第1話─侵入
念入りに確認した。
私はイスカー王国の名門貴族フレディ家の一人娘クリス、21歳。
今日は招待状によって招かれてオールドキャニオン22番地の館にいくのよ。
よし! 何も問題はない。
そうして私は招待状に同封してあった金の刺繍入りのマスクを顔にしっかりと固定して、同じくマスクをして館の入り口に立っている門番のところへあるいていった。
「私、今宵仮面舞踏会に招かれたイェーネと申しますわ」
私が丁寧にお辞儀しながら言うと、
「確かにお招きいたしました。
どうぞ、お入りください。」
と丁寧に答えて、門番の男は館の大きな扉を音をたてないようにゆっくりと開けて通してくれた。
やっぱりこの仮面で判別してるみたいね。なんて簡単な任務なのかしら。
門番に怪しまれないようしっかりとお辞儀をして中へと入っていくと、何十何百もの仮面に正体を包んだ人間が一面を古代都市ベータポリスを象徴とする壁画で埋め尽くされたホールに集まっていた。
どの人も華やかなドレスや立派なタキシードを身に纏っていかにもレディースアンドジェントルマンといった具合だ。
私は任務を遂行するべく全体が見渡せる螺旋階段の中段の遊び場まで行き、これまた仮面を被ったウェイターから一杯のグラスを受け取った。
チェリー、ポートワイン、藁、代わる代わる主張する閉じた印象の香り、ロマネコンティね。
悪くないじゃない。
仮面舞踏会では全ての人が身分や立場を忘れて一夜を楽しむなどと言われているけど、使用人まではさすがに難しいよね。
そもそもクリスがお嬢様だから私がここに来れたんだし。
やっぱりそんなのは上流階級のおじ様たちの綺麗ごっ
世界がゆっくりと回っていく。
いや、私が回っているのか。
どうやら私は階段にヒールの足を取られたらしい。
あぁ、盛大にやらかしちゃったな。
そう諦めかけたその時、私の体はよりたくましい体に抱き留められた。
「よそ見しながら階段を降りるのは危ないですよ、可愛いお嬢さん」
顔を上げると、そこには整った顔立ちの青年がいた。
マスクを付けていてもわかる。
「イケメン…」
「どうもありがとう」
ニッコリと笑顔で返されてようやく事態に気がついた。
こ、声に出てた?
すっかり顔を赤くして私はボソボソと呟いた。
「お、おろしてください」
「おや、これはすまないね」
そう言って彼は軽々と持ち上げていた私を降ろしてくれた。
「どうもありがとうございました」
「どういたしまして。僕はウェイソン。 君は?」
「はじめまして。 私はイェーネと申しますわ。」
私は何とか取り乱した様子を隠し平然を装って、あらかじめ用意していた仮面舞踏会用の偽名を名乗った。
「はじめまして。 仮面舞踏会は初めてかい?」
「どうしてですか?」
「顔をみなくても分かる。 そうとう可愛いね、イェーネ。 こんなに可愛い子初めてみたよ」
「なっ!?」
みるみる顔が赤くなっていくのがわかる。 はぁ、せっかくなおってたのに!
俯いて初めて思い出した。私はワインがたっぷりと入ったグラスを持っていたのだ。
嫌な予感がして、恐る恐るウェイソンの服を見ると…
「ご、ごめんなさい! その、大事な服を汚してしまって」
「大丈夫さ、着替えは持っているから」
そう陽気に答えるウェイソンにさすがの私もなんで持ってるの?とは聞けなかった。
「俺は着替えてくるから、もう転ぶなよ」
ウェイソンは笑いながら口早にそう言うと、階段の上の方へと駆けていった。
このときはまだ、ウェイソンの仮面にも金の刺繍が入っている事に気付いていなかった。