美しい町
『死者のみなさま、あの世列車へようこそ!』
環は汽車の古めかしいボックス席で、アナウンスを聞いていた。
『窓から見えますのは、極悪人を裁く刑場です』
流れる車窓に目をやる。入口のファンシーな雰囲気とは打って変わり、重たい雲が垂れ込めている。中までは見れないが、この世の刑務所と同じように高い塀が連なっていた。塀の向こうの空はやけに暗い。
『皆様は、これから来世へ向かうまでの余暇を過ごしていただきます。ですが殺人を犯した者だけには来世はございません。人を殺した者は、こちらで魂を消去されることになります。皆様が思われるような地獄の責め苦はございません。殺人者即削除があの世のモットーです!』
明るい声で、恐ろしいことを言う。
『軽犯罪や、詐欺などの重大犯罪を犯した方、ご安心ください。人を殺してさえいなければ、あなた方が裁かれることはございません。あの世での快適な時間をお楽しみください』
向かいに座った男が、乗車したときからずっと見てくる。
さすがに気になって、チラッと顔を見てみる。クセのある短髪に、彫りの深い顔。誰からでもイケメンの評をもらえそうだ。環は、友達が好きな2.5次元俳優に似ていると思った。
目が合ってしまう。犬を連想させる笑顔で、男がニコッと笑った。環は軽く会釈を返す。
『あの世は七つの階層に分かれておりまして、各階層のことを「町」と呼びます。今から向かうのは第一の町です。ヨーロッパは地中海沿岸をイメージして作られた町で、美しい白壁の建物と、青い海が魅力です』
まるで旅行に来ている気分だ。
ここにいるのは全員死者なのに、顔色が悪いこともない。窓の外を眺めたり、談笑したり、生き生きしている。悲しい顔をしている人はおらず、むしろ肩の荷がおりたとでもいうような、せいせいした表情をしていた。
『皆さんは魂ですから、睡眠も食事も必要ありません。ですが、生きている間ずっと繰り返してきた習慣というのは、容易に忘れられるものではありません。そこで第一の町では、疑似的に味覚を体感できるグルメを多数用意しております。もちろんフカフカのベッドもございます。どれだけ食べても太りませんし、どれだけ寝ても怒られません。極上のリラックスをご堪能くださいませ』
ほどなくして、汽車が第一の町に到着する。
近くの席同士で仲良くなった人たちが、駅のホームへとおりていく。グレージュの石造りのホームは、吹き抜けになっていた。ガラス張りの天井から、明るい陽射しが降り注ぐ。
アーチ状の出口を抜けると、視界が一気に開けた。
「わあ」
丘の上から、町全体を見下ろす。斜面を覆うように建てられた白亜の建物。その先に広がる、紺青の海。太陽の光を受けて、まぶしく輝いていた。
「綺麗だなあ」
汽車で向かいに座っていた男が、当たり前のように横に立っている。
「なあ?」
とこっちを向く。
「はい、まあ……」
曖昧にうなずく。
厄介な人かもしれない、と環は歩き出す。
「なあ、一人か?」
男はなおもついてくる。
「そうですけど、神様のところに行かなきゃいけなくて」
「いつまでに?」
「決まってはないですけど、なるべく早めに……」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれよ」
肩をつかまれ立ち止まる。
じゃあ、って、全然繋がらないけども。と環は心の中でつっこんだ。
「ちょっとだけ、な?」
男は、形の良い眉毛を寄せて、両手を合わせる。
環は押しに弱かった。