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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第一章 パノプリア<鎧>
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天国

 食事を終え、席を立つ。環は、出口のところでついお会計を待ってしまった。


「あの世は全サービス無料ですので」

 ウェイターの天使がほほ笑む。


「あっ、すみません」

「いえいえ。あなたのような方はたくさんいらっしゃいますよ」

「……そうだ。私タヒトゥスって神様の神殿に行きたいんですけど」

「ああ、あなたが夜見環さんですね」


 環の首元に下がったペリデレオを一瞥する。


「案内の天使をお呼びしますので、少々お待ちを……」

「いや、いい。明日にしてくれ。俺と用事があるから」

 晴山が、強引に環の手を引く。

「何するの」

 環が怒って手を振りほどく。

「今日だけでいいんだ」


 ガシッと肩をつかまれた。誰からも好かれそうな顔が、悲痛に歪んでいる。


「ちょっとだけでも思い出させてほしいんだ。恵と一緒にいたときのこと。俺はずっと苦しくて、環ちゃんに会えて、ちょっと立ち直れそうなところなんだ」


 環の怒気がしぼんでいく。ひりつくような別離の悲しみは、目を背けられるものなら背けたいものだ。自分といるだけでそれが癒されるというのなら、今日くらい付き合ってもいいと環は思った。


「今日だけならいいよ」

「やった!ありがとな!」

 晴山が、涙目で笑った。


 丘を下っていくと、四角い建物がひしめく石畳の路地に入る。ダークグレーの石畳に落ちる影と、日光を反射する白壁のコントラストがまぶしい。


 建物のほとんどが宿だった。窓から町を眺める人や、楽し気にパーティーを楽しむ人など、死者たちが思い思いに過ごしている。行きかう人々の表情は穏やかで、ドリンクや軽食を手にしている人も多かった。


 少し大きめの建物はお店になっていた。深い色の花であふれるフラワーショップ。古今東西のボードゲームが並ぶおもちゃ屋。各国の名著でいっぱいの本屋。


「あ、あった!」

 晴山が指を差したのは、服屋だった。

「服屋もあるんだ!」

 環の顔がパッと明るくなる。

「着替えたいだろ?」

「うん!この格好ずっと嫌だった!」


 そそくさと店に入る。


 店内には、青と白の服しかなかった。島の景観に合わせているのだろう。環は今すぐにでも赤いダウンを脱ぎ捨てたい気分だったので、おあつらえ向きだと思って服を選び始める。晴山が横からあれがいいんじゃないかとごちゃごちゃ言っていたが、まるで耳に入らなかった。


「これいいかも」

 ブルーグレーのキャミソールワンピースを取り出す。

「ご試着されますか?」

 羽を小さくたたんだ天使がやってくる。Tシャツにジーンズ姿で、親しみが湧いた。


「お願いします」

 服を渡そうとするが、天使が手を振る。

「こちらにあるボタンを押すと、試着ができますよ」

 ハンガーのフックの下部分に、白いボタンがついていた。押した瞬間、環の服装がダウンからワンピースに変わる。

「すごっ!」


 鏡の前に立ってみる。胸の下でキュッとしまり、裾に向かって広がるシルエットが、環の細い腕を引き立たせた。かための素材のギャザーに高級感があり、思わず笑みがこぼれる。


「よくお似合いです」

 天使がほほ笑む。

「裾が中途半端になっちゃうかなと思ったんですけど、ちょうど足首の辺りでよかったです」

「あの世で着ている服は概念のようなものなので、その人に合わせてサイズが変わるんです」

「すごい便利。うちの店もこうなんないかな」

「アパレルにお勤めですか?」

「そうなんです」


「なあ、こっちの方がいいだろ」

 晴山がタイトなホワイトのミニスカートを渡してくる。

「嫌だよ」

 環が押し返す。

「恵はこういうの好きだったけどなあ」


 と、ガッカリ肩を落とす。今日は彼に付き合うことを決めたが、服装だけは譲れない。


「サンダルもありますか?」

 天使に尋ねる。

「はい。こちらです」


 数あるサンダルから、白いウェッジソールのサンダルを選ぶ。お金やサイズを気にせず服を選べるのは、まるで天国のようだった。

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