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MIB3rd contact  作者: 光輝
■2話:スパ・ルトラ
8/10

2-3:デュミナス

屋台の匂いに、緊張しきりでマヒしていた胃袋が目覚める。


イラつくのは空腹による低血糖のせいだ。屋台のスタミナ焼きに生唾をのみ、パスタはそう自分にいいきかせた。

ちょっとでも腹に入れとかないと、判断力も鈍るぞ。

その隣で揚げたてのポテトが心配し、そばの炭酸ドリンクがそうだそうだ! と声をあげる。

気付けば会計を終えていたパスタは、ゴハン達の冷ややかな視線を感じつつ、屋外プールのドアを抜けたのだった。


大きな岩壁に囲まれた屋外プールは、岩壁に囲まれたオアシスのようだった。

セミの大合唱がパスタを歓迎する。アマゾン河にみたてた流れるプールに、森の屋根が煌びやかな光を落とす。爽やかな緑の香りが心地いい。……周囲の妙な浴客達を除いては、人気があるのも頷けるスポットだ。


さてと周囲を見渡すも、怪力女こと北条ジュリアの姿はなかった。鬼のいぬ間に何とやら、パスタはそそとパラソルベンチに腰を掛け、ようやくの食事にかぶりつく。

まさに1年ぶりの食事だった。絶食後の食事は脳汁ものだと耳にしたことがあるが、それはまさに事実だろう。肉のうまみに脳が震えるのがわかる。


パスタはフードファイターのように次々口に放り込み、サムライ・ソースまみれの唇をなめ、ドリンクを煽るように飲んだ。

綺麗にしゃぶりつくされた手羽先の骨が次々皿に転がる。10本目にかぶりついた時、テーブルがふと陰った。

パスタが視線を上げると、秘密基地でパスタをぶん投げた怪力女……〔北条ジュリア〕が、太陽を背にパスタを見下ろしていた。

「相席いいかしら」


パスタは思わず真顔でチキンを噴き出した。北条ジュリアがさっと避け、足元の肉片に舌打ちひとつ。吐き捨てるように一言。

「きったないわね……」

「す、すまない。いきなり来るとは……」

慌てたパスタはお手拭きであちこちぬぐって、どうぞといわんばかりに対面の席に手をやった。


北条ジュリアはセクシーな黒い水着と、白いロング丈ラッシュガードという洒落た恰好だった。どこぞの女優かと思うほど大きな帽子と、ラインストーンがきらめくサングラスがよく似合う。まるで石油王の情婦のような、年齢不相応の余裕と色気があった。

