トラブル
夕方。
「ファッションショーの会場はこちらです!」
客引きの声が元気よく響く。
沈んでいく太陽を見て、環は手のひらをすり合わせる。服を落とす天使が見えにくいよう、ファッションショーは夜に開催することにしていた。用意したテントにぶら下げた白熱灯が、集まった観客の顔を照らし出している。
「緊張してきたな……」
「ねえ環」
愛莉が駆け寄ってくる。深刻な顔をしていた。
「服を落とす役の天使が全員、来てない」
「えっ、なんで」
「環さ~ん!」
ポイットがお腹を揺らしてやってくる。
「ケニカさんが邪魔して、五人くらい来られないみたい!どうしよ~う!」
「またあいつか!」
愛莉がトゲのある声を出す。
「こんなときまで邪魔してくるなんて、執念深すぎる。天使やめた方が良い」
「監督ぅ!客席いっぱいになっちゃいました!やりましたね!」
手伝いの男性が、元気いっぱいに手を振る。
「立ち見ゾーンに誘導しますね!」
「……お願いします」
環は、ひとまずそう言うしかなかった。
「ど、ど、どうしたらいいかな」
ポイットが焦った様子で環に目を向ける。
他の天使に頼むという手もある。だが、モデルの振り付けと服を落とすタイミングは、何度も練習してようやくできるようになったものだ。今代理を立てたところで、服を取り損ねるシーンが連発すれば客もがっかりするだろう。
「上から落とせないんなら、別の方法で服を渡すしかないかも」
環のつぶやきに、愛莉がうなずく。
「私もそう思う。練習であれだけうまくいかなかったから、ぶっつけは難しいよ。ただ、見栄えが悪くならない代案はないかな。モデルの人たちにもなるべく予定変更がない感じで……」
「私が、服を渡す」
環がきっぱりと言う。
「え?」
「モデルの後ろを歩くの。服を見せながら。着替えてからのダンスの時間を少し長くしてもらって、その間私が戻って次の服を準備する。モデルの歩き始めのタイミングをちょっと遅くして、私がスタートに帰ってきた瞬間にしてもらおう。私も、裏でなるべく着替えを多くした方が楽しいかもしれない」
「で、でも、環さんがモデルをやりたくて、企画してくれたんだよね」
ポイットが気遣うように顔を曇らせる。
「そうだよ。環が出なくちゃダメだよ」
「かわいい服着てランウェイ歩けるんだから、だいたい一緒。それに着られる服の数も増やすし、何より成功させたいから!」
環は二人に笑いかける。心配そうな二人の気持ちを、明るくしたかった。
「分かった。環がそう言うなら」
「ダンスだけで間を持たせてると飽きちゃうかもしれないから、演出を何か足せないかな?」
「紙吹雪なら、あまったチラシですぐ作れる!」
「それなら僕が上から紙吹雪を散らすよ!翼で風を起こせるし!」
「でも、ポイットさんには服の管理をしてもらわなくちゃ」
「あ、そうだった。じゃあ誘導係に頼んでくるね~!」
言い終わる前にボテボテと駆け出す。
「じゃあ、私は紙をちぎるわ。手が空いてる人に頼んでなんとか間に合わせるよ」
「愛莉、ごめん」
「?何が?」
「颯さんを探す予定だったでしょ」
ファッションショーの間、愛莉は観客や集まってくる人の中から颯を探す予定だった。
「環だって、一緒でしょ。そもそもモデルやりたくて始めたのに。悪いのはあのクソ天使なんだから、謝らないでよ」
愛莉が、少し泣きそうな顔で笑った。
ほどなくして夜になる。環は手が空いているスタッフやキャストたちを全員集めた。
「演出を変更することになりました。諸事情あって、上から服を落としてくれる天使が来られなくなってしまって……。あんなに練習してもらったのに、ごめんなさい」
環が深々と頭を下げる。今さら、エスカレーターでのケニカとの会話を思い出す。口答えしていなければ、こんなことにもなっていなかったかもしれない。涙があふれてくる。
でも、集まってくれた人々を不安にさせてはいけない。ぎゅっと目を瞑り涙をこらえ、顔を上げた。
「そこで、かわりに私が服を渡すことにします。一緒にランウェイを歩き始めて、先端についたら練習通りに踊ってください。服が落ちてくる振り付けのところで、私が服を渡します。その後私は次の人の準備をするので、ダンスの時間を少し長くしてください。同じ振り付けをもう一度繰り返す形でお願いします」
スタッフやキャストたちは、真剣に環を見ている。
「到着したら一緒にランウェイに出ます。なので、次の人は自分で服を持つようにしてください。愛莉が渡してくれるので、持っていてくれるだけで大丈夫です」
環の隣に立つ愛莉が、会釈をした。
「というわけで、あんなに練習してもらったのに、三つも変更になってしまいました。特に服をキャッチするタイミングをたくさん練習してのに、本当に申し訳な……」
頭を下げようとした瞬間、スタッフやキャストたちからワッと声が湧く。
「監督!謝るなよ!」
「練習も楽しかったんだから」
「あの世なんだし、気楽にやろうよ!」
「気負わなくていいって!」
「死んだ後にトラブルあるのも面白いし」
「みなさん……」
環は、再びにじんでくる涙をこらえた。まだ始まってないのだ。泣くわけにはいかない。
「ありがとうございます。絶対、成功させましょうね!」
「オーーーッ!!!」
その場にいた全員が、拳を高く突き上げた。




