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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第3章

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84 ザナの想い

 ペトラは身を乗り出すように聞いていたが、その顔には大きな疑問符が張り付いたままだった。


「さて、話はこれくらいにして、実際にやってみようか」


 少し場所を移す。


「まずは、このちっちゃな石にしよう。まず、この石は何でできているかを考える作業から始める……」

「何でできてるかと言われても……それは見た目のこと?」

「分解作用を使うときに、作用力で相手を探るでしょ? 同じようにやってみて……次に、中に入るための入り口を探す……」

「うーん。どうすればいいの?」


 一度、こつをつかめばそこから先に進めるが、この最初の段階が最も難しい。人に簡単に教えられることではない。自分なりの方法を見いだす必要がある。あとはペトラの努力しだいになる。


 しばらく、実践が続いたがなかなかうまくいかない。まあ、初日はこんなものだろう。




「今日はこれくらいにしよう。ここから先は、ひたすら自分で試すことしかない。わたしもね、ここを越えるのに一番時間がかかったわ。だから、すぐにできるようになるとは思わなくていいの。そのうちフッとできるようになる瞬間が訪れるから」

「はい、わかりました。また、明日もお願いできますか?」

「もちろん。さて、帰る前に少し休憩しようか。作用力を連続して使うと知らないうちに疲労がたまるの。これはね、すぐに回復させる必要があるんだよ。そうしないと強くならない。若いうちは気づかないことが多いけど。さあ、この残りの果物を食べてエネルギーを補給するといい」


 ペトラは素直にうなずいた。




 立ち上がるとあたりを見回す。だいぶ離れたところを歩き回っているペトラの守り手を発見した。いつからあそこにいたのだろう?


「ペトラ、あなたの守り手もお茶に呼んだら?」


 ペトラの後ろを指差すと彼女は振り返った。

 クリスが遠くであたりを監視しているのに初めて気づいたようだった。両手を口に当てて大声を出した。


「クリス、こっちに来て!」


 かばんからカップをもう一つ取り出してお茶を入れると、そばにやってきたクリスに手渡す。


「ありがとうございます」


 近くの岩に腰掛けたクリスに向かって話す。


「ここには、不審者などいないし誰も近づかない。ペトラ国子(こくし)の安全は保証するわ」

「もちろん、それはわかっています。これは、単にわたしの任務ですから。それに少し体を動かさないとなまってしまうので」


 あらためて、クリスを眺める。


「基地には練習室がいくつかあるわ。そこを使えるように手配しておきましょう」

「感謝いたします。とても助かります」


 彼はそれっきり黙ってしまった。




 少しして、ペトラが話し始めた。


「クリスは、前からわたしの護衛をしてくれているの。とてもいい人よ。いろんな意味でね」


 クリスは慌ててお茶を飲み干すとカップを返してきた。


「ごちそうさまでした。それでは、わたしは先に戻ります」

「もう、帰っちゃうの? ねえ、ザナとおしゃべりしたら? とっても楽しいよ」


 ペトラの顔をまじまじと見つめる。


「楽しい?」


 クリスも同時に同じ言葉を発するのを耳で捉え、思わず彼を見ると、向こうもこちらに顔を向けていた。慌てて、ペトラに顔を戻す。

 ペトラは何も聞こえなかったかのように話を続けた。


「クリスはわたしの遠い親戚なの。もうひとりの護衛、ディードの師匠でもある。クリスは、力軍(りきぐん)の参謀なのだけど、姉が、つまり、第二国子が執政館付きに引き抜いたの。だから、わたしの護衛だけど、力軍の仕事もしているの」


 なるほど。あらためてクリスの全身を検分する。

 クリスはすでに立ち上がっていたが、慌てたように歩き出し、あっという間に見えなくなった。その姿を追いながら考える。


 今の話からわかることは、オリエノールの第二国子はペトラをとても大事にしていることだ。ペトラの本当の姿、特別な作用力のことも、やはり知っているのだろうか?



***



「作用力って使うほど強くなるんですか?」


 ペトラの突然の質問に現実に引き戻された。少し考える。


「それはね、程度問題よ。訓練の最初に聞かされたと思うけど、作用力は一度に使いすぎると本人の寿命が縮まるのは知っているわね」


 うなずくのを確認して続ける。


「でも、適切な間隔で繰り返し使えば、だんだんなじんでいくの。そうすると力を的確に使えるようになり同時に力も増すの。まあ、たとえが悪いけど運動するのと同じことよ」

「そうなんですか。知りませんでした」


 下を向いて、いま言ったことを考えているようだ。まあ、国子はほかの作用者によって守られる立場だし、あまり重要なことではないか。




 しばらくして、ペトラは顔を上げこちらを見た。


「あなたのことをお聞きしてもいいですか? 失礼なことになりそうでとても怖いのですが……」


 いつか好奇心旺盛なペトラにそう聞かれると思っていた。


「わたしの外見のことね?」


 ペトラは少し赤くなったが小さくうなずいた。


「別に失礼でも何でもないわ。わたしは、自分の出身に後ろめたさはこれっぽっちも感じていないから」


 遙かなる故国について聞かせてくれる母を誇りに思ってはいるけれど、そのおかげでたいてい苦労してきたのも事実。


「わたしの祖母は西の六国の一つ、ローエンの出身なの。産まれて間もなくメリデマールに移り住んだ。いわゆる政変というやつのおかげでね。ほかの家族はみな失われた。母は占領前のメリデマールで生を受けたけど、インペカールの侵攻から逃れて、今度はウルブに移住したの」


