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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第四章 サイフォス<剣>
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ハワイの少女

 エスカレーターが、ぐんぐん下におりていく。

 地下に潜ってから、どれくらい経っただろう。大地の裂け目のような谷に降りてからはずっと真っ暗だ。無慈悲なことにあかりはない。おしゃべりしていた人たちも黙りこくり、闇に似つかわしい静寂がおりている。


 環はというと、立ったまま眠っていた。


 ファッションショーまでの間は、忙しく眠る暇がなかった。肉体がないと案外平気だったが、魂も休息を求めるものらしい。

 あの世で眠ると、魂はこの世へおもむく。だが疲れていると夢を見ないことと同様なのか、環はただただ眠り続けた。


 エスカレーターが向かう先に、ぼんやり灯が見えてくる。終わりが見えて、人々が安堵の息をつく。ざわざわと話声が広がっても、目覚めなかった。

 いよいよエスカレーターを降りる、という段になっても、まだ寝ている。当然のように降り口でひっかかり、環はつんのめる。


「うわっ!」

「おっと」


 倒れかけた環を、受け止める腕。強い力にハッと顔を上げると、かわいらしい少女だった。大きな男の姿を想像した環は面食めんくらうが、あの世だから力の強さと体の大きさは関係ないのかもしれないと思い直す。


 ポニーテールの活発そうな見た目で、瞳がぱっちりと大きい。肌がよく日に焼けていた。


「ダメだよ、エスカレーターで寝ちゃ」

「ごめんなさい……ありがとう」


 環は体勢を立て直す。「早く進んでくれ!」と促され、慌ててその場を離れた。


「すんごく疲れてる?働きすぎたホテルマンみたいな顔してるよ」

 少女が頬を下にさげてみせる。

「ちょっとだけね、疲れてるかも」

「ここも薄暗いから、また眠くなっちゃうかもね」


 第四の町の入り口は、洞窟のような場所だった。ゴツゴツした岩肌に、ろうそくがいくつか立っている。奥に、黒い鉄の扉があった。


『みなさま、第四の町へようこそ』


 厳かな女のアナウンスが、洞窟に響く。


『ここは今までの町のようにぬるくはありません。これより先も闇の中ですが、灯はご自身で確保してください。この町では、数々の難題が皆さまを襲います。みなさまは既に死んでいるので、命の危険はございません。ご心配なく』


 あの世ジョークにも、誰一人笑わない。


『また、ここには魔物もいます。全て神に従っていますが、皆さまの道行を妨害してくることでしょう。ただし、魔物は生前の行いが良かった方には弱い傾向にあります。逆に言えば、行いが悪かった方は多種多様な魔物の妨害を受けることになりましょう。心してお進みください』


「魔物……」

 環は嫌な響きに眉をひそめた。体を乗っ取ることができるような存在なのだ。魂を消されることがないにしても、闇の中で永遠にさまようことになる人もいるのかもしれない。


『なお、この町に滞在期限はありません。出口までたどり着いた方から、第五の町に進むことができます。なお、処罰の対象になる方は神より呼ばれることがありますので……』

「ねえお姉さん、あっちに穴があったよ」


 突然、少女が環の手を引っ張る。


「ちょっと、アナウンスちゃんと聞かなきゃ」

「ほら、穴」


 エスカレーターのすぐ隣に、人ひとりがしゃがんで通れそうな穴があいている。


「面白そうだから行ってみようよ」

「でも、早く先に進まないと、この町は大変そうだよ」

「大丈夫だって。逃げたりはしないんだからさ」

「でも……」

「ちょっとくらい寄り道しようよ。ね!」


 幼い顔で笑いかけられると、環は弱い。しぶしぶうなずいて、少女についていく。


「そういえばお姉さん、名前は?」

「夜見環」


 闇に二人の声が響く。


「あたしはヒネ・ワング。ハワイ生まれハワイ育ち。お姉さん、来たことある?」

「海外行ったことないんだ」

「あたしもー。めぐるんは行ってみたい国とかある?」

「うーん……」


 夏生と海外旅行の計画を立てた。つい、先週のことだ。

 夏生が研修などで忙しくなる前に一度海外に行きたいと、二人でスマホを見ながらあれこれ考えた。


「……タイかな」


 二度と、叶うことはないだろう。浮気もされたし、ひどいも言われたのに、ちゃんと寂しいのが苦しかった。


「どしたの?声が暗いね」

「……ううん。ちょっとね」


 幼い子に話しても仕方ない。環は無理に声を高くする。


「ヒネちゃんも、行きたい国はないの?」

「ない!あたしハワイが好きだから」

「おお~。いい所なんだね。日本人にもすごく人気だし」

「そりゃそーよ。夜に虹見たことある?すんごい幻想的で、パワーいっぱいなの」

「パワー?」

「スピリチュアルな?そういうの好きじゃない?」

「私はあんまり分かんないかな……」

「ま、そゆ人もいるよね。それより、出口だよ!」


 明るさに目を細める。開けた空間に、金属質の光が満ちていた。


 銀色の柱状節理ちゅうじょうせつりのような岩壁が、自ら光をたたえている。使い込まれた銀細工のような色だった。天井はなく、上からは光が降り注いでいる。あの世で温度は感じないのに、環は身震いする。近寄りがたい神々しさとは、冷たさをまとったものなのかもしれない。


「よく来たな。夜見環よ」


 十段ほどある階段の上に、岩と同じ色でできた椅子。そこに女神が座っていた。


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