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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第四章 サイフォス<剣>
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対決

 洞窟の最奥さいおうは、あまりにも静かだった。


 天井に空いた割れ目から、光が降り注ぐ銀色の岩。そこに一振りの剣、サイフォスが突き刺さっていた。


「あれえ、ひっどい顔」


 待っていたヒネが笑う。環は自嘲するしかなかった。たしかにひどい顔をしているとしか思えないからだった。徹夜明けの顔なんかより、仕事で大失敗した日の夜なんかより、ひどい顔。


「剣が目の前にあるじゃない。はやく抜いた方がいいよ」

「奥にいる最後の魔物って、もしかして……」


 じっとりとした目に、ヒネを映す。


「そう。やっと気づいた?」


 首をかしげて笑う。とても魔物とは思えない、無邪気な顔だった。


「バングルを……パノプリアを返して」

「やーだよ。だってあれで防がれちゃ、あたしが攻撃できないじゃない」


 パノプリアを手でもてあそぶ。


「これを使って、何ができるかなあ。少なくとも、めぐるんよりも色んな活用ができそうだなあ」

 歌うように言う。


「あの偉そうな神様をぶっ倒して、私が神になろうかな」

「この町の神を?」

「そう」

 化物らしい顔で笑う。


「あたしは人間の子供に変身できるくらいには力があるんだ。それに、ラスボスを任されるほどの信用も得ている。攻撃を全部跳ね返せば、あんな奴怖くない。あの邪魔な蛇は……剣はここにあるし」


 チラッと岩に刺さったサイフォスを見る。洞窟に入ったとき蛇が先に進んでいたのは案内するためではなく、剣としてここで待機するためだったのだ。


「あたしにはこれ、抜けないの。だからさっさと抜いてよ。その後奪うから」


 環は突っ立ったまま動けない。


「早くしないと、夏生が食われるかもしれない」


 口の中で呟いて、自分を奮い立たせようとする。


「あ、浮気したっていう彼氏?」

「それだって、月の魔物に唆されてたかもしれない」

「そんなことは、魔物にできないわよお」

「でも!食われたら嫌だから!」


 ようやっと一歩踏み出す。


「ひどいこと言って、あなたを自殺にまで追い込んだのに?」


「あれは、あれこそ!魔物に騙されたの!」


「でも、思ってもないこと言わせるような力は魔物にないよぉ」


「あんたの話なんか聞こえない。聞こえてない!」


「魔物にできるのは、その人の心をつつくことだけ」


 つかつかと剣に歩み寄り、一思いに引き抜く。ギラつく目でヒネを睨んだ。


「どうせ嘘なんでしょ。魔物は人を騙すんだから」


「嘘じゃないよお」


 剣を構えてにじり寄る環にも、ヒネは余裕の笑みを崩さない。

 環はソピアに触れた。


「どうやって戦ったらいい?」

『間合いに踏み込んだら、サイフォスは自動で戦ってくれます。ただし動きに逆らってはいけません。道具としてではなく、コミュニケーションをとれる生き物として扱ってください』

「分かった」


 環は躊躇なくヒネに近寄る。

 サイフォスの柄がわずかに温かくなる。武器として目覚めたのだ。大上段から剣を一気に振り下ろす。環はサイフォスの動きを妨げないように努めた。今握っているのは、神の蛇だと自分に思い込ませる。蛇の頭と胴が互い違いに動くように、剣の中にも動きの順序がある。それを掴み、自分は力を加えることと剣を支えることに徹する。


