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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第三章 タラリア<翼のブーツ>
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覚悟

「……だが、私はSNSの自殺教唆即断罪ということに疑問を持っていた」


 三人は同時にソウラスを見る。


「肉体の殺人にしろ魂の殺人にしろ、魂は『生命の否定』を深く記憶してしまう。それは、あの世でなくすことができないほどショッキングな記憶だ。再犯の可能性が高いため、魂を消すほどの罪とされている」

 すっかり忘れていたが、あの世は現世での記憶を忘れる場所だった。


「SNSでの自殺教唆は、殺人の手触りがない。決して許されるものではないが、更生の余地については検討が必要のはずだ」

「それじゃあ、愛莉は……」

 続きを覚った環を、ソウラスが手で制する。


「ただ、自殺教唆を裁くか否かについて、私の裁量ではなくなってしまった。ゆえに、断罪については一旦保留にする」


「……保留と、いいますと」

「浜本愛莉を、第三の町の天使に迎える」

 ソウラスが告げると、左右に控える天使たちが一斉に手を叩く。


「ようこそ!」

「久しぶりに仲間が増えて嬉しいわ!」

「ふん。あんたが仲間になるなんて嫌だけど、正直に罪を認めたところは評価してやってもいいわ」

 ケニカだけは腕を組んでいた。


「ここにいる灰色の天使たちは、元人間だった者だ。私が断罪に迷った者たちを天使としてこの町に置いている……次の町に誤って送ったら、私が消されてしまうからな」

 と小声で言ってウインクをした。


「ソウラス様のウインク……!」

「とろける」

「久しぶりに拝見したわ!」

 天使たちが女子高生のようにきゃいきゃいする。


「私たち、ソウラス様に救われたの。魂を消さずにいてくださる上に、罪を犯した私たちに優しく接してくださる。夢のようなお方だわ」

 ケニカが異様にソウラスを好いていたのは、そういうわけだったのだ。


「あなたも、ソウラス様の優しさに夢中になるはずよ。今は恋人の方が愛しくてしょうがないでしょうけど、いずれ分かるはず」

 ケニカの横の天使が微笑む。


「う、浮気はありえない!」

 さっきまでしおらしく首を垂れていた愛莉がいきり立つ。

「優しいことと、神様を好きになることは、また別の話よ」


「でも、愛莉。俺は生まれ変わるから、愛莉のことを忘れてしまうよ」

 颯がおずおずと愛莉を見る。

「それでも、耐えられる……?」


「そ、そんなの、分からない。生まれ変わっても、魂が覚えてるかも。そしたら、また私たち、会えるじゃない」


「いいえ、颯さんの言う通り、生まれ変わったら前世のことは忘れてしまうことがほとんどよ」

 ケニカの隣の天使が言うと、灰色の天使たちがうなずく。

「私たちも、淡い期待を抱いた時代があったものよ……」

「百万人に一人くらい、前世の記憶を持ったままここに来る人がいるけど、全然関係ないどうでもいい人なのよ。そういう人に限って」

 ケニカが吐き捨てるように言う。


「きついわよ。期待って」

 ポツリと付け加えた。


「愛莉」

 颯が愛莉の方を向く。


「いっそ、ここで別れよう。愛莉が苦しまずに生きることが、浮気という枷にはならならずに済むから」

 涙目で笑った。


「あなたのそういうところが、本当に、大好きなの!」

 愛莉が颯に抱き着く。


「ありがとう。私と出会ってくれて。私なんかを大事にしてくれて。颯のこと、忘れることなんかできないよ……」

「ちょっと、みんな見てるから」

「最後なんだからどうでもいいよ!」

「……それもそうか」

 颯が愛莉を抱き返す。


 環は、なんだか気恥ずかしくなって思わず目を逸らす。灰色の天使たちは、またもや女子高生のように騒ぎながら二人を見守っていた。


「して、夜見環よ。お前に私の武器を貸してしんぜよう」

「わ、忘れるとこでした」


 愛莉と颯に何かあったのか、天使たちがキャーっと声を上げる。せっかく武器を貸してもらえる場面なのに、脇役のような気持ちだ。


「私の武器、タラリアは靴を飛行道具に変えてくれる」


 環の足元がポオっと光る。ブーツのヒールにひっかかるようにして、金の輪が装着される。よく見ると、ルビーのような石がはめこまれていた。輪から光の粒がほとばしると、輪から真っ白な翼がピンと生えた。


「わあ」


 昔絵本の挿絵で見た、空飛ぶ靴のようになる。


「これで、飛べるんですか」

「もちろん。念じれば飛べる」

「う、うまくできますかね」

「大事なのはイメージだ。落ちることを考えていればその通りになろう」


 環は目を閉じ、今まで見てきた天使たちを思い出す。皆、落ちることなど考えていないように空を飛んでいた。


 す、と上にあがるイメージをする。足が床を離れた感覚に恐る恐る目を開けると、少しだけ宙に浮いていた。


「うわ」

 びっくりして気を緩めると、すとんと床に落ちた。


「練習しておくと良い。今さらだが、魂だから落ちても問題はないから安心しなさい」

「たしかに」

「他の町で履物を変えようとも、羽は変わらず靴に装着されているはずだ。もっとも、以降の町に靴屋があるとは思えんが」

「そうなんですか」

「これまでは、この世と地続きのような町であったが、ここから先はあの世らしくなってくる。神にも人情のようなものはない。覚悟して進むと良い」


 環はぎゅっとこぶしを握る。


 これまでは、夏生に会いたいことが原動力になっていた。

 でもこれからは、同じ気持ちではいられない。地上に戻ったら、どんな顔をして会えばいいんだろう。


「でも、私は、ファッションショーを成功させたもの」

 握ったこぶしを開く。

「今までの私とは、違うから」


 自分に言い聞かせるように、呟いた。

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