覚悟
「……だが、私はSNSの自殺教唆即断罪ということに疑問を持っていた」
三人は同時にソウラスを見る。
「肉体の殺人にしろ魂の殺人にしろ、魂は『生命の否定』を深く記憶してしまう。それは、あの世でなくすことができないほどショッキングな記憶だ。再犯の可能性が高いため、魂を消すほどの罪とされている」
すっかり忘れていたが、あの世は現世での記憶を忘れる場所だった。
「SNSでの自殺教唆は、殺人の手触りがない。決して許されるものではないが、更生の余地については検討が必要のはずだ」
「それじゃあ、愛莉は……」
続きを覚った環を、ソウラスが手で制する。
「ただ、自殺教唆を裁くか否かについて、私の裁量ではなくなってしまった。ゆえに、断罪については一旦保留にする」
「……保留と、いいますと」
「浜本愛莉を、第三の町の天使に迎える」
ソウラスが告げると、左右に控える天使たちが一斉に手を叩く。
「ようこそ!」
「久しぶりに仲間が増えて嬉しいわ!」
「ふん。あんたが仲間になるなんて嫌だけど、正直に罪を認めたところは評価してやってもいいわ」
ケニカだけは腕を組んでいた。
「ここにいる灰色の天使たちは、元人間だった者だ。私が断罪に迷った者たちを天使としてこの町に置いている……次の町に誤って送ったら、私が消されてしまうからな」
と小声で言ってウインクをした。
「ソウラス様のウインク……!」
「とろける」
「久しぶりに拝見したわ!」
天使たちが女子高生のようにきゃいきゃいする。
「私たち、ソウラス様に救われたの。魂を消さずにいてくださる上に、罪を犯した私たちに優しく接してくださる。夢のようなお方だわ」
ケニカが異様にソウラスを好いていたのは、そういうわけだったのだ。
「あなたも、ソウラス様の優しさに夢中になるはずよ。今は恋人の方が愛しくてしょうがないでしょうけど、いずれ分かるはず」
ケニカの横の天使が微笑む。
「う、浮気はありえない!」
さっきまでしおらしく首を垂れていた愛莉がいきり立つ。
「優しいことと、神様を好きになることは、また別の話よ」
「でも、愛莉。俺は生まれ変わるから、愛莉のことを忘れてしまうよ」
颯がおずおずと愛莉を見る。
「それでも、耐えられる……?」
「そ、そんなの、分からない。生まれ変わっても、魂が覚えてるかも。そしたら、また私たち、会えるじゃない」
「いいえ、颯さんの言う通り、生まれ変わったら前世のことは忘れてしまうことがほとんどよ」
ケニカの隣の天使が言うと、灰色の天使たちがうなずく。
「私たちも、淡い期待を抱いた時代があったものよ……」
「百万人に一人くらい、前世の記憶を持ったままここに来る人がいるけど、全然関係ないどうでもいい人なのよ。そういう人に限って」
ケニカが吐き捨てるように言う。
「きついわよ。期待って」
ポツリと付け加えた。
「愛莉」
颯が愛莉の方を向く。
「いっそ、ここで別れよう。愛莉が苦しまずに生きることが、浮気という枷にはならならずに済むから」
涙目で笑った。
「あなたのそういうところが、本当に、大好きなの!」
愛莉が颯に抱き着く。
「ありがとう。私と出会ってくれて。私なんかを大事にしてくれて。颯のこと、忘れることなんかできないよ……」
「ちょっと、みんな見てるから」
「最後なんだからどうでもいいよ!」
「……それもそうか」
颯が愛莉を抱き返す。
環は、なんだか気恥ずかしくなって思わず目を逸らす。灰色の天使たちは、またもや女子高生のように騒ぎながら二人を見守っていた。
「して、夜見環よ。お前に私の武器を貸してしんぜよう」
「わ、忘れるとこでした」
愛莉と颯に何かあったのか、天使たちがキャーっと声を上げる。せっかく武器を貸してもらえる場面なのに、脇役のような気持ちだ。
「私の武器、タラリアは靴を飛行道具に変えてくれる」
環の足元がポオっと光る。ブーツのヒールにひっかかるようにして、金の輪が装着される。よく見ると、ルビーのような石がはめこまれていた。輪から光の粒がほとばしると、輪から真っ白な翼がピンと生えた。
「わあ」
昔絵本の挿絵で見た、空飛ぶ靴のようになる。
「これで、飛べるんですか」
「もちろん。念じれば飛べる」
「う、うまくできますかね」
「大事なのはイメージだ。落ちることを考えていればその通りになろう」
環は目を閉じ、今まで見てきた天使たちを思い出す。皆、落ちることなど考えていないように空を飛んでいた。
す、と上にあがるイメージをする。足が床を離れた感覚に恐る恐る目を開けると、少しだけ宙に浮いていた。
「うわ」
びっくりして気を緩めると、すとんと床に落ちた。
「練習しておくと良い。今さらだが、魂だから落ちても問題はないから安心しなさい」
「たしかに」
「他の町で履物を変えようとも、羽は変わらず靴に装着されているはずだ。もっとも、以降の町に靴屋があるとは思えんが」
「そうなんですか」
「これまでは、この世と地続きのような町であったが、ここから先はあの世らしくなってくる。神にも人情のようなものはない。覚悟して進むと良い」
環はぎゅっとこぶしを握る。
これまでは、夏生に会いたいことが原動力になっていた。
でもこれからは、同じ気持ちではいられない。地上に戻ったら、どんな顔をして会えばいいんだろう。
「でも、私は、ファッションショーを成功させたもの」
握ったこぶしを開く。
「今までの私とは、違うから」
自分に言い聞かせるように、呟いた。