絶望
商店街は、駅のホームから見たときの赤いアーケード街のことだった。
連なる店は、品の良いピンクのバラ色に統一されている。天使たちの生活の拠点になっているようで、見たこともない食材や服が並ぶ。どの店先にも花が添えられ、休みの日らしき天使たちはおしゃべりを楽しみながら買い物をしていた。
環と光は、カフェの中にいた。狭い机を挟んで向かい合っている。環はゆったりとしたベルベッドのソファに身を預けることもできず、前側に座って背中を丸めていた。
「で、月の魔物が彼氏と歩いてるところで、もう耐えきれなくなって……」
これまでのいきさつを光に語る。環の前にある上品な花模様のカップのハーブティーは、残り一口まで減っていた。
「そりゃ、泣きたくもなるねえ」
光は腕組みをして何度もうなずく。
「私が戻っても、嬉しい人ってきっといないんじゃないかって……。遥がこの世にいる方が、いいんです。みんな」
「うーん」
光は首をひねる。彼女のカップには、まだ半分ほどハーブティーが残っていた。
環はうつむいたまま続けた。
「思い返してみれば、私はいなくなった遥に似ようとして生きてきたんです。大好きなファッションだって、元は遥が好きだったものだし……。私は、自分の本当がもう、分からない。だったら、この世にいるのは、私じゃなくて遥がいいって言われても、反論できない気がするんです」
「自分らしさって、そんなに大事なもんじゃないと思うけどねえ」
意外な言葉に、環は顔を上げる。
「私も私らしさみたいなもんはなかったよ。周りと同じよーに生きてきたよ。それでも、いつも楽しかった。そこにこだわることはないんじゃないかと思う」
「でも、今の光さんは、嫌な記憶を忘れてるんですよね」
「忘れているね。だけど、人と同じように生きてきてたって、楽しかったことはちゃんと覚えているんだ」
「じゃあ、私の気持ちなんか、きっと分かんないですよ。だって、誰かと同じ人間って思われることもなかったんでしょう?だから人と一緒だって心地が良くて……私は、本当は私らしくいないといけなかった。遥と同じようになろうとしたから、体だって奪われたし、おかしいって思う人はほとんどいないんだ」
環はまくしたてるように言う。目には涙が浮かんでいた。
「そうかい……。悪いことを言ったねえ」
光が心底申し訳なさそうに、眉尻を下げる。
環はハッとした。八つ当たりをしてしまった。光は何も悪くないのに。
「ごめんなさい」
再びうつむく。
環の中に、もやもやとした感情が渦巻く。
これまでいい加減に生きてきたツケが回ってきたのだ。挙句優しい人に八つ当たりまでする。
自分で解決しようという気がまるでない。
それに気がついた今でも、誰かになんとかしてもらいたい。
自分の人生なのに。
自分には自分がない。だから体を奪われた。
遥が、夏生が、魔物が悪いんじゃない。
一番悪いのは、自分だったんだ。
突然、店内の灯が消える。
『それではいけませんねえ、夜見環さん』
女性のようで男性のような、甘い声が響いた。
『はじめまして、夜見環さん。私は第五の町の神、リディナです』
闇の中で、声だけが降ってくる。
『この町は、来世への希望を育む町。あなたのような絶望の塊は、はっきりいて邪魔なのです』
突然、スポットライトが環に当たった。
『絶望したいなら、処刑場へ行きなさい。今のあなたにお似合いの場所ですよ』
最後に高笑いを残し、声が消える。
環の真下に穴が開く。ソファごと、環は真っ黒な穴の中に落ちていった。




