1-2:飛行盤
MIB一行を乗せた飛行盤が風をきる。
メインルームでは流れる絶景を背に、ツンツン茶髪頭ことゴハンと、白髪ハンサムことパンが書類に目を通していた。
デスクに足をのせたゴハンが、書類を軽くひらつかせる。
「あーあ、可愛い女の子だったらテンションあがんのにさ。ヒゲまみれの浮浪者とか罰ゲームかよ」
それにパンは鼻息一つ、ゴハンの足先を軽くペン先で叩いた。足を下ろせのそれだ。
「いずれにせよ、アーロンを生け捕りにするまでのチームだ。円滑に任務を遂行できるよう、仲良くやるしかない」
「わかった上でめんどくせーっつってんだよ」
足を降ろしたゴハンは大きなあくびひとつ、書類にサインを流す。パンはやれやれと書類をまとめたのだった。
洗面所でさっぱりしたロレンツォは、ハサミを探していた。ヒゲや髪をばっさりやろうと思ったが、カミソリどころかハサミすらない。あるのは綿棒と歯ブラシ、それと避妊具だけだった。
避妊具を1つ手に取る。きっとあのイケメン達の御用達なのだろう、自分とは無縁のサイズにウエスタンポリスのように目を細めた。
「……へー、イボつき立体リングXXLね」
ぼそりと呟き、親の仇のように開封する。根本部分をライオンのように噛み切ってヘアゴムにし、肩につくほど長ったらしい髪をひとつ束ねたのだった。
壁窓から見える景色はかなりの絶景だった。こんな状況でなければ、爽快な空の旅を楽しんでいただろう。
さてと支給された衣装袋を開く。MIBとして支給されたスーツは、黒いジレベストタイプだった。緑のタイを締め、しゃんと背を伸ばし鏡を見る。やんわり光る胸元のレンズに、ロレンツォは肩を落として溜息一つ。
MIBの目的は、自分を殺した男【アヴァロン・ジェーンの捕獲】。
殺人犯の逮捕なんて警察の仕事だろうが、とつぶさに思う。軍事組織が動くほどの人物が、なぜ自分を狙ったのか? 最後の記憶を思い出そうとしても、霧の中にいるかのようだった。
「アヴァロン……アーロンだっけ、とにかくアーロンを捕まえることができたら家に帰れるんだ。わけわかんないけど、とっとと済ませよう」
メインルームのドアを開けると、ツンツン茶髪頭と白髪ハンサムが書類を見流していた。
ソファに腰かける2人は真剣そのもので、ロレンツォをチラリとも見ない。手持無沙汰のロレンツォに、白髪ハンサムがふと声を投げる。
「本部に口を忘れたか」
ロレンツォはその言い方にちょっと面食らって、両手を軽く広げて見せた。
「2人の名前を教えてくれないか? 名前を呼べないのは不便だ。俺はロレンツォ・パッツィーニ。よろしく」
差し伸べられた握手に、白髪ハンサムはやや力を込めて握手を返した。手の大きさもさることながら、なんと力の強いこと!
「パン、だ」
ロレンツォはパンの力に思わず声をあげて手をひっこめ、今度はツンツン茶髪頭に向き直った。
握手をさしのべる前に、ツンツン茶髪頭はチラリともこちらを見ず「ゴハン」とだけ言い放つ。なんとも生意気なガキンチョだ。
仕切りなおすように、ロレンツォはさてと小さな咳払いひとつ。
「よろしく、パンくんとゴハンくん。言っちゃなんだが、覚えやすくてユニークな名前だな」
それにツンツン茶髪頭ことゴハンが呆れに舌打ちを返した。
「本名なわけないだろ。お前もたいがいだぞ」
言って、出張証明書をロレンツォの足元に投げた。拾い上げたロレンツォが、自分のコードネームに目を丸くする。
「俺のコードネーム、パスタ!?」
ゴハン、パン、そしてパスタ。そりゃ覚えやすいコードネームだけどよ、と喉元まで出かける。
確かにパスタは大好物だ。ことトマトパスタにおいては毎日だって飽きないだろう。
そう思ったとたんなぜかふと、湧き上がるようにあの女の子が頭に浮かんだ。テレマ研究施設で会った、可愛い金髪の女の子のことだ。思い出しただけで、くすぶるような淡い温かみが胸をうつ。
「……そういや、一緒にいた子は今日はいないのか? 防護服を着た、長い金髪の女の子」
ゴハンとパンが、チラとロレンツォことパスタを見る。妙な間があった。
「それが何だ」とパン。
なんだか問い詰められているような空気に、パスタはちょっとまごつきつつ軽く返す。
「いや、別に何ってわけじゃないけど……。その」
言いかけ、思い出す。可愛かったなあと。そんな気持ちを悟られぬよう、パスタは軽く続けた。
「謝っておきたくてさ。言い訳じゃないけど、あの日は連日徹夜でどうかしてたから」
その時だった。ゴハンがわざとらしいため息ひとつ。
「16歳のバージンにならともかく、イモくさい浮浪者に言われても全然嬉しくない」
確かに小綺麗とはいえないパスタは、眉の間を微かに曇らせた。
「俺の名前は浮浪者じゃなくてロレンツォだ……。言っておくが、テレマ研究施設でのこと俺は忘れてないからな」
ゴハンの視線がチラと上がった。やおら立ち上がり、パスタの肩を軽く突き飛ばす。足先を踏まれていたことに気付くも遅し、パスタはあっという間に尻もちをついた。
「わっ……何するんだ!」
とたん、大きな背が間を隔てる。「ゴハン、喧嘩はよせ。P(内申点)が減る」
パンはそう言いもって、大きな手でパスタをぐいと立たせた。エスコートのようなその立ち振る舞いに、パスタは思わずどきりとする。
ゴハンは悪びれもなく椅子に腰を落とし、デスクにどんと足を乗せた。そのまま悠々と足を組む。
「顔も悪けりゃ態度も悪い、爪楊枝みたいなヒョロガリのくせに一丁前な口きくからだ。お前は俺たちに同行して【アーロンの捕獲】をしなきゃいけないわけ。三下風情が口出す権利あると思うなよ」
パスタは服をはらいつつ、フンと鼻息ひとつ。やけに突っかかってくるゴハンの様子は、嫌悪というより拒絶に近い。
(どうしてこのガキはこんなにあけすけに態度に出せるんだ? 今まで注意してくれる仲間がいなかったのか?)
ゴハンの目はどこか、親友ジャンの過去を彷彿とさせた。虐待児だったジャンも、最初は暴言や暴力をふるう奴だったのだ。
そうすることでしか自分を守れなかったのだろう、と親父が言っていた過去を思い出す。一度でもそう感じてしまうと苛立ちはたちまち萎れ、一言物申す気にはなれなかった。
口を紡ぐパスタに、パンが静かに言い添える。
「言葉に気をつけろ。ゴハンの階級は俺たちより上だ」
「本当に? パンくんの方が上じゃないのか? ゴハンくんはどう見ても未成年だ」
疑いかかるパスタに、パンは面倒くさげに目を眇めた。
「この界隈でお喋りは嫌われる。一人前になるまでは背を見て学べ」
飛行盤が静かに空を飛ぶ。
爽やかな青空とうってかわって飛行盤の雰囲気は最悪だった。無言の空気は針の筵のようだ。
とてもじゃないが、いいチームにはなれそうにはなかった。