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MIB3rd contact  作者: 光輝
■2話:スパ・ルトラ
6/10

2:〔NO BODY〕

[chapter:■2話:スパ・ルトラ]


 『エレナの笑顔は二度と戻らない。君はそれでいいのか?』


嫌な言葉に、ロレンツォはふと目を覚ました。

窓の外はちらちらと雪が舞い、暖炉の薪がぱちりと音をたてる。ベッドテーブルにはアップルパイと、温かいコーヒーが2人分。

そして、隣の小さな足先……エレナが、ロレンツォの頬をつつく。

「エンツォ、怖い夢でもみたの?」


古くもあたたかみのある木の家、まだ荷を解いてない引越しの荷物たち。

すっかり寝落ちしていたことを悟ったロレンツォは、エレナの肩を抱きなおし、あくびひとつ目頭を揉む。

「……すっごく嫌な夢をみた」

「えっなになに? どんな夢?」

夢とはいえ最悪な内容に、思わず苦虫をかみつぶした顔になる。

「エレナが全然知らない男と結婚する夢」


妙に生々しい夢だった。夢半ばとはいえ、冴えていく頭に安堵する。

ステンドグラスの明かりが、ベッドにやんわりおちている。レンズのような虹色が、ゆらゆらと煌めいていた。

ベッドテーブルのおそろいのカップは、冬休みに一緒に買いに行ったものだ。帰り際のライトアップの人混みにまぎれ、自然と手を繋いだ夜を思い出す。

エレナの手のアルバムには、そんなこれまでの思い出がたくさん詰まったアルバムがあった。ご機嫌にアルバムを眺めているエレナに、ロレンツォは愛し気に目を細める。どれとエレナを抱き包み、一緒にアルバムをめくった。

冬休みにスノードームを買いに行った時の写真。

卒業旅行先で、エイリアン騒動に巻き込まれた日の写真。

2人でプロムをこっそり抜け出して、屋上で月を眺めた写真。

そんなとある1枚に、ロレンツォが目をしばたかせた。アホみたいに口を開けて爆睡する自分に、ロレンツォは思わず片眉を下げる。

「おいおい、なんだこれ。いつ撮ったんだ?」

エレナはいたずらっ子のように、小さな舌をチラとみせた。

「エンツォが初めて部室に来た日よ。可愛くてつい撮っちゃった! 報告書のページポケットに隠してたの」

「マジか。もうちょっとカッコイイのを残してくれよ、アホ面もいいとこだ」

「全部かっこいいよ」

可愛い笑顔にたまらず、ロレンツォはエレナを抱きすくめた。花のような香りを胸いっぱいに、柔らかい首筋にキスを落とす。金のうぶ毛が綺麗な頬、指の間をさらりと流れる髪、くすぐったげな可愛い声に、小さく熱い鼻息。

そうとも、エレナはここにいる。なのに他の男と挙式なんて、まさに悪夢もいいとこだった。


まどろみのなか、腕の中のエレナが頬ずりひとつ小さく呟いた。

「……ねぇ、エンツォ」

「何?」

「もし、よ? ……私が、知らない誰かと結婚していたとしてもね」

エレナの顔はうかがえない。ロレンツォの背中にまわる手に、きゅうと力がこもる。


「私の心は、エンツォだけのものよ」

顔をあげたエレナは、今にも壊れそうな儚い笑顔を見せた。


     ★


パスタは湧き上がるように目を覚ました。


丸いシーリングライトをぼんやりと見つつ、すっかり寝ていたことを悟る。

気配に顔を動かすと、枕元でパンが腕を組んで座っていた。そばのデスクに腰かけるゴハンも、パスタをまじまじと見ている。パスタは上半身を起こしつつ、実験動物を見るような目の2人に声をかけた。

「……悪い、寝てたみたいで」


「何か夢を?」

確信を突くようなパンの声に思わず目が覚める。パンは彫像のように筋肉一つ動かさずパスタを見ていた。

パスタはアクビをかみ殺し、軽く首をかしげる。何か夢を見た気がするが、霧がかったように思い出せなかった。

「いや、みてない……たぶん。何も覚えてないな。俺が寝てる間に何かあったのか?」

パスタの問いに、ゴハンが歯切れ悪そうに後頭部をかく。

「あったっつーか、なかったっつーか……」

「なかったことがわかった、だな」と鼻息一つ、パンが〆た。


本部のデータを洗ったところ、ロレンツォ・パッツィーニはどこにでもいる一般市民だった。アーロンに殺害された経緯も、単に事故にまきこまれ死亡しただけだということになっていた。