 猛烈なサイフォスの攻撃を、ヒネは器用にかわしていく。なかなか当たらない攻撃に、環はいらだつ。乱れた太刀筋を、ヒネは見逃さなかった。


「!?」


 環はサイフォスを取り落とす。

 自分の胸に深々と、ナイフが突き刺さっていた。


「あたしが武器を持ってないなんていつ言ったかなあ」


 勝ち誇ったように笑うヒネの手が、ナイフに変形している。


 ――あたしは子供に変身できるくらいには力があるんだ


 脳裏に聞いたばかりの言葉が蘇る。腕をナイフに変形させることくらい、たやすいのだ。


 ヒネがナイフを抜く。環はがっくりと膝から崩れ落ちる。その瞬間ハッとした。あの世に肉体はないのだから、心臓を貫かれたって死ぬことはない。

 慌てて起き上がる。死んだ気になっていた。


「あはは。あの世初心者が勝てるわけない。心臓なんて無いくせに、一人前に気にしちゃって」


 ヒネがサイフォスを手にし、満足そうに眺めている。


「返して」

「ぬるいねえ。あなたの前にいるのは魔物だよ。そんなんじゃ月の魔物なんか倒せないよー」


 くるくるとサイフォスを回す。感触を確かめているようだった。


「子供の姿にして正解!覚悟決めたつもりなんだろうけど、まだためらいがあった。だからあたしを倒せず終わるんだよねえ」


 ヒネが剣を構え、走り出す。

 環は宙に飛び上がる。ヒネにも飛ぶことはできないようで、悔し気な顔をしていた。


 問題は、ヒネがパノプリアを持っていることだった。うまくサイフォスを奪い返せればいいが、攻撃ととらえられたら魔物たちのように吹き飛ばされてしまう。


「どうしたらいい?」

 ソピアに尋ねる。


『パノプリアを奪ってください』

「それをやるには何をしたらいい?」

『素早く飛んでかく乱させてください』

「全部聞こえてるよー。あんたの動きくらい目で追えるっての」

 とあざ笑う。


「それにしてもさあ、諦めないよね。あんた、生き返ってどうすんの?彼氏に浮気されるような奴なんだし、誰かからめちゃくちゃ恨まれてるんだし。このままあの世で楽に過ごして、死ぬの待ってた方が楽じゃない?」


『心を折ろうとしています。耳を貸さないでください』


 冷静なソピアの指摘よりも先に、環は心を乱されていた。


 学生のころも、家庭でも、恨まれたことはなかった。むしろ当たり障りなく生きてきた方だった。何かトラブルがあれば嵐が去るのを待ち、息をひそめてきた。

 それでも強烈な恨みを買うんだから、実は根っからの悪人なのかもしれない。


「戦ったって骨折り損だよ」

 ヒネの優しい声。


「あんたに武器は必要ない。むしろあたしを助けるものだと思って貸してよ。ね?そしたら、人に恨まれるようなあんただって、誰かの役に立てるよ」


 魔物の役に?

 そんな馬鹿なことあるだろうか。


 ふつふつと怒りが湧いてくる。言わせておけば、言いたい放題。憤怒に戦闘の嗅覚が鋭くなる。環は絶望を装い、ふらふらと下降を始める。ダランと腕を下ろし、目を力なく伏せる。


「あれ、やっとわかった?あたしの言葉」


 ヒネはサイフォスを構えてすらいない。右の手首にパノプリアがおさまっていることを確認した。


 環は素早く地面に降り立つ。脱力したヒネの腕からパノプリアを抜き取る。ヒネは驚き、慌ててサイフォスを構える。その瞬間、環はヒネの手首を蹴り上げた。


 ヒネは驚いてしりもちをつく。タラリアで強化された一撃は、打撃の武器に勝るとも劣らない。剣が弧を描いて宙を舞うのを、環は飛び上がってキャッチする。


「あんたは、最低最悪の、魔物!!!」


 前が見えなくなるほど絶叫して、下に向かって飛びながら剣を構える。それでも、ヒネに刃が届く瞬間は、直視することができなかった。


 もう少女のものではない断末魔を上げて、ヒネだった魔物が消える。


「ふーーーっ」


 長い息をついて、環はその場にへたりこむ。


『苦労したようだな』


 洞窟に、凛としたマカティアの声が響く。

「はい……」

 力のない声で返事をする。


『実戦の厳しさが分かっただろう。ヒネも言っていたが、まだ甘いところがある。月の魔物は、お前自身の姿をしているのだ。それを斬れるのか』


「さあ……。私の体が怪我しないんなら、いけるんじゃないですか」

 投げやりに返事をする。


『サイフォスに実体を斬ることはできん。ただ、月の魔物は強力だ。日々力を強めているとも聞いている。戦いは此度よりもずっと厳しいものとなるだろう。健闘を祈る』


「……ちゃんと、戦えるかな」


 虚空に弱い声が響く。


 ベルトに鞘が現れ、サイフォスがおさまった。

 環は、自分の体を抱く。魔物の狡猾さが、今更恐ろしい。これから、ヒネよりもっとずっと悍ましい月の魔物を相手にしなければならないのだ。


 しかもその先に待つのは、夏生との決別と、魔物をそそのかした誰かとの対面。

 体が千切れるような現実と、立ち向かわなければならない。


 青田ならどんな助言をくれるだろう。冷静に状況を分析してくれそうだ。愛莉は率直な言葉で励まして、魔物のうそぶく声も全てかき消してくれるだろう。もし自分が晴山のような人間だったら、夏生を殴り倒すということしか頭にないかもしれない。


「思い浮かぶの、あの世で会った人ばっかりだな」


 環は呆然と、岩の割れ目から注ぐ光を見上げた。


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