残酷な言葉
「いなかったねえ……」
環と愛莉は、ホテルのベッドに寝転がった。
天使に尋ねてまわったが、どの天使も「規則により、教えることはできません」の一点張り。心中を裁く町であることと関係があるのかもしれない、と環は密かに思う。
「頑張って探したのに……」
沈みこんだ表情で愛莉がこぼす。
「また明日探そうよ」
環が言うと、愛莉は黙ってうなずく。そのまま、うつ伏せで眠ってしまった。
西部劇風の町に反し、ホテルの部屋は白一色でできている。環は灯を消して、簡易ベッドに身を横たえた。
外から、にぎやかな声が聞こえる。酒場が一日中開いているらしい。カーテンの隙間から、酒場の灯が入ってきていた。
楽しそうでいいな。環はため息をつく。
悲劇の末に死んでしまった人たちかもしれない。愛莉のように。でも自分のように「宿題」のある人は一人もいない。体を壊す心配もなければ、次の日に予定があることもない。心ゆくまま騒いで、魂から記憶が抜けていくのを待っていればいいのだ。
――覚悟が半端な奴にタラリアは貸せないよ。
ソウラスの言葉を思い出す。
覚悟もなにも、全部魔物のせいなのに。
でも、そもそも、なんで死のうとしたんだろう。
――本当にごめん、あんなこと言って
そう、夏生にひどいことを言われたからだ。
環は目を瞑る。思い出す前に寝てしまおう……。
「はぁい」
突然窓が開き、環は飛び起きる。
窓辺で灰色の翼をはばたかせ、赤い瞳を細める天使。
「ケニカさん?」
「ええ、ケニカさんよぉ」
ふわっと浮いて、環の前に着地する。
「環さんに教えてあげたいことがあってきたのぉ」
ニタっと笑う顔は、まるで魔物のようだった。環はゾッとして後ずさる。
「あなた、彼氏クンにひどいこと言われたんでしょう?」
環が目を見開く。
「なんで、知ってるんですか」
「私、聞いてきてあげたわよ、何て言われたか」
「だ、誰に?」
「もちろん、あなたの体の持ち主に」
「私の体の持ち主は私!あの魔物なんかじゃない」
「今は違うじゃない。魔物ちゃんのものよ」
クスクス笑って、ゆっくり環に顔を近づける。
「彼氏クン、あなたにこう言ったんだって」
耳元で囁く。
『モデルになりたいなんて、本気で思ってないくせに。のうのうと生きてるだけのお前が、浮気されたぐらいでわめくな』
ケニカの声にかぶさるように、夏生の声が蘇る。
目を見開き動けない環を、灰色の翼の天使が満足げに見下ろす。
「私をバカにするからそうなるのよ!」
身をひるがえし、嘲笑と共に去って行った。
静かになった部屋で、環は宙を見上げる。ケニカの羽が、ふわりふわりと舞っている。
「……私、あの天使のこと、馬鹿にしたっけ」
「してないよ」
愛莉の声にハッとする。
部屋に、温かな色の明かりが灯る。
「あいつ、おかしいよ。今の話も、今日会ったときの話も、全部聞いてたけど」
「私が、おかしいんじゃ、ないよね」
うなずいてみせるが、そうしたところでショックは消えない。
夏生の言葉を、思い出してしまったのだから。
「環ちゃんの彼氏はもっとひどい。浮気を棚上げしてるのもありえない。てかのうのうと生きてるだけだなんて何様なの?頭湧いてるだろ。それこそ、なんでそんなこと言うやつがのうのうと生きて環ちゃんがこんな目に遭ってるの」
「うん……」
「生き返ってぶん殴ってやらないと。いや、殺していいよそんな奴」
「でも、私も、彼氏には釣り合ってなかった。彼氏……夏生は、中二のときに友達が病気で亡くなっちゃって。それから医者になるってずっと勉強してきたんだ。今大学でも、周りに振り落とされないように毎日必死に頑張ってる」
それに比べて、自分は……。
――『それなり』って、覚悟決まってる奴が使う言葉じゃないよ
ソウラスの言葉がこだまする。
「……モデルに挑戦する覚悟すら、なかったのは、ほんとな気がする」
環は床を見つめる。
「私ね、お姉ちゃんがいて。私が生まれる前に、五歳で死んだの。私、お姉ちゃんに顔がそっくりなんだ。お母さんもお父さんも、お姉ちゃんの生まれ変わりだって喜んでて」
脳裏に母と父の顔が浮かぶ。自分が楽しく遊んでいても、どこか誰かを探しているような、寄る辺ない表情をすることがあった。
それが、幼い環には悲しかった。
「ファッションが好きなのも、お姉ちゃんの真似なの。お下がりの人形で着せ替え遊びをしたら、『お洋服が好きなのね、やっぱりお姉ちゃんの生まれ変わりなんだわ』ってお母さん喜んでて。私はお人形遊びをしていただけなのに……。でもそれから、洋服なら好きって言うとなんでも買ってくれるようになって。私もかわいい服は好きだったから、ハマっていったけど」
環が膝を抱える。
「なんとなくで、好きって言ってるだけのような気がする」
「ファッション、きっと好きだよ」
愛莉がきっぱりと言う。
「だって、楽しかったよ、環ちゃんの服選ぶの。色んなコーディネートを今までやってきたんだなって思ったもん」
環は愛莉の目を見た。真っ直ぐに、こちらを見つめていた。
「モデルになりたいのも、本当に思ってることなのかな。人に言われるから、なりたいって言っちゃってるわけじゃないかな」
自分のことなのに、愛莉に問いかけずにはいられなかった。
「モデルも、似合ってるよ。かっこいいもん」
「そうだよね。今から頑張れば、いいんだ。だって、せっかく気づいたんだから」
「うん。環ちゃんはまだ死んでないんだしさ」
愛莉が寂しそうに笑う。
「この世に戻ってからやるんじゃ、遅いよね。ううん。戻れるかも分からないんだから、今からなんかやろう。いいや、やらなくちゃ」
「部屋で考えても分かんないから、外歩いてみる?」
「うん」
二人は夜の町にくりだした。




