もできなかった。
ただ逃げ惑う人々に体をぶつけられて、
近所のおじさんに逃げろと言われても頑なに崩れ行く家の前にとどまり続けることだけで精一杯だった。
あの日の光景が鮮明に頭の中に現れていく。
でも
違う。
あの時とは何もかもが違うはずだ。
この2年間、血を吐くような訓練をしてきたのは、変わるため。
もう無力な私じゃない!
理由は知らないが、私のことを守ってくれている人の手を押しのけて、私は一歩踏み出そうとした。
「きず…」
その手には傷跡があった。
手綱を握る人間特有の職業病だ。
それも馬の手綱などではない。
5年前突如として現れ、世界の勢力図を大きく塗り替えたあの怪物───龍だ。