表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第七章 エウロギア<祝福>
59/63

魔物退治

「武器、全部集められたんだぁ。途中で諦めると思ってた」


 真夜中の橋の上から、自分の体が手を振っていた。


 最早、自分の顔とは思えない笑顔を浮かべている。その目は、魔物が入り込んでいるにふさわしく、赤く光っていた。真上に輝く月も、申し合わせたかのように赤銅色をしている。


「月食の日にやってくるなんて、あなたもつくづく運が悪い」


 橋の手すりに魔物が座る。


「私の力が高まる日なの。満月だし、太陽と地球と私が一直線に並んでいるし。太陽や地球の力まで借りることができるのよ。すごいでしょう」


 口が耳まで避けたような笑みを浮かべる。


「その、下品な笑い方やめてくれない?私の顔が台無しじゃない」


 環は魔物を睨み上げ、ダクティリオスを首から外す。先手必勝とばかりに、魔物に投げつけた。


「ぬるいわぁ」


 魔物は飛んできた輪を容易く掴むと、環に投げ返す。


「遊んでるつもりなの?キャッチボールならぬキャッチリング?笑えない」


 魔物が、手すりの上に立つ。


「体が死んでしまったら、あなたに帰るところはなくなるわよねえ」


 環は、魔物の魂胆を覚りながら、黙ってじっと見上げている。


「私に攻撃したら、飛び降りてあげる」

「ああ、そう」


 今度は力を込めて、ダクティリオスを投げつけた。

 肩に命中して、魔物がふらつく。


「ほ、本当に飛び降りるわよ?」


「やってみなさいよ」


 環は冷たい視線で言い放つ。


「ふん、馬鹿な人間ね。後悔しても知らないから!」


 環の体が、橋から飛び降りた。


 どしゃ、と嫌な音がする。おそらく、足の骨を折っている。


 環は剣を持ち、つかつかと魔物に近づく。


「一発逆転の名案を考えたつもり?やっぱり魔物って中途半端なのね。私は、こんなところじゃ死なないの」


 痛みに顔を歪める魔物を、環は見下ろした。


「私の人生は、八十九歳まで続くのよ!」


 魔物にサイフォスを振り下ろした。転がってよける魔物に、剣を浴びせ続ける。魔物の赤い目が一瞬閃光を放つ。環は目に突き刺さるような感覚に、まぶたを閉じた。


往生際おうじょうぎわの悪い魔物ね!」


 目を開くと、魔物は肩を押え、足を引きずりながら河原を歩いている。環はサイフォスを鞘に戻し、ピストリを手にした。


「これで終わりよ!」


 背中めがけて、トリガーを引く。

 カン、と間抜けな音がした。


「ん?」


 何度も引き金を引いてみるが、一向に発砲は起こらない。


 弾が入っていないのだ。


 リディナの『タダで渡すはずないでしょう』という美声が頭に浮かぶ。


「まったく、性根の悪い神なんだから!」


 ピストリをホルダーに戻す。

 環はダクティリオスを、魔物の足に向かって投げた。見事に当たって、魔物が膝をつく。鞘からサイフォスを抜いて、環が走り出す。


 一気に終わらせる。倒れた自分の背中に向けて、刃を振り下ろそうとした。


「待って!」


 不意に魔物が振り返る。その顔の悲痛さに、環は思わず動きを止める。先ほどまで魔物にしか見えていなかった顔が、自分の片割れに見えたのだ。


 一瞬の隙を、魔物は逃さなかった。

 環の左手をつかむと、かみついたのだった。


「いっ」


 慌てて手を引っ込める。中指から小指までが、なくなっていた。


「うわ」

「あはははは」


 魔物がおいしそうに顎を動かしている。


「魔物は魂を食べるのよ。魂が少し欠けたから、八十九歳まで生きられなくなったかもしれないわね」


 うっとり笑う魔物から、飛び上がって離れる。環は耳のソピアに触れた。


「鎧は機能しないの?」


『はい。摂食に悪意はありません』


「違うわね。私が強くなっているのよ」


 魔物が立ち上がる。骨折も、ダクティリオスの打撃も、なんともないとでもいうように。


「月食だけじゃない。私は遥の憎悪を毎日浴びている。だから強くなった。そんな輪も別に効かない。それに、鎧くらい破れるわよ」


 空を飛ぶ環に指をさす。


「だから、あなたはその剣でかかってくるしかないのよ。言っておくけど、戦闘の経験は私の方がはるかに上。武器を持っていたって、いくらでも隙をつける。今度は片方の手も食べてあげる。そしたらあなた、おしまいね」


 環は唇を噛む。どうしても、ヒネの恐怖がフラッシュバックする。自分の姿かたちをしていることさえ、たくみに使ってくるのだ。


「あなたの魂を食べて、少し回復したし……。痛みを和らげることくらいは簡単よ。まあ、あなたの肉体を癒すことまではできないけど。骨折、ひどくなっちゃって一生治らないかもねえ」


