プロローグ─集結
「警部、オズワード町の殺し、身元はまだ突き止められそうにないです。やはりあれほど焼けていてはどうにもなりませんね。」
若い男が顔をしかめて言った。
ここはメリー・フォード通りを走る馬車の中。
街の橙色の街灯に照らされ漆黒に塗られた車体がよりメリー・フォード通りに相応しく渋みを増している。
黒い帽子を目深にかぶった背広の男は、若い男に応えるように姿勢を正してから言った。
「ここ3日で殺しが2件か… 物騒だな」
「えぇ、しかも2件目は両目がえぐり取られていますからね。正気の沙汰じゃない。」
舗装されているとはいえ、まだまだ平らには程遠いメリー・フォードの道路。
馬車は上下に小刻み揺れながら男たちを運んでいた。
「しかし何と言っても今日は仮面舞踏会だ。
嫌な事件も今夜は忘れると良い。」
「警部! 気を抜…」
警部を名乗る男に制止されて若い男は口ごもった。
「俺は、たった今からベリンジャー警部ではない、ブレディ伯爵だ。」
そう言って男は静かに懐から金の刺繍のはいった仮面を取り出し装着した。
ベリンジャー警部、いやバヌ・ブレディ伯爵とその付き人を乗せた馬車はオールドキャニオンの外れにある大きな館へと入っていった。
太陽が西の空に沈み始め世界が橙色に染まり始めた。
イスカー王国きっての祭事、仮面舞踏会の始まりである。