表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MIB3rd contact  作者: 光輝
■2話:スパ・ルトラ
10/10

2-5:元イルミナ佐官さんよ

マホガニー製の柱時計が、ぼうんと時を刻む。


「ご苦労だった」

ジャッドは執務室の椅子に深々腰かけ、大きく足を組んだ。やり手のコンサルタントのように指先を合わせる。

「北条ジュリアには逃げられたが、パスタの記憶が再生されるのは大きな収穫といえる」

ゴハンとパンを一瞥し、一言一句迷いなく続けた。

「生存が確認された北条ジュリアは〔北条家虐殺事件の全貌を知る重要人物〕だ。事件の裏付けとしてまたとない生き証人となるだろう。アーロン捕獲にもいっそうの気合が入るというものだ」


ジャッドがかっこよろしく指先を鳴らすと、空中パネルに画像がいくつか展開された。それには、MIBが秘密基地で回収した証拠品一式が映っていた。

「貴様らが回収した白いスーツ、手袋やその微物、ショットガンやワッズ……。いくつもの鑑識の結果、この白いスーツは半年前アーロンが着ていたものだと確定した。アーロンはこのショットガンで、パスタの頭部を打ち抜いたというわけだ。これは単なる目撃情報とは違い、パスタ殺害の確固たる証拠となるだろう」


黙ってきいていたゴハンが軽く片手をあげる。

「上官殿、ちょっといい?」

チラと視線が合うも、ジャッドの視線はすぐパネルに戻った。適当に喋れといわんばかりに片手をひらつかせて。

そんなジャッドにゴハンはややイラつきつつ、つとめて冷静に質問を投げた。

「今回の件で、気になる点がいくつかあったんだよ。現場側としちゃ報連相の徹底をお願いしたいとこなんだけど」

ジャッドの椅子がくるりと向き直る。

「ほう。言ってみろ」


ゴハンはずいと1歩前にでた。

「イルミナ戦闘員のミリアム、イルミナの前会長の愛娘エレナちゃん、聖イルミナ医院の院長サムソンと、その恋人ジュリアちゃん。で、……イルミナ系列のテレマ研究施設にいたロレンツォ・パッツィーニ、そいつを殺したイルミナ上層部の男アーロン。アーロンは俺たちの元同胞とはいえ、どいつもこいつもイルミナに繋がってやがる」

ゴハンは手振りをつけて、やり手の弁護士のように続けた。

「イルミナは俺達の敵組織だ。今はARの教官として教鞭をふるってるけどさ、偶然にしちゃ無理があるんじゃない? 元イルミナ佐官さんよ」


それにパンが前に出た。汚いものでも見るかのように眉間にしわを寄せ、壁のように立ちふさがる。

「不敬にもほどがある。口を慎め」

ゴハンはかまわず、パンの背のジャッドに声を投げた。

「エレナちゃんと俺らを遭遇させたのもお前の差し金だろ? 裏でこそこそと何企んでんだよ」


張り詰めたような静寂があった。ふいに、ジャッドのくつくつと喉を鳴らす音が響く。そしてすぐ、吹き出すような一笑に変わった。

「仕事に感情を挟むな、か……くくく」

アイスティーの水滴がコースターを濡らしている。ジャッドはアイスティーを一口、笑い呆れるように長嘆息ひとつ。その顔は苦みを含んだ、言いようのない笑みをたたえていた。ジャッドは余裕綽々に肘をつき、こめかみに指をあてゴハンを見る。

