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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第三章 タラリア<翼のブーツ>
33/63

トラブル

 夕方。

「ファッションショーの会場はこちらです!」

 客引きの声が元気よく響く。


 沈んでいく太陽を見て、環は手のひらをすり合わせる。服を落とす天使が見えにくいよう、ファッションショーは夜に開催することにしていた。用意したテントにぶら下げた白熱灯が、集まった観客の顔を照らし出している。


「緊張してきたな……」

「ねえ環」

 愛莉が駆け寄ってくる。深刻な顔をしていた。


「服を落とす役の天使が全員、来てない」


「えっ、なんで」

「環さ~ん!」

 ポイットがお腹を揺らしてやってくる。


「ケニカさんが邪魔して、五人くらい来られないみたい!どうしよ~う!」

「またあいつか!」

 愛莉がトゲのある声を出す。

「こんなときまで邪魔してくるなんて、執念深すぎる。天使やめた方が良い」


「監督ぅ!客席いっぱいになっちゃいました!やりましたね!」

 手伝いの男性が、元気いっぱいに手を振る。

「立ち見ゾーンに誘導しますね!」

「……お願いします」

 環は、ひとまずそう言うしかなかった。


「ど、ど、どうしたらいいかな」

 ポイットが焦った様子で環に目を向ける。


 他の天使に頼むという手もある。だが、モデルの振り付けと服を落とすタイミングは、何度も練習してようやくできるようになったものだ。今代理を立てたところで、服を取り損ねるシーンが連発すれば客もがっかりするだろう。


「上から落とせないんなら、別の方法で服を渡すしかないかも」

 環のつぶやきに、愛莉がうなずく。

「私もそう思う。練習であれだけうまくいかなかったから、ぶっつけは難しいよ。ただ、見栄えが悪くならない代案はないかな。モデルの人たちにもなるべく予定変更がない感じで……」


「私が、服を渡す」


 環がきっぱりと言う。

「え?」

「モデルの後ろを歩くの。服を見せながら。着替えてからのダンスの時間を少し長くしてもらって、その間私が戻って次の服を準備する。モデルの歩き始めのタイミングをちょっと遅くして、私がスタートに帰ってきた瞬間にしてもらおう。私も、裏でなるべく着替えを多くした方が楽しいかもしれない」


「で、でも、環さんがモデルをやりたくて、企画してくれたんだよね」

 ポイットが気遣うように顔を曇らせる。

「そうだよ。環が出なくちゃダメだよ」


「かわいい服着てランウェイ歩けるんだから、だいたい一緒。それに着られる服の数も増やすし、何より成功させたいから!」

 環は二人に笑いかける。心配そうな二人の気持ちを、明るくしたかった。


「分かった。環がそう言うなら」

「ダンスだけで間を持たせてると飽きちゃうかもしれないから、演出を何か足せないかな?」

「紙吹雪なら、あまったチラシですぐ作れる!」

「それなら僕が上から紙吹雪を散らすよ!翼で風を起こせるし!」

「でも、ポイットさんには服の管理をしてもらわなくちゃ」

「あ、そうだった。じゃあ誘導係に頼んでくるね~!」

 言い終わる前にボテボテと駆け出す。


「じゃあ、私は紙をちぎるわ。手が空いてる人に頼んでなんとか間に合わせるよ」

「愛莉、ごめん」

「?何が?」

「颯さんを探す予定だったでしょ」


 ファッションショーの間、愛莉は観客や集まってくる人の中から颯を探す予定だった。


「環だって、一緒でしょ。そもそもモデルやりたくて始めたのに。悪いのはあのクソ天使なんだから、謝らないでよ」

 愛莉が、少し泣きそうな顔で笑った。



 ほどなくして夜になる。環は手が空いているスタッフやキャストたちを全員集めた。


「演出を変更することになりました。諸事情あって、上から服を落としてくれる天使が来られなくなってしまって……。あんなに練習してもらったのに、ごめんなさい」


 環が深々と頭を下げる。今さら、エスカレーターでのケニカとの会話を思い出す。口答えしていなければ、こんなことにもなっていなかったかもしれない。涙があふれてくる。


 でも、集まってくれた人々を不安にさせてはいけない。ぎゅっと目を瞑り涙をこらえ、顔を上げた。


「そこで、かわりに私が服を渡すことにします。一緒にランウェイを歩き始めて、先端についたら練習通りに踊ってください。服が落ちてくる振り付けのところで、私が服を渡します。その後私は次の人の準備をするので、ダンスの時間を少し長くしてください。同じ振り付けをもう一度繰り返す形でお願いします」


 スタッフやキャストたちは、真剣に環を見ている。


「到着したら一緒にランウェイに出ます。なので、次の人は自分で服を持つようにしてください。愛莉が渡してくれるので、持っていてくれるだけで大丈夫です」

 環の隣に立つ愛莉が、会釈をした。


「というわけで、あんなに練習してもらったのに、三つも変更になってしまいました。特に服をキャッチするタイミングをたくさん練習してのに、本当に申し訳な……」


 頭を下げようとした瞬間、スタッフやキャストたちからワッと声が湧く。

「監督!謝るなよ!」

「練習も楽しかったんだから」

「あの世なんだし、気楽にやろうよ!」

「気負わなくていいって!」

「死んだ後にトラブルあるのも面白いし」

「みなさん……」


 環は、再びにじんでくる涙をこらえた。まだ始まってないのだ。泣くわけにはいかない。


「ありがとうございます。絶対、成功させましょうね!」

「オーーーッ!!!」


 その場にいた全員が、拳を高く突き上げた。

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