マイペースなペリドット
神殿に到着する。雲を下りると、すぐ中に案内された。吹き抜けの空間に沿うように、大きくカーブを描いた階段が伸びている。
「こちらへ」
無骨な天使に続いて、階段をのぼる。貴族にでもなったような気分だ。
神殿内に天使の姿はまばらで、皆せわしなく速足で歩いている。顔には疲れを通り越した何かがあり、瞳に光はないのに妙にぎらついていた。
二階につき、広間に入る。天井まである窓が開け放たれており、バルコニーに続いていた。果てしなく続く海がよく見える。
「こちらです」
無骨な天使がくぐもった声で言う。ベージュの石でできたバルコニーに足を踏み入れた。
「ナルディラ様、お連れしました」
神は、バルコニーのテーブルに肘をついていた。
金色の長い髪は床に達している。中性的な美しい横顔は、作り物にさえ見えた。やわらかな後光に白い衣が光り、全身が光をまとっている。
「やあ、君が夜見環さんだね。僕はナルディラ。この町の神だよ」
ペリドットのような瞳を向けられ、環は緊張する。
「こ、こんにちは」
「ユスティラから話は聞いたよ」
「ありがとうございます。武器をお借りしたくてうかがいました。どうか、貸していただけませんでしょうか」
ぎこちなくお辞儀をする。
「ここは、この世で見たことがないほど綺麗な所でしょう」
神が優雅にほほ笑む。
「ゆっくりしていきなさい。君は七日の制限を気にしなくてもいい特別な魂だ」
「え?」
環は目をぱちくりさせる。
「あの、確かにこの町は綺麗ですが、ゆっくりしたくて来たわけではないというか、武器を貸してもらいに来たというか……」
「大変な思いをしたんでしょう。第一の町では災難な目に遭ったと聞いた。少しくらい心を休めたらどう」
「その前に、武器をお借りできるかおうかがいしておきたいんですけども」
「急ぐ旅なのかい?せっかくあの世へ遊びにこれたのに。今の人間ではなかなかいないよ、君のような人」
「なるべく早めに生き返りたいので」
「僕もさ、忙しいんだよ」
神はクッキーをかじり、紅茶をすする。
「優雅にアフタヌーンしてるじゃないですか」
思わず口をつく。
「嫌だなあこれは僕の昼食だよ。君がご飯中に勝手に割り込んできたんじゃないか」
「とてもお忙しそうには見えない、って皮肉を言ってるんですが」
「お望み通りせわしなくしてあげようか」
と席を立って歩き出す。
「すみません怒らせるつもりはなくてですね」
環は慌てて神についていく。つい、思ったことを口に出してしまったことを悔やむ。
「別に怒ってなんかないよ」
廊下に出たナルディラに、天使たちが次々と駆け寄ってくる。
「ナルディラ様、昨日おっしゃっていた資料が見つかりました」
「ありがとう。内容の要約は?」
「進んでいます」
「ナルディラ様、先日の議事録がまとまりました」
「……ね、忙しいでしょう」
くるっと振り返った神が、環にニコリと笑う。
「はい。すみませんでした」
「時間がないとお分かりいただけたかな」
「それは分かったんですけど、私も私で大変で」
「僕の方が大変さ。この五年くらいずっと、答えを出そうと考えている問題があってね。脳がぎゅうぎゅうのパンパンなんだ」
長い指でこめかみをトントンと叩く。
「だから君について考える隙間なんてこれっぽっちも残されていないんだよ」
「じゃあ考えなくていいからください、武器を」
のらりくらりとかわされては埒が明かない。単刀直入に聞くしかなかった。
「そうはいかないよ。だって僕は、君がどんな人間かどうか知らないんだから」
「トンネルで経歴を確認してるって言ってたじゃないですか」
「君のは知らないよ。死んでないんだし」
「それならここで過ごしますから、私のことを知ってください!」
「だから、そんな余裕がないんだって。ここだって、第一の町のように生きてるころの生活を疑似体験できる所だったんだよ。でも僕に余裕がなくなって、町が沈んでしまったんだ。それくらい忙しいんだよ」
神が顔を歪める。整った顔の不機嫌には迫力があった。
尻込みしそうになるが、ここで退けはしない。それでもどうしたらいいか分からない。ユスティラに頼るしか、とペリデレオに手をかけた。
「そうだ!」
ナルディラの顔がパッと明るくなる。
「自殺教唆をわが町で裁くかどうかについて、君が答えを持ってきてくれたらいいんだ!僕が納得する答えを持ってこれるくらいの思慮があるんなら、安心して武器を渡せるし。一石二鳥じゃないか」
「ジサツキョウサ?????」
環はポカンと口を開ける。
「詳しくは資料を渡すから、それを見てね。あ、そこの君、今時間あるかな?」
廊下を歩く天使を呼び止める。
「環さんのボートは用意させるよ。海で好きなだけ考えてきなさい。答えが出たら、ボートにある旗を振るといい。天使が迎えに行くから。それじゃ、楽しみにしてるからね」
一方的に言うと、駆け寄ってきた天使と話しながらどこかへ行ってしまう。聞きしに勝るマイペースさに、環はげんなり肩を落とした。