「いや……マスからハミ出す駒があるか、だったかな? 上手いこと言うじゃないか、実に良い言葉だ。裏でこそこそ嗅ぎまわってるとは思えないほどな」


ゴハンの眉尻がぴくりと動く。ぴんと空気が張り詰めた、その時だった。

隣室の休息室のドアが勢いよく開け放たれた。


「今何時だッ!?」

目覚めたパスタがドアを開けるなり叫んだ。面食らうゴハン達に構わず、ジャッドが柱時計をちらと見る。

「15時だ」

「15時!? うそだろ!?」

パスタはガッデムに両手で髪をかきあげ、旅行鞄に飛びつくなり携帯を叩いた。

「14時に交通整備のバイトが……ああ~くそっなんで携帯のパスが違うんだ! やばいやばい、今月シフト全部まわさないと携帯が止ま……、あ」

ふと抜け落ちたような顔になり、呆然とした視線がMIBに向く。

「俺、あれ……? そうだ」

夢の内容を思い出そうとするかのように、パスタはあやふやな指先をMIBに向けた。

「えーと、確かお前らに無理矢理連れてこられたんだ……。アーロンの捕獲、だっけ? ……ツンツン頭がゴハンって名前で……あれ? 俺、MIBになった?」


ゴハンがちらとジャッドを見た。

「なんか記憶戻ってなくない?」

ジャッドは視線をパスタまま、ふむと顎先を揉む。

「どうあれ修復はできているはずだ。完全復活には何らかのきっかけや、時間が必要なのかもしれん」


パスタは携帯を鞄に戻し、問い詰めるような足取りでジャッドのデスクに手をついた。

「なあ、現場責任者はあんただよな。このMIBの仕事って日当いくらなんだ?」


「日当?」とジャッド。驚いたのか、ちょっと両眉を上げて。

パスタは苛立ちまま、小刻みに頷いた。

「ああ。俺には金がいるんだよ。実家に送金しないと借金の返済日が……」

言葉尻が消え、今にもクシャミをしそうに顔を上げる。「……ああ~だめだ、気持ち悪い、なんだこの感覚……!」

言うなり、落ち着きなく歩き回る。その姿はまるで電柱まわりを嗅ぐ犬のようだ。

「急がなきゃ、ああでも何に? 課題忘れてる? バイト忘れてる? いや俺もうMIBだって」


せわしなく歩くパスタに、ゴハンが呆れにパンにふる。

「なんか貧乏学生の末路みたいなこと言ってんね」

その瞬間だった。パスタの靴先がゴハンに向く。問い詰めるように歩み寄り、ゴハンの胸に指先を向けた。

「誰が貧乏学生だ、このウニヘッド!」

ウニヘッドことゴハンは吠えるパスタをじろりと睨みあげ、その手を軽く払った。

「んだよ、高級食材のウニ様なめんな」


手を払ったのが火に油だったか、パスタはさらにいきり立ち、激昂にまくしたてる。

「うるっさい! 俺だってキャンパスライフを充実させたかったっての! 皆がサークルだスキーだバーベキューだ騒いでる時に! 同期がサークルの可愛い後輩とやりまくってる時に! 俺は……ばっ……バイトとッ勉強ばっか……ッ!」

言うも涙 語るも涙か、声を潤ませ悲壮に歪むパスタの顔に、ゴハンがウゲッと顔をしかめる。


隣のパンは心中察するように目を伏せ、ゆっくりと頷いた。

「……人生は長い。誰にでも苦労話はあるものだ」と。


そのとたん、パスタが怒りをあらわにパンに吠えあげた。

「ハンサムマッチョに俺の苦悩がわかってたまるか! 死に物狂いで勉強して、やっとの思いでセリオン大の理学部に入って、金のために将来性ある研究職についたのに、お前らの起こしたテロでクビ!

その上〔貧乏でブサイクなのに、職がないとか将来性なさすぎ〕って彼女にこっぴどくフラれて! 家族に迷惑かけないよう実家への振込だけは滞らせることなく、毎日その日暮らしのバイトで食いつないでるんだよッ!」


唾を飛ばす勢いでつっかかるパスタに、ゴハンが心底楽しそうに大口開けて笑った。

「ははは、なんだこいつ面白」

笑うゴハンに、パスタは開き直ったピエロのように大きく両手を広げてみせる。

「ああ笑えよ、バカ面晒して笑ってろ。こちとら家賃払えず宿なし車中泊だ、なのに手元に残るのはいくらだと思う!?」

言うなりジャッドに指をさす。まるでクイズ番組だ。

ジャッドはちょっと考えて、「……15万くらいか?」


「ハイ残念3万でしたッ!!」

パスタはバキュンと指先を上げてみせ、両手で3を作ってコメンテーターのように回って見せる。その目はヤクでもキメたかのようだ。

「3万ぽっちだよォ~ガソリン代含め~! 休憩中コンビニ弁当食べてるときに、リア充どもがゴミを自分の足元に捨ててきた経験あるか!? ないだろ、クソッどいつもこいつもいい面しやがって! やりまくってんだろ、爆発しろ!」

何もない空を蹴るさまに、思わずジャッドが笑って、パンもたまらず顔をそらしふきだした。


パスタは宙を馬鹿みたいに蹴ってまた、早歩きで歩きはじめる。苛立たしさを体現したような足取りに余裕はない。

「くそ、ざわざわする。なんだこの感覚……!」


ため息のように笑い終えたジャッドが、手元のTVリモコンをポチと押す。

TVパネルに映るは、ワンダフルTVの特番だ。ピアノ演奏とともに、イルミナの会長マラークの結婚祝いの報道が流れる。

同時、パスタの歩みがぴたりと止まった。MIBがはたとパスタをみる。パスタはしばらく棒立ちでTVを見ていたが、視線そのまま近くの椅子に腰かける。その目は論文を査読する研究員のようで、真剣な面持ちでTVを見つめていた。


いつまでそうしていたろうか。特番がCMに切り替わる。パスタは憑き物が落ちたかのように、さてとジャッドに向き直った。

「……で、給料はいくらだ?」

「歩合制だ」

ジャッドの言葉に、パスタはうんざりに肩をすくめてみせ、挑むように膝に肘をついた。

「言うと思ったよ! 必要経費も自腹って、このご時世に狂ってんのか? 足元みて言葉巧みにやりがい搾取するな、労基に訴えるぞ」

ぴしゃりと言って、警告のように指先をジャッドに向ける。

パンがじろりとパスタを睨むが、ゴハンは「そうだそうだー」と拳を上げてヤジを飛ばすばかり。


ジャッドは小ばかに鼻息ひとつ、挑発するかのようにパスタに顎をあげた。

「うちは信賞必罰。努力・能力・実力のある者へ、正当な報酬を与える。ゆえに半日で何百万も稼ぐ奴もいる。アーロンを生け捕りにできれば、一生遊んで暮らせる金を土産に、大手を振って家に帰ることができるだろう」


