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二十二話、フェリスと世界の真実(前) 



 瞳の金を細めアムリが、私たちを射抜くように見つめる。全身に緊張が走り、ゴクリと喉がなってしまう。


【ある意味、マホロお前たちは、アヤツの願いと欲望に巻き込まれたにすぎん】

「フェリスの欲望?」

【あぁ。断片的ではあるが、我が視て知るすべてを話そう】


 アムリの身体が淡く輝きを放つと、再び小さな子猫サイズに戻った。


【この方が我は落ち着くのでな】


 そう言ってから、前脚で顔をくしくし拭ってぺろぺろ赤い舌で舐める。二度ほど繰り返しすと、領主机に飛び乗ってちょこんと座る。


【フェリスに関しては、偶然が引き起こした悲劇だとしかいえない】


 そうポツリと前置くとアムリは話しはじめた。




————————————



 三十年前、ナリディーア。


 ユラの国の第一王子して生まれたフェリスは、勉強も出来て優しい性格だったので城に住む者たちだけでなく街中の人々に愛されていた。


 成人の儀式の日までは……。



「明日でフェリスも成人です。きっと素敵なスキルを授かることでしょう」

「はい。僕も成人するのが、とても楽しみなのです」


 成人を喜ぶお母様の微笑む顔を見ていると、僕まで嬉しくなってソワソワと落ちつきがなくなってしまう。


「今日はもう寝なさい。成人ともなれば王であり父であるフレアスの手伝いもしなくてはなりませんからね」

「分かりました。それではお母様おやすみなさい」

「おやすみフェリス。夜ふかしなどしてはいけませんよ」

「はい」


 お母様の部屋を、お辞儀をして退室する。フゥと息を吐き自室に向かい歩きだす。長い廊下に一定間隔に配置された大窓から見える月が、異様に大きく感じて胸の辺りが騒めく。


「夜ふかししてはいけないけど、今夜は眠れそうにもないなぁ」


 心を落ち着かせようと、胸を押さえながら深呼吸をしてから、自室に戻った。


「どんなスキルなんだろ。うわぁ! やっぱり楽しみすぎて眠れない」


 身体が沈みこんでしまうくらい柔らかなベッドにダイブして、ごろごろ転がる。


 窓の外の月は落ちてきそうなほど大きい。淡い光を見ているうちに眠気が襲ってきた。


「けっきょく僕って、緊張感が持たないのかな?」


 いつの間にか眠っていたようで、カーテンの隙間から差し込む日の光で目が覚めた。


 目を擦りながらベッドから起き上がった。



 王城の大広間。


 第一王子フェリスの成人の儀式ということもあって、大広間にはいつもの数十倍の人数が集まって騒めいている。耳をすまさなくても聞こえてくるのは僕への祝福、それと期待。


「さぁ、我が子よ。まずは大人としての証を立てよ」


 お父様に促され「はい」と答える。喉がゴクリとなってしまう。


 緊張しすぎて心臓が口から飛び出てしまいそうになりながら、王の前まで歩いていく。王の前には透明度の高い美しい水晶が置かれた猫脚テーブルがある。


「あなたならば大丈夫です。水晶に手をあててごらんなさい」

「はい」


 ゆっくりと両手で水晶を包むこむように触れた。


「……」

「……」

「……」


 水晶には変化が一切現れない。


「おかしいですね。壊れてるのかしら?」


 お母様が首を傾げながら立ち上がり、片手で水晶に触れる。すると薄紅色に水晶が輝きを放つ。


「壊れてはいないようだな。フェリスもう一度、触れてみよ」

「そうですね。今度はしっかり水晶を触ってみなさい」

「分かりました。やってみます」


 とは言ったものの、光らなかったらどうしようか? と不安になってしまい動けなくなる。


「あなたなら大丈夫です」

「はよせぬか」


 両親に急かされ、ギュッと水晶を両手でつかむ。けど怖くて不安で目が開けられない。


 ざわざわざわざわざわざわ……。


 人々の騒めきが、いっそう大きくなっていく。


「貴様は、わたしの子でも無ければ王子でもない」


 今まで聞いたことがないくらいの、お父様の氷の様な冷たい声と、お母様の悲鳴混じりの泣き声が、大広間に響き渡った。


 その後、僕は兵士たちに捕らえられ奴隷の罪人の烙印を押された。身も心も引き裂くような激しい痛みを歯を食いしばって耐えたが、僕の意識は途切れてしまった。



 次に目が覚めた時には、どこなのかも分からない細い裏路地で僕はゴミにまみれて捨てられていた。あって当然だと思っていた美味しいご飯も、ふかふかのベッドも、ここにはない。