 軽快に飛び跳ねる。


「やめて!」


 環が叫ぶと、魔物は高笑いを放つ。


「どうしよう」


 ソピアに触れる。


『ダクティリオスで隙を作り、サイフォスでとどめを刺すのが有効でしょう。またピストリに弾がないことを、相手はまだ知りません。ハッタリには使ます。またどこから攻撃がこようとも、私がお伝えしますのでご安心を』


 魔物に聞こえないよう、小声で言う。


「またコソコソ相談してるの?無駄なんだから諦めなさいよ。私は、夏生の魂も少しずつ食べているの。あなた、もう彼のこと嫌いでしょ?私が腑抜けにしてあげるわよ?」


 まだ夏生に人質としての価値があると思っているのだ。環は顔を歪める。


「もう、嫌いでも、なんでもない」


「あら、あなたがだらしないから、浮気なんかされたって理解した?」


「あんな奴もうどうでもいいって言ってるのよ」


 怒気をはらんだ声で言い放つ。


「他人。ただの同じ町の住人。だけど過去のよしみで、魂が食われるのは止めてあげたい……何より、あんたがいい思いするのがムカつく」


「ふうん。で、あなたに何ができるの?御大層に神様の武器なんか借りてきたって、空に浮かんでるだけで何もできないじゃない」


 図星ではあった。

 環はソピアに打開策を問いかけて、口をつぐむ。どう対戦するか、というよりも、どう戦うかが大事な気がする。


 環は高度を上げる。ひとまず距離を置いて、考えた方がよさそうだ。


 遠くから、救急車の音が近づいてくる。真夜中の静まり返った町に、けたたましい光が明滅している。


「もしかして」


 橋から飛び降りる姿を、誰かが見ていたのかもしれない。

 環は高度を落とす。魔物も同じことを思ったのか、橋から逃げるように河原を走っていた。だが骨折した足ではうまく砂利の上を走れないのか、何度も転ぶ。


 救急車が、橋の上で止まった。環はソワソワしている女性の横に降り立つ。


「患者は?」


 救急隊員が女性に尋ねる。


「それが、向こうに走っていってしまって。ほら、あそこ!」


「たしかに、飛び降りたんですよね。動けていますが」


「ええ。私、すぐそこに住んでるんですけど、窓から見て。慌てて救急車を呼んだんですよ。夜見さんのとこのお嬢さんなんじゃないかって……ついひと月前に飛び降りたばかりで、今も記憶喪失で苦しんでいるみたいなんです。走れるくらい元気なのかもしれませんが、心配で」


「環ー!!!!」


 橋の両側から、自分の名前を呼ぶ声。

 夏生と、両親だった。


「環はどこに?」


「あっちに」


 女性が、走っていく環を指さす。夏生が、すぐさま橋の脇の階段から河原へおりる。


「環!」


「錯乱状態なのかもしれない。救助の必要がありそうだな」

「我々も向かうぞ!」


 救急隊員たちが、担架を手に走り出す。


「どうか、環をお願いいたします!」

「二度も、あの子を失いたくはないんです」


 母は顔を覆って涙し、父は涙をこらえて頭を下げた。

 誰もが、自分を救出するために、必死になっている。


 ように見えるだけ。


「あなたたちが助けようとしているのは、本当の夜見環じゃないんだよな」


 環がつぶやく。


 しかし、もう、空虚な絶望には襲われていなかった。


「チャンスを作ってくれて、ありがとう!」


 再び空へと飛びあがった。

 環は滑るように空を駆け、魔物の元に向かう。既に夏生と救急隊員たちが追いついていた。


「大人しくしなさい!」


「離せ!」


 隊員たちが環を取り押さえようとする。が、魔物の戦歴も伊達だてではないようで、うまくかいくぐって逃げていく。


「環!」


 夏生が正面から、魔物を抱きしめた。


「どうしたんだ!俺が守るから、落ち着いて話をしてくれ!」


「うるせーぞ浮気野郎」


 環が、上からダクティリオスで頭をぶったたく。当然空振りするが、何かを感じたのか、夏生が環を見上げる。


 そのアホ面に、環は思わずき出した。


「最後にいいもの見せてくれて、ありがとうね」


 環は、隙をついて再び逃げ出した魔物の、正面に回る。パニックに陥った魔物は、驚いてしりもちをついた。


「私の体、返してもらうわ!」


 環は、切っ先を魔物に向け、頭めがけて一息に振り下ろす。魔物の断末魔が響き、サイフォスから光がほとばしる。


『退治完了です。お疲れ様でした』


 ソピアの声が聞こえる。


 魂が、体に吸い込まれる感覚。光の中で、目を閉じる。


 ようやっと、旅が終わるのだ。


 久しぶりの鼓動にびっくりしてしまうかもしれない。骨折の痛みに耐えられるだろうか。他にも打ち身が増えていそうだ。しかしそんなのは些細なこと。環は、激痛が走るのを待ってさえいた。


 が、そのときは一向に訪れない。


「?」


 いつしか光も消えている。環は目を開けた。


 瞳に映るのは、ペンキで塗りこめたように真っ暗な空間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