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MIB3rd contact  作者: 光輝
■2話:スパ・ルトラ
7/10

2-2:スパ・ルトラ


爽快な青空に、アイスクリームを盛りまくったような積乱雲が広がっている。

飛行盤は深い山々を矢のように抜け、山間部のはずれに音もなく駐機した。


外に出たとたん、クソ緑な大自然とセミの大合唱がMIBを出迎える。灼熱の太陽と木陰のコントラストは目がイカれそうだった。

田畑を見下ろすバカでかい山々に、白い建物がぽつんとひとつ。

「あれがスパ・ルトラだ。ガキの頃から変わってないな」


スパ・ルトラはローマ神殿のような佇まいだった。近くで見れば田舎の遊園地のような野暮ったさを感じられるだろう。いかにも家族向けのそこは、野郎3人が訪れるには違和感しかない。それでもMIBは一般客の装いで、軽快にフロントへと向かったのだった。


自動ドアをくぐると、空調の爽やかな涼しさがMIBを出迎えた。

長年の客足ですっかりぺったんこになった青いカーペットを踏み、フロントへと向かう。フロントに添えられたプラスチックの花瓶には、申しわけ程度の造花があった。造花はすっかり色褪せていて、田舎の便所にありそうな風情ですましている。


受付をするゴハンの後ろで、パスタは周囲を見渡した。

ロビーは女子供や家族連れで賑わっている。こんな人の多いレジャー施設で待ち合わせということは、怪力女〔北条ジュリア〕も無茶をする気はないらしい。ここが闇試合の会場でもない限り、暴力沙汰にはならないだろう。

右隣りにはカフェを兼ねた休憩スペースと、ガキが発狂しそうなお土産コーナーや古いクレーンゲームがあった。左隣は温水プールへと続く通路がある。その昔、親友ジャンとアイスをかじりながら通った通路だ。

昔と変わらぬ設計に、パスタはどこか居心地の良さを感じる。交通の便が悪いわりに、相変らず繁盛している理由を感じた気がした。


受付に料金を突き出したゴハンが、不服丸出しに振り返る。

「大人1人あたり3000だってよ~。冗談じゃねえ、3000ありゃモーニングが3回食えるぜ」

ボヤくゴハンかまわず、パンはそれとなくパスタに耳打ちした。

「北条ジュリアはアーロンを知っている可能性が高い。イヤリングを返すついでに、それとなく情報を聞き出せ」


更衣室はずらりとロッカーが立ち並んでいて、まるで王家の墓を守る石兵のような気分になった。天井はうんと高く、点在する扇風機が無心に首を回している。浮き輪を抱える子たちが、プラスチックのすのこをぱたぱたと鳴らし駆けて行った。


3人並んで水着に袖を通す間、特に会話はなかった。ラッシュガードを羽織ったパスタが、ちらとゴハンとパンを見る。

2人の水着姿はファッション雑誌のようにキマッていた。イケメンとハンサムが並ぶと、同性とはいえなかなかに壮観だ。

何より2人とも、鍛え抜かれたかなりのマッチョだ。ゴハンはボクサーのように引き締まった細マッチョだし、パンに至っては筋肉と色気の暴力だ。思わず釘付けになったパスタは、悟られぬよう視線を外した。

「支給にしちゃ、結構いけてる水着だな」


いかにも陽キャな水着のゴハンが、軽く肩をすくめ返す。

「支給じゃなくてレンタルだ。レンタル代はちゃっかりP(給料)から天引きされるんだな~これが。それに驚け、P(給料)は歩合制」

パスタは思わず「ええっ?」と声をあげた。業務に必要なものを自腹だなんて、本部はとんだブラックな組織らしい。


更衣室を出てすぐのプール入口前で、周囲を見渡したパンが、サングラスを外し静かに呟く。

「……妙だな」

それにゴハンも軽く頷いた。パスタはまばたきひとつ、周囲をみてみた。浴客が行き交うなんてことないロビーだ。首を傾げ、パンを見上げる。

「何が妙なんだ?」

パンがちらと視線をパスタに落とす。

「誰も俺達に注目しない。特に俺が肌を出せば、10人中5人は黄色い悲鳴を上げ、残り5人は忘我ままフリーズする」


それにパスタは落ちるように納得した。ゴハンはアイドルのような見目だし、特にパンは非の打ち所がないハンサムだ。引けを取らぬそのセクシーな肉体美は、同性でも思わず見惚れてしまうだろう。しかし行き交う浴客の誰ひとり、そんなパンに見向きもしない。