しかしながら現状はレンズが使えるし、半分マーフォークという前代未聞の複合体だ。そしてなにより、今回のターゲットであるアーロンに殺害されている。

つまり、ロレンツォには上が急遽MIBに任命するほどの〔秘密〕があるのだ。


〔秘密〕が有ると知ったパンは内心、武者震いにも似た胸の高鳴りを感じていた。ジャッドを心酔するパンにとってこれ以上の任務はなかった。現状は、なまなかの一般兵では務まらないだろう。

(ああ、だから上官殿は俺を任命したのか。この機密任務を、右腕である俺ならば完遂できると使ってくださったのだ)

懐刀として信頼されている……その納得に近い確信に、自分の中の忠誠心が熱く疼く。同時、自惚れそうな自分に杭を穿った。俺はあのお方の特別なのだから、と。


そんな若造パンの横顔を、ゴハンは冷ややかに見ていた。

ゴハンもかつて、ジャッドに甘い言葉を吐かれたことがあったのだ。それは色事や情欲などではなく、ゴハンが喉から手が出るほど欲しかった言葉だった。

当時、頭半分(ああこの男はこうやって腹心を手懐けているのか)と感じたのを覚えている。

突如MIBに加わったロレンツォ・パッツィーニ。この男の正体が何であれ、ジャッドにとって重要な〔秘密〕に変わりはない。それが吉と出るか凶と出るか、ゴハンは測りかねていた。


「……。『貴様はとんでもないものを盗んだ。』ね。それが〔アーロンの捕獲〕に繋がってんだから、せめて記憶があればな~」

ゴハンがあくびまま、背もたれをしならせる。

その時だった。まるでタイミングを見計らったかのように、ゴハンの携帯が鳴り響く。


着信画面にゴハンは片眉を下げフゥンと一声、携帯をつまみあげて見せた。その着信画面にパスタがまばたきひとつ。

画面は〔NO BODY〕のみ。番号は表示されていなかった。

「なんだこれ、〔NO BODY〕……?」

「偽装回線による匿名ホットラインの総称。正体不明の宛先ってやつ」

「ええっ? 出て大丈夫なやつなのか?」

パスタの質問に答えるかわりに、ゴハンは遠慮なく通話ボタンを押した。

「は~いもしもっし。俺チャンでェ~す」


『返して』

女の声だ。低くハスキーだが涼やかで、しっとりとした色気がある。パンとパスタが目覚めたようにゴハンを見た。

ゴハンは人差し指を口元にたて、軽く頷いた。口パクで〔ジュリアだ〕と伝え、スピーカーをオンにする。

「あ、ごめんごめーん聞いてなかった。なに?」

『すっとぼけんじゃないわよ、あんた達が盗んだんでしょ』

ナイフを突きつけるような声音に、ゴハンは温泉旅行客のようにのんびりと受け答える。

「あ~らら悪いねえ、計画書一式ならもう提出しちゃったぜ」


『違う。イヤリング』

「は? マジでなにそれ」

はたとゴハンとパンがパスタを見る。パスタがごそごそとポケットに手を突っ込んでいたからだ。

パスタが取り出したのは、銀色のイヤリング1つ。小さな猫の可愛らしいシルバーイヤリングだ。

2人はそれに見覚えがあった。ジュリアの恋人……サムソン手作りのイヤリングだ。


「取っ組み合いの時に袖に落ちたみたいで……」

パスタは言うなりスピーカーだったことを思い出し、とっさに口元に手をやった。つっこむ気もないゴハンとパスタの冷ややかな視線が刺さる。

そして、携帯からも呆れたような溜息ひとつ。

『……〔スパ・ルトラ〕にて待つ。イヤリングを持って、そこの間抜け1人で来て』

それだけ言って、一方的にぶつりと切れた。


3人見合って、さてとデスクに向き合う。その中央には〔スパ・ルトラ〕の地図があった。

ゴハンがヤクザのようにずいと前にかがむ。

「俺たちの次の仕事は、今回遭遇した【北条ジュリアの追跡】だ。ジュリアちゃんが逃走した地下水路は〔スパ・ルトラ〕に繋がっている。さっきの電話で熱烈なご指名をうけた場所だよ。……ってなわけで、このまま〔スパ・ルトラ〕に行くぜ」

パスタは一瞬言葉詰まった。軽く眉を上げ、両掌をぱっと広げる。

「……よくわからないけど、タイミング良すぎやしないか?」


ゴハンは余裕綽々に、片眉を下げて見せた。

「じゃ行きません、ってわけにゃいかねーだろ? 頑張ってこいよ、間抜け君」

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