 あるのは泥なのか糞尿なのか分からない悪臭を漂わせ続ける地面と、道を埋め尽くすゴミの山だけだ。


「王族でありながら王気スキルを持たないのは大罪……」


 遠のく意識の中、聞こえてきた兵士の言葉だ。


「僕の場合は王気どころかスキルは何も持って無かったみたいなんだけどね」


 自分の両手を見つめていると、目頭が熱くなり涙が頬を伝い落ち手のひらを濡らした。「泣くのは最後だ」小さくつぶやき涙を握りしめ消しさる。


「こんな真ん中に突っ立ってんじゃねーよ」


 ガッ! と鈍い音がする。


 細い路地だったせいで壁にぶつかって、地面に叩きつけられ這いつくばってしまう。


 殴られたと気がついたが、地獄はそれだけでは終わらない。


「へぇ! お前もしかして奴隷になりたてってヤツ? 一体何やらかしたんだか知らねーが、俺様が飼ってやんぜ!!」


 まだ熱を持つ焼印を見られてしまった。男は臭い唾を僕めがけて吐き、僕の髪の毛を鷲掴みにするとズルズル引きずっていく。踏ん張って抵抗しても大人に腕力では敵わない。


 世界の全てに裏切られた。と、思った。



 血反吐を吐きながら、地獄の底で足掻く。足掻く。足掻く。


 あの悪夢の成人の儀から、何年経ったのだろう?


 奴隷とは労力としてだけじゃなく、人間の尊厳すらヘシ折る残酷なモノだと、まさに身をもって知った。


「いつか必ず……」


 この地獄に叩き落としたヤツラすべてに必ず復讐してやる。


 心の奥底にじわじわと闇が広がる。



 いつものように労働して夕食の泥水をすすって寝床に帰る途中、異変に気がついた。


 工場が立ち並ぶ道路の奥は、ただのゴミ捨て場で何も無いはず場所。そこがほんのりオレンジ色に輝いているのだ。


「なんだろ?」


 温かな色を発していたのは、穴を掘って作られたゴミを捨てて燃やす焼却炉だった。作業後は火事になってもいけないので、鉄製の板でふさぐことになってる。


「なんか燃やしてるのかな」


 熱くもないし燃える匂いもしないし、無人のままゴミを燃やすなんてありえない。火の始末を忘れると飯抜きなのだ。不味い飯でも食わなきゃ死んでしまう。死んでしまったら復讐もできない。


「仕方ない。確認しとくか」


 鉄製の板を退けた瞬間、オレンジ色の光が溢れだし足に何か絡まって引っ張られるような感覚がした。次の瞬間、焼却炉にもの凄い勢いで吸い込まれた。


 濁流に揉まれるかのような激しさに、思わず目を閉じてしまう。



 ドシンッと鈍い衝撃で目を開けた。そこは夜でも昼と間違えてしまうほど明るい世界だった。


「ここは明るすぎて星さえ薄い光なんだ。一体ここは何処なんだろ?」


 街を照らす光は太陽みたいに明るいし、背の高い光の柱が何本も立っている。

 

 世界に匂いがあるなら、ここは嗅いだことがない匂いで満ちてる。


 目の前を通り過ぎていく人々は、ボロ布をまとっただけの僕がいても気がついてない様子だ。もしかしたら単に無関心なのかもしれない。


 キキー!!


「道の真ん中、歩いてんじゃないよ!」


 尻もちをついたまま座っていても仕方ないと思い、立ち上がって道を歩いていたら、もの凄い凄い速さで走りぬけるモノと危うくぶつかりそうになって怒鳴られてしまった。


「どうしたらいいんだろう……」


 途方に暮れて、道の脇の植え込みに座りこむ。しかも冬なのか吹きつける風が冷たく痛い。足を腕で抱きしめ震える身体を丸める。


「ねぇ。大丈夫? さっきからウロウロしてるけど道に迷ったの?」


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