35 空からの景色
ランセルが空艇のそばで待っていた女性と言葉を交わした。その女性がこちらを向いて船の入り口を指差す。カレンは、シャーリンに続いて扉をくぐった。続いて女性が入ってくる。
前方には大勢の人が座っており、全員が忙しそうに作業している。別の女性が何か操作すると扉が閉まる。彼女は、船の後方に並んでいる座席を示した。
「そちらの席にお座りください」
三人が並んで腰を降ろすと、その女性は、少し離れた後ろ向きの席に、こちら向きに座った。
「保護ベルトを頭からかぶって、足の間と両脇に固定してください。こんなふうに。途中、かなり揺れるかもしれませんから」
向こうは天気でも悪いのかしら?
女性は、全員がベルトを装着したのを確認すると、振り返って、前方にいる誰かに手を回して合図した。すぐに、あたりに作用が沸き立ち始め、しだいに強まるのが感じられた。
空艇は、ゆっくり浮き上がると、まっすぐ徐々に上昇して、周囲の森より少し高い位置まで到達した。
景色がパッと変わった。青空の中に、深い緑に赤や黄色に彩られたこずえが、じゅうたんのように、はるか彼方まで広がる。その光景に圧倒された。
いきなり水平に動き出し、ぐんぐん加速する。洪水のように溢れ出てくる作用の波に覆われ、感知力を少し抑えた。こんなすごい力を感じるのは初めて。
本当に初めてかしら? 少しの間、記憶を探ったが、何の答えも得られなかった。ため息をつくと、両側の窓からの景色に見入った。
足元の装甲壁が開き下も見えるようになった。これで全方向が見渡せる。足元を森のこずえが飛ぶように流れていく。ぶつかるんじゃないかと、ひやひやするほど近い。
装甲を全部開放したのは防御フィールドを張るためね。あれ? どうして知っているのだろう?
耳を澄ますと、確かにアセシグを感じる。防御を張ったままこんな低空を飛ぶのはなぜ? 攻撃に備えるためだろうけど。
わたしはこういう船に乗った経験があるような気もしてきた。しばらく頑張ったが何も思い出せない。
そういえば、ダンが国都と連絡が取れなかったって言っていたっけ。国都で何か事故でもあったのだろうか。
隣では、ウィルが目を丸くして、興味深そうにきょろきょろ眺めている。下を見たときには思い切り顔をしかめていた。
***
眼下に見えていた森がいつの間にかなくなり、代わって草原や農地が広がる。遠くには多くの川が望める。ここはどのあたりかしら?
ロイスで何度も開いた、オリエノールの地図を思い起こしてみたが、よくわからない。
その時、船がいきなり左に傾くと急旋回しながら降下を始めた。前方に見えていた風景が急に真下の景色に変わり、ゴクリとつばを飲み込む。ずいぶん荒っぽいわね。何かを避けたのかしら?
船は高度をぐんと下げ、地面が急速に近づいてきた。思わず足を突っ張って墜落の衝撃に備えてしまうほど。船は下に現れた大きな川に沿うように優雅に向きを変えると、水面からさほど高くないところを進み始めた。
シャーリンもウィルも初めて見るかのように、あたりをきょろきょろしている。
カレンは目を閉じると、作用力に意識を集中して、すべての波動をそのまま受け入れた。アセシグ、生成者のファシグ、破壊者から湧き出るファセシグの力強い流れを感じ取った。
この船の中には感知者もいるのかしら。これだけ大勢の作用者が集まれば、入り乱れてよくわからない。しばらく作用力の流れに身を沈めると、それぞれの力がどこから出ているかが、しだいに視えるようになってきた。
もちろん感知者も乗っていた。それに攻撃者も。当然よね。どうやら、この船は臨戦態勢にあるようだし。感知者はどの人かしら? しばらく、浸透してきたシグを選り分けていくと、森の中で出迎えた女性がそれだとわかった。
あまり、感知力をあの人に見せないほうがいいわ。船の外に感知の手を伸ばしてみたい誘惑に駆られたが、それは、やめにした。
川の先には建物が並んでいる。だいぶ国都に近づいたようだ。さらに、少し飛ぶと、煙のようなものが視界に入ってきた。もう少し近づくと、白煙が何箇所からか上がっているのが見えた。
「シャーリンさま、あれ。何があったんでしょう?」
ウィルがしゃべっていた。シャーリンは前方を睨んだまま無言を貫いた。
これは、国都が何者かの攻撃を受けたってことかしら? それなら連絡がつかなかった理由とも符合する。そうだとしても、誰が攻撃してきたのかしら?
その時、気がついた。サンチャスが攻撃されたのも、ダンが誘拐されたのも関係あるに違いない。カレンは目を閉じて、考え始めた。
***
軽い震動のあと、空艇はぐるっと向きを変えて降下を始めた。
「カレンさん、着きましたよ。あれが執政館です」
眼下には非常に大きな建物が見えてきた。少なくとも三階まではありそうだ。ここが、昨日の夕方着くはずだった執政館。
想像していたよりずいぶん大きいというか、まさに巨大だった。これまでに行ったことがあるもっとも大きな町は、考査のときにも訪れた北西の国境に近いセイン。あそこには、これほどの建物はなかった。
シャーリンも目を凝らしていた。
「上から見ると大きいわね。気がつかなかったけど、けっこう複雑な形をしている。でも建物は美しいわ」
ため息が聞こえてきた。
着地するとすぐに、軍服姿の人たちが目に入った。向かいの席の女性が立ち上がり、離陸以来始めて口を開いた。
「ベルトのロックを解除してください。迎えが来ていますので、あとに続いてどうぞ」
シャーリンに続いて降りたカレンは、外のまぶしさに目を細めた。空をぐるっと眺めたが、ここからは、あの煙とか不穏な兆候は一切感じられない。
目の前の男がシャーリンに向かって話しかけていた。その背後には武器を所持した兵士たちが並んでいる。
「シャーリン国子、こちらへどうぞ。第三国子がお待ちです」
「ダニエルが? わかりました」
「そちらがお連れの方ですか?」
「こちらがカレン、それにうちの主事の子、ウィル」
「わかりました。ご一緒にどうぞ」
男は頷くと先に立った。
ああ、やっとついた。ミン・オリエノールに。当初とは違った形になったけれど、何とか面会には間に合った。
ここから始まる未知の体験。期待に胸の高まりが抑えられない。
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