 どのような苦労があったのかは、ほかの人からも聞かされた。


「見てのとおり、わたしも西国の作用者の血を受け継いでいる。今はインペカールに住居があるし、インペカール人ってことになっているけど、自分の所属するべき国はどこなのか、どこであるべきなのかはいまだにわからない……」




 ペトラは少し考えたあと聞いてきた。


「以前に他国事情の書で、ローエンの攻防と支配者暗殺について読んだことがあります。その政変のときに大勢が国外に脱出したと書いてありました。産まれて間もない皇女(こうじょ)が唯一の生き残りという話も。それと関係あるんでしょうか?」


 思わずペトラの顔を見つめる。少し話しすぎたか……。


「あの、すみません。よけいなことに首を突っ込むなとよく言われるんです。つい疑問を口にしてしまって……」


 ペトラは小さくなった。


「そうね。さっきの話は別に秘密でもなんでもないから構わないわ。ペトラの推察どおりよ。祖母とその守り手たちは、敵対者に捕まる前に船で脱出してメリデマールにたどり着いた」

「そうするとやはり、ザナのおばあさんはローエンの皇女なんですね?」


 すぐにペトラの言葉を言い直す。


「皇女だった、よ。わずか数日の間だったけど」


 ペトラは何度もうなずいた。


「そうすると、ザナもローエンのお姫さまなのですね」


 この飛躍には絶句するしかなかった。気を取り直して訂正する。


「どこに国を持たない王族がいるの? 祖母には帰る国はなかった……。すでにこの世にいないしね。母はメリデマール生まれで帰るべき国はもはやない。西にも南にも。わたしも今はただのインペカール人。わかった、ペトラ?」

「はい」




 しばらくして、またペトラが尋ねてきた。


「あのー、アレックスとはどういうご関係ですか?」


 思わずペトラの顔を見る。


「あ、つまり、おふたりは、そのう……。すみません、またよけいなことをお聞きしました……どうか忘れてください」


 しどろもどろのペトラはとてもかわいらしい。思わず抱きしめたくなってしまう。おっと、いけない。


「ペトラが聞きたいのは、わたしとアレックスが一緒になるのかってこと?」


 ペトラはこくりとうなずく。自然と笑みが浮かんでくる。屈託のないペトラに質問されると別にいやでも何でもないのが不思議だ。これは一種の才能かもしれない。


「そうね……どうかしら。わたしたちはいわば、昔からの戦友、といったところよ。ともに修羅場を何度もくぐり抜けてきたし、お互いを尊敬し信頼もしている。でも、これまで彼が連れ合いになるなんてことは考えたことはなかった……。たぶんアレックスも同じだったと思う」


 そうは言ったものの、最近、この世界の行く末のことを真剣に考えるようになった。本当は、わたしの果たすべき役割のほうかもしれない。

 わたしは変化を望んでいるのだろうか。


 そろそろ、目の前の課題に向き合うとき。いつまでも避けていると彼女との(きずな)も失いかねない。

 どうしてか、諦めたように首を振りながらも笑みを漏らす姿が目に浮かんできてしまう。




 少し考えてからぽつりと話す。


「アレックスは、インペカール先代首長の跡継ぎのひとりだった……」


 ペトラの前だと何でも素直に話せるのはなぜだろう?


「先代の?」

「そう。本人はそのことを話題にされるのをいやがるからね」


 釘を刺しておく。アレックスはわたしとは違って繊細だから。


「先代とその家族が事故死して……アレックスを除いてね。それで、先代の親戚だった現首長がとって変わったの。そのとき、わたしたちは、国都から遠い阻止線で問題のある部隊を立て直すために苦戦していたのよ。装備が足りなくてね。そんなときに限って壁が破られた。あっという間にトランサーの大群に取り囲まれ大勢の仲間を失った……」

「すみません。いやなことを思い出させてしまって」

「構わないわ。つまり、わたしたちの生は多くの人たちの犠牲の上に成り立っている。わたしたちはいつもそのことに感謝しなければならない……」


 いやいや、感傷にふける場合ではない。立ち上がる。


「さてと、戻ってダンの処置の続きをやろうか」

「はい、どうもありがとうございました」


 立ち上がってぺこりとお辞儀をしたペトラは、かたづけを始めた。

 彼女はとてもいい子だ。シアの判断は正しい。


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