閑話
「あの、今更ですがお名前は?私は夜見環」
「青田凌」
「青田さんは、大学生とかですか?」
「うん。大学生。青田でいいよ。敬語も必要ないし」
神経質そうな顔はしているものの、フランクなタイプらしい。
「塾でバイトしてたでしょ」
「よくわかるね」
「説明が親切だったから。あと、賢い大学出てそうなことも分かりますよ」
「そうだね。別に大学の序列とかくだらないと思ってるけど。問題は何を解き明かそうとしているかだから」
「そうかな。大学が良いと周りからも尊敬されるし、良いところに就職できるでしょ」
「そうかもね。それを知らずに死んだから、なんとも言えないけど」
「青田はどうやって死んだの?」
「事故」
「考えごとしてぼーっとしてたとかでしょ」
「そう。トラックにはねられた。ものすごい衝撃だったよ」
「痛みとかって、覚えてるものなんだ」
「覚えてるよ。夜見さんは?」
「覚えてない。っていうか、死ぬ前の記憶が全然なくて」
「ショックで忘れているのかな」
「気づいたら、橋の下にいたの。飛び降りたのかなあ」
「突き落とされたのかもよ」
「まあどっちかですよね」
「それは分からない。別の場所で死んで、飛び降りのように見せかけている可能性だってある」
「殺人事件?」
青田がうなずく。
「正確には未遂だけど」
「誰かに殺されそうになった上に魔物に体を取られたってこと?最悪」
「史上稀に見る災難だね」
「ほんと。魔物に体を乗っ取られるって、百八年ぶりのことらしいよ」
「てことは、昔も魔物がいたんだ」
眼鏡の奥の黒い目が、輝いている。興味があるようだった。
「魔物、どこにいたの?」
「意外と気になるんだ」
「意外かな」
「非科学的だ!とか言いそう」
「そういうことを『非科学的』って切って捨てる方がよっぽど非科学的なんだよ。どんな現象でも「見た」という人がいるのなら何かしらの原因がある。もしかしたら見間違いかもしれないけど、たとえば、それをどうして幽霊に見間違えたのか、ってとこが面白いわけで」
青田が、早口で一気に言った。オタクなのかもしれない。
「近くの廃神社にいたらしいよ。人間に放置された神は、たまに魔物になるんだって」
「じゃあ、元は神だったものが降格したものが魔物ってこと?」
「さあ……。私にはさっぱり分からない」
「いや、こうも考えられるんじゃない。神にとって人間の信仰とはエネルギーで、それを失うと弱体化して魔物に……」
青田は延々と持論を語る。環には彼が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、ときおりボートを漕ぐ手が止まったり、自分にツッコミを挟みながらしゃべったりする様子が面白く、見ていて飽きない。
青田の語りをBGMに進む。太陽が水平線にさしかかろうとするころ、二人はビルに到着した。