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環はあの世を駆けめぐる  作者: 春日野霞
第ニ章 ソピア<知恵>
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トンネル

 暗く、どこまでも続くトンネル。ランタンの小さな光を頼りに、環はもう十時間ほど歩いていた。


 そこは、第二の町へ向かうためのトンネルだった。同じように、第二の町へ向かう死者たちが大勢いる。


 この町には、七日間しかいられないという。八日目には、次の町へ向かわなければならない。第一の町の美しさや快適さから突き落とされたような苦行に、誰しも口をつぐんでいる。無言で進む無数のランタンは、いかにも死後の世界の光景だった。


 景色のない場所をひたすら歩き続ける行為は、瞑想に似ている。環は、晴山に首を絞められたときのことを思い出していた。


 走馬灯のように蘇った記憶。夏生と会って、うまく話せなかったということ。その理由は分からないが、部屋着で駆けつけるほどの何かが夏生にあり、橋から落ちるほどの何かが自分にあったことは確かだ。

 夏生とうまく話せないことは、今まであまりなかった。何を言っても優しく聞いてくれる彼に、環はなんでも話していた。彼を責めるようなことも言った。それでも彼は怒らない。しかし自分の意見を隠すこともない。自分の考えや行動について、淡々と語ってくれる。


 だから、いつも、うまくいっていた。


 自分がとんでもないことをやらかしたのかもしれない。ちゃんと生き返ったら、真っ先に夏生のところへ行きたい。叶うならば、今すぐにでも。


 環はふと考える。死んだらあの世へ向かうのに「夢枕に死んだじいちゃんが」という話があるのはなぜあるのだろう。魂はこの世へ遊びに行けるのだろうか。


『みなさま、第二の町へようこそ』

 不意にアナウンスが流れ、顔を上げる。

『前方に見えますのは出口です。長旅、お疲れ様でした』

 遠くに、出口の光が見えていた。

 自然と、死者たちの足取りが軽くなる。中には走り出す者もいた。


『さて、突然ではございますが、第二の町は『魂の殺人』を犯した者が入れる町ではありません。魂の殺人とは、虐待や性加害といった、他者の人生を破滅させる悪のことを指します。定義が難しいものではありますが、皆さまの経歴については既に把握しています。処罰、すなわち魂の消去が必要だと判断された方々は、トンネル内で消えていただきます』


 ランタンが、ひとつ、またひとつと消えていく。音もなく消えていく魂に、環はゾッとする。悲鳴すらもあげられず、自分の魂が消えていく覚悟すらもできない。闇に飲まれて消え、二度と光を見ることはないのだ。


 あの世に地獄はない、とユスティラは言った。しかし、重大な罪を犯した魂に更生の余地がないというのなら、それは地獄の裁きよりも酷なことに思える。


『罪人の消去が終了しました』

 第二の町では、町に入る前に「罪人」を罰するのだ。町ごとに特定の罪の処罰があるようだが、神によって方針が異なるのかもしれない。


 だとすれば、第二の町の神には、タヒトゥスのような慈悲はなさそうだ。怖い神だったらどうしよう。武器を渡すことに反対しているタイプだったら嫌だなと環は口端を曲げた。


『なお、第二の町は水の都です』

 ベネチアのような町だろうか。

『歩ける陸地はありませんので、各自ボートで移動をしていただきます。第三の町の入り口は遠くにありますので、七日の内にたどり着いてください。この町に滞在して八日目になりますと、魂にエラーが生じ発狂してしまう可能性があります』

 全然、ベネチアではなかった。


『困った際は、赤い旗を振ってください。天使が助けに向かいます。ちなみに、これまで発狂した人間は三百人ほどですので、よっぽどのことがない限り問題はありません。それでは、良い船旅を』


 まだ出口まではしばらくありそうだが、アナウンスは無情にも別れを告げる。


 一度は早くなった人の流れが、どっと疲れたように遅くなる。皆、心のどこかで第一の町のような癒しが待っていることを想像していた。しかし実際は、七日間のボート漕ぎという嫌なイベントが待ち受けているのだ。


 段々明るくなっていくトンネル内で、座り込む者も出てくる。環はちらっと隣を見た。目にまったく光が差さない、この世の終わりのような顔をしている。


 その向こうに、スタスタと歩く小柄な青年がいた。手には本を持ち、眼鏡の奥から真剣に文字を追っている。その顔に絶望は一切ない。ただただ本を楽しんでいる。蛍光黄緑のTシャツに黒いズボンをはいており、妙に目立っていた。


「うわっ」


 青年が、トンネルで座り込んだ人につまずく。

「おい!気をつけろ」

「すみません」

 ズレた眼鏡を直して、再び歩き始める。


 生前のあだ名は二宮金次郎に違いない。環は、逆光で黒くなる青年の後ろ姿を目で追った。

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