金の匂いにパスタがぴくりと反応する。さっきまでの舐めた態度は消えうせ、賞金稼ぎのような笑みで口角を上げた。

「OKOK、アーロンの捕獲は任せろ」

「いい返事だ」

さてと切り替えるように、ジャッドの椅子がくるりと回る。MIBを順にしっかり見て、指揮官らしく指揮を執った。

指を一つ鳴らし、空中パネルに画像がいくつか展開される。パネルにはいずれも、ビル街のチャイナタウンが映っていた。

ジャッドがペンライトでパネルを指す。

「回収した弾丸と線状痕から、ショットガンの出所が特定できた。アーロンがパスタを撃ったショットガンは、チャイナタウンの闇市で売られた密造銃だ。闇市場は桜連合の縄張りだが【 桜蘭 】に会うことができればスムーズに事が運ぶだろう」


パスタが真面目に片手を挙げる。

「質問いいか? 桜蘭(おうらん)って誰だ?」

「桜連合直系カデンツ頭目、桜連合次期総帥の女だ。平たく言えば中国マフィアの愛娘」


パスタはカデンツという名称にぎょっとした。カデンツといえば、知らぬ者はいない有名な中国マフィアだ。有名すぎて国外問わずゲームや漫画にも登場するほどだ。無論、悪役として。その代表格に会うだなんて想像を絶する話だ。

パスタは思わずゴハンとパンを見た。2人はマフィアに一切全く動じる事なくパネルを眺めている。その目は数々の修羅場を乗り越えてきた男の目だ。


ジャッドがペンライトを胸ポケットに挿す。

「しかし桜蘭は1年前のロレンツォ殺害事件以降、表舞台に出ていない。……が、貴様になら顔を出すはずだ」

ジャッドとパスタの目が合う。パスタは振り返って誰もいないことを確認し、自らの胸に手をやった。

「え、俺? 俺はアーロンだけじゃなく、中国マフィアとも関係があったのか?」


「桜蘭は事件当日、アーロンをその目で見た生き証人だ。殺害当時の証言は、有力な証拠の一つとなるだろう。顔見せついでに調書をとってこい」

ジャッドは淡々と告げ、パスタにピストルのようなハンドサインを向けた。

「桜蘭は、パスタに関する情報を保有しているはずだ。その中に、アーロンへと繋がる何らかの手がかりがあるかもしれん。【 アーロンの捕獲】のため、【桜連合の桜蘭に会って、アーロンの情報を抜いてこい 】」



MIBは敬礼ひとつ、飛行盤を飛ばした。

相変らず、窓から見える景色はかなりの絶景だ。


遠くなる本部を見るパスタは、トランペットを欲しがる黒人の子供のように窓に張り付いている。

ゴハンは丸めた地図でその頭をポンと叩き、デスクに地図を広げた。

「桜蘭ちゃんか、なっつかしいな。飼育部からの依頼にかこつけて、俺達に接触してきた女だ」

パスタは頭をかきつつ、ふぅんと頷いた。


パンがタブレットをスワイプし、それぞれの服を発注する。するとすぐに、クローゼットから電子レンジの呼び出し音が響いた。服を取り出したパンが、ぼんやりするパスタに衣装袋をつきだす。

「じきに到着する、さっさと着替えろ」

パスタは頷いて、衣装袋を受け取った。脱いだり着たりと忙しいモンだなと頭半分思いつつ、ふと胸元のレンズに目がいく。

レンズ。あの女の子がつけていた、虹色のペンダントルーペだ。

弱々しく涙を落としていたあの顔を、忘れた事は1日だってなかった。……でももう、過去の話なのだと。

幸せそうな笑顔に、妙な焦りは萎れるように消え失せた。どこか遠くにぽつんと置き去りにされたような気持ちだった。

パスタは寂しさにも似た胸の痛みに蓋をして、目前の目標に意識を集中させる。


目指すはセリオンのビル街、チャイナタウン。

MIBを乗せた飛行盤は、セリオンの空を矢のように抜けたのだった。


 ──3話へ続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 登録なくても書けるのかな?(ヘルプ読みよみ) ということで2-5まで拝読いたしました! 1. とても繊細でやさしくきれいな書き出し。幻想的な雰囲気から一気にSF(UFO)感へのイメージ移行…
[一言] 2話まで読了。推しのジュリアちゃんがBigになって再登場でウキウキです! あんな惨劇の後で不謹慎ではあるが、ロレンツォさんの記憶のバグりっぷり勢いにクスりときちゃいました。彼の記憶が完全に戻…
2024/05/05 15:33 メビウスノカケラ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