そして何より、敵意はまったく感じられなかった。北条ジュリアは白くしっとりとした生足を組み、デスクに片肘をつき屋台飯を指す。黒いネイルがちらと光った。

「食べてからでいいわ。お腹、空いてるんでしょ」


パスタは思い出したかのように、ポケットに手を突っ込んだ。ずいと手の平を突き出す。

「あの、これ」


ジュリアは手の平のガーゼを見て、視線だけ上げてパスタを見た。美獣を思わせる黒の瞳にパスタが映る。ジュリアの長い睫毛がふせ、ガーゼにそっと指先を沈ませた。

白魚のような指先に、銀色のイヤリングが光る。ジュリアはふっと目を細め、イヤリングをつけた。目を閉じ、耳を手で包むように当て、安堵のため息をつく。

やっと人心地ついたようなほころびに、パスタは叱られた犬のように頭をさげた。

「勝手に持ち帰って悪かった。その……ごめん」


パスタの声に、ジュリアはしずかに視線をあげた。

「……わざわざガーゼに包んでくれたのね」

パスタは一瞬きょとんとして、軽く頷いた。「ああ、大事だろうと思って」


ジュリアは微かに笑み、近くの従業員を指で呼んだ。

「追加でコーヒーを奢るわ。食べ終わるまで話を」


ジュリアの質問はシンプルだった。

なぜ生きているのか。どうしてMIBとツルんでいるのか。この2点だ。

パスタは食べながら答えた。

アーロンとかいう男に殺され、丸1年の記憶がないこと。いきなりMIBになれと脅されたこと。できれば今すぐでも家に帰りたいことも付け加えて。


ジュリアが紅茶を一口。

「レンズが使えるそうね」

「ああ、そうみたいだ」

ジュリアは鼻で長溜息ひとつ、デスクに肘をつき、手の甲に顎を乗せる。

「……レンズにAと呼びかけて、スマートアシストのように指示を出してみて」


「これ、そんなこともできるのか? ええと……。」

パスタが審判カードのように、指先でレンズを立てる。「A、今の時間は?」

『10時20分です』

「ありがとう」

『お役に立てて光栄です』


パスタはさてとジュリアを見た。ジュリアは神妙な面持ちだ。綺麗な形の唇が、力抜けに動く。

「レンズが使えるということは、〔デュミナス〕……つまる資格があるということよ」

言って、熱にうなされるように額に指を当て、受け入れがたい様子に首を振った。

「本当に使えるなんてね。あの子、こんなパッとしない奴のどこがいいのかしら」

ぽつりと呟くジュリアに、パスタは目をしばたたかせた。

「あの子?」


ジュリアは答えず、頭のてっぺんからつま先まで、まじまじとパスタを見た。

パスタは野暮ったく、売れないお笑い芸人のような印象だ。鶏ガラのように細い体に、浮浪者のような無精ひげ、肩ほどまである鳥の巣のような癖っ毛。不潔感もこの上ない。

ジュリアの視線がふと、ガーゼに向く。そして目を伏せ、気抜けるような溜息をついた。

「……でも、そうよね。そういう子よね、あの子は」


パスタはなんと言ったらいいかわからなかった。ジュリアの懐かし気な目は、深い優しさと悲しみに満ちていたからだ。

ジュリアがやんわり腕を組む。

「ゴハンとパンとは仲良くやってる?」


パスタは耳元にかけられた盗聴器を思い出し、否定的な言葉を飲んだ。

「あ、ああ。2人ともいい人だよ」

一瞬視線が泳いだことを、ジュリアは見逃さなかった。まるで恋人のようにパスタの頬に手をやり、指先の盗聴器を掴む。


「! ぁあ」

パスタの情けない声が漏れる。ジュリアの指先に盗聴器が揺れた。

「……盗み聞きとはね。相変わらずデリカシー皆無なんだから」

それだけ言って、なんと口にポイと放り込んだ。あっと声を上げる間もなかった。ジュリアはグミでも噛むかのように滑らかに2度咀嚼し、淑女のように皿にプと吐き落とす。

パスタは絶句に皿から視線を外せなかった。皿には、噛み潰された盗聴器の塊が転がっている……。


「は……歯が頑丈なんだな……ははは……」

そのひきつった笑いに、ジュリアは目をきゅうと細めて笑んだ。盗聴器を噛みつぶしさえしなければ、そのセクシーな様子にパスタはどきりとしただろう。


「その様子だと、仲は良くないみたいね。でもわかるわ、あいつらガキくさいもの」

ジュリアは静かに紅茶のカップを口にあて、手元のソーサーにちんと乗せた。

「コーヒーのおかわりは? ロレンツォ・パッツィーニ」



──『……盗み聞きとはね。相変わらずデリカシー皆無なんだから』

受信機は一瞬のノイズのあと、ぷつりと無音になった。盗聴していたMIBの視線が上がる。

「だってよ」とゴハン。

パスタはフンと鼻息ひとつ、屋外プールを見やった。屋外プールのベンチでは、パスタと北条ジュリアがぽつぽつ会話をしている。

「ド素人のパスタに務まるとは思えんな。収穫ゼロでヘラヘラ戻って来るのが関の山だ」


「同感」ゴハンが言うなり立ち上がる。

「デリカシー皆無のお墨付きをもらったんだ。挨拶してやんなきゃ失礼ってモンだぜ」

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