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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第七章 エウロギア<祝福>
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最後の神

 あの世の終着点は、光にあふれていた。


 環は、川が切れて滝となっている崖の上から、最後の町を眺めていた。


 広大で果ての見えない草原は、小麦のような金色に輝いている。滝がのびて再び川となり、遠くにある大樹まで続いている。木には桜のような淡いピンクの光が咲いていた。蛍のように飛び交う光は、その花びらなのだろう。空は春の夜明けのようなパステルのグラデーションに染まっていた。


 川を軽々泳いでいく魂に、表情はない。それでも、シュタインのときのように、環には笑っているように見えた。


 観察していると、滝壺から川へ降りた魂のうち、川から弾かれるものがあるようだ。おそらく、後悔や未練が残っている者なのだろう。弾かれた魂は星型をしており、重い足取りで草原を歩いている。


 第五の町で、理想の来世に生まれ変わるには、魂のエネルギーが必要だと聞いた。不誠実に生きてきた者は、最後の最後でエネルギーを削られ、理想の来世に生まれ変わることができないのかもしれない。


 地獄でも天国でもないあの世でも、生きてきた結果は確実に反映されている。残酷なようで、正当だ。環は口を引き結ぶ。いつか自分が生きてきた結果も、ここで反映されるのだ。


 崖を蹴って、大樹へ向かう。花びらの光がたわむれるようにまとわりつき、自然とスピードはゆっくりになる。


 大樹に近づくと、木の上に誰かが立っているのが見える。きっと、この町の神だろう。環は高度を落とす。上から対面して良い相手ではない。


 大樹までいきついた川は、幹をはいのぼっていた。川によって大樹の枝まで運ばれた魂たちは、光の花びらにのってふわふわと飛んでいく。そして、淡い色の空に吸い込まれていった。


 その空が次の人生に続いていることは、環にも分かった。


 歩いて草原を越えた魂は、木の幹も自分で登っていく。途中で力尽きて、落ちてしまう者もいた。なんとか花びらに乗れた魂も、つぶれた餅のように元気がない。


 これがあの世の終着点であり、この世への出発点。


 やっとここまで来たんだ。環は抜けそうになる力をぎゅっと引き締める。本番はここからなのだ。魔物に敗れるわけにはいかない。天使たちでも歯が立たなかったというから、きっとヒネよりもずっと手ごわいだろう。神からの武器を借りていようと、簡単に越えられるものではないはずだ。


 大樹の前で、草原に降りる。上にいる神は、意外にも娘の姿をしていた。


 長い黒髪に、黒い瞳。陶器のように白い肌は、まるで日本人形のようだった。自分と同じくらいの歳に見える。白い着物を金色の帯で締めており、薄紅色の半襟がアクセントになっていた。


『お待ちしておりました。夜見環さん』


 口を開けていない。直接声が響いてきている。


「あなたが、この町の神……」


『そうです。娘の姿で、驚きましたか?』


 心の内を覚られて、ビクッとする。


『私に姿はありません。親しみが湧くよう、あなたの属性に合わせて仮の姿を作ったまでです』


 仮の姿だからなのか、表情が全く変わらない。


『ここまでのあなたの道のり、全て見させていただきました。第五の町では、私のことを呼ぼうとしていましたね』


「……もしかして、第二の町で聞いた『上位存在』というのは、あなたのことだったんですか」


『はい。私は全ての魂の母にして、あの世の管理者。神々を監視する存在です』


 黒い瞳に、宇宙のような光が宿る。この神に隠し事はできないのだろう。


『だからこそ、神々の性格も熟知しています。よく対応してきましたね。あなたに武器を貸さないのではという神もいましたが』


 環は思わず苦笑する。困難の連続が頭をめぐった。


「大変でした。でも……成長もさせてもらったんです。私、私に向き合う覚悟ができました」


 表情の変わらない神が、一瞬微笑んだような気がした。


『それは、あなたが真っ直ぐな心で生きてきた証です。よく頑張りました』


 神がゆったり手を上げると、環を中心につむじ風が吹く。辺りをぼんやりとただよっていた花びらが、環に集まる。花びらは光輪こうりんとなり、環の頭の後ろで輝いた。


『この町の武器、エウロギアです』


 環には自分の頭上で輝く武器を見ることができなかったが、温かさと力を感じていた。全身を包む安心感に、自然と自信がみなぎってくる。


『ここまで無事にたどり着いたあなたへの、私からの祝福です。他の武器は神から借りたものでしょうが、これはあなたに与えたもの。困難が続く限り、あなたを守ってくれるでしょう』


「ありがとうございます」

 環は深く頭を下げた。


『最後にひとつ、あなたに伝えたいことがあります』


 残ったつむじ風が、あの世の管理者の黒髪をふわりとなびかせた。


『誰しも、生まれた瞬間から寿命が定められています。その日まで、たとえどんな目に遭おうとも、死ぬことはないのです。それは、個々人の存在に使命があるから。使命とは、成し遂げるものがあるという意味ではありません。パズルのピースと同じです。その場所に存在することに、大きな意味がある』


 神の姿が、空へ溶け込むように消えていく。若々しかった声は、大いなる母にふさわしい低い響きをまとっていった。


『今、あなたの体には別のものが入っています。それは人類というパズルの絵を乱す由々しき事態です。エウロギアは、この悪しき歪みを正す力を持っています。大丈夫。あなたは決して負けません』


 大樹が強い光を放つ。環は、ぎゅっと目を瞑った。温かさが全身を包み、足元が崩れていく。


 大きな波に押されるような感覚が、環を襲い続ける。しかしそれは荒れ狂う海のようではなく、穏やかな波のようだった。環は、母の胎内を思う。生まれる前の十月十日、人は海に抱かれているのかもしれない。


 やがて光が消えて、恐る恐る目を開ける。


 環は、あの日倒れていた河原に立っていた。


「おっかえり~」


 真夜中の橋の上から、自分の体が手を振っていた。


いつも読んでくださってありがとうございます!

物語はラストスパート。環の行く先を、ぜひ見届けてくださいね。

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