そう思うと、確かに無気味な違和感しかなかった。息をのんで、今度は静かに周囲を伺う。

誰もが笑顔で歩きまわる姿は、まるでゲームのNPCを彷彿とさせた。ここでいきなり殺人劇が繰り広げられても、誰もこちらを見やしないだろう。

パンがサングラスをはめなおし、静かに告げた。

「十分に気をつけるんだな。どうもここはすでに北条ジュリアの手の内のようだ」



MIBの背に続き、パスタが恐々と入口のアーチをくぐる。

眼前に広がるは、巨大な屋内型温水プールだ。鮮やかなヤシの木や、原色派手なハワイアンレイの鮮やかさが目に飛び込んでくる。種類豊富な出店たちは人で賑わい、メインのプールはウォータースライダーやジャグジーが人を流している。いかにも温泉テーマパークという名にふさわしいレジャー施設だ。

きゃあきゃあ賑わう浴客たちを横目、MIBはとりあえずプールサイドのベンチに腰かけた。


「おっ、ナイスなビキニちゃんみ~っけ!」

ピュウと口笛をふくゴハンかまわず、パンが筋肉隆々の腕を組む。

「周囲は飛行盤が駐機できる場所が少なく、水着では装備も限られる。ましてやこの人混みだ。……肉の壁は壊すほど面倒だ。なるほど、うまく考えた場所だ」

肉の壁という表現に、パスタはおっかなびっくりに頷く。

その姿に片眉を下げたパンは、指先で軽くデスクを叩いた。落ち付け、と目でモノを言う。パスタは迷子のような目で頷いて、戸惑うように声を潜ませた。

「な、なあ……。客は全員、変になってるんだろ? いきなりブワッと襲い掛かられたりしないよな?」


ちょうどその時、パンの携帯が鳴った。パンがテーブルに携帯を置き、2人に見えるようタップする。それは、北条ジュリアからのメールだった。

本文は『屋外プール』、たったその5文字だけ。一行は顔をあげ、流れるプールを挟んだ先の屋外プールを見た。


壁ガラスを隔てた屋外では、カラフルな浮き輪をかかえた子供たちが次々とプールに飛び込んでいる。一見、平和な光景だが、改めると違和感しかなかった。というのも、コミュニティが感じられないのだ。子どもたちは群れず1人で遊んでいる。思い思いに飛び込んではプールサイドにあがり、また飛び込んでを延々と繰り返していた。それを見守るはずの大人ですら1人で遊んでいる。まるで悪夢のようだった。

パスタは恐怖した。秘密基地で成人男性を軽々と投げ飛ばした怪力女が、手ぐすねを引いて待ち構える姿を想像する。

あそこまで1人で行くだなんて、まだ吊り橋をスキップで渡れと言われる方がマシだった。


「パスタ、こっちを向け」

パンの言葉に、パスタがハッと振り返る。ふいに伸ばされた手が頬に触れ、パスタは思わずどきりとした。

「えっ何」

言い終わる前に、耳に何かかかる。耳に手を当てると、小型のインカムが指先に触れた。同時、髪を束ねていたゴムを引き抜かれる。


「盗聴器だ。そのぼさぼさの髪で隠せ。あの北条ジュリアが、ただイヤリングが目的だとは思えない。いざという時は走って逃げろ」

まさかの無策に、パスタが愕然と肩を落とす。

「走ってって……いきなりガブッ! って噛みつかれたりしないよな?」


その言葉にゴハンが片眉をあげ、パンと見合った。見合って、ゴハンがシッシと手を払う。

「はいはい、行った行った。男ならバシッとキメてこい」

パンが静かに言い添える。

「骨は拾ってやる。遠慮なく散ってくれ」

パスタは首を振り、いじめられっ子のように背を丸くして立ち上がった。

「くそ、いつか訴えてやる……」


恨み節を念仏のように唱え、パスタは屋外プールへ歩いて行った。その背をゴハンとパンが見送る。

肘をつくゴハンが、ちらとパスタを見た。

「北条ジュリアがパスタを殺すつもりなら、秘密基地でとっくにやってるっての。煽っちゃってさあ」

パスタはフンと鼻息一つ。

「俺たちが向かっても警戒するだけだ。北条ジュリアは情に弱い女だ、丸腰の素人相手なら警戒度も下がるだろう。それにパスタはイヤリングの事を黙っていた。今後のためにも少々、灸をすえてやらんとな」

言ってふと、驚きに目を見開く。パンの視線の先で、パスタは棒立ちに出店を見ている。

「……まさかあいつ、この状況で腹ごしらえする気じゃないだろうな」


パスタは光に群がる虫のように、ふらふらと出店に吸い込まれていった。幽霊のようにメニューを指さし、山ほどの屋台飯とドリンクを両手に、みじめったらしく屋外プールへと消えていく。

その背にゴハンが軽く笑った。

「どんだけ食う気だあいつ? 敵地で飯を食う奴、初めてみたぜ」

パンは応える代わりに大きな溜息一つ、頭痛に耐えるように眉根を揉んだのだった。


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