表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第2部 第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

202/358

194 わたしの知らない人

 どうして力覚できなかったのかとカレンは考えていた。


 力覚は同性の親にしかできない。そして、わたしがイサベラの親であることは確認済みだと言っていた。ここまではいい。

 同調力も使えて、以前に覚えたのと同じように進んだのは感じ取った。イサベラともつながり、彼女の作用力をつかまえ理解し補強することもできた。何も問題はない。


 それでも、シャーリンはともかくメイの時と同じような感触だった。もし、双子の差があったとしても今回は問題なかったはず。

 そこで大事なことに気がついた。力覚はそもそも親が作用を使える時期に行われるとは限らないはず。


 つまり、子どもが初動した時には、作用がもう使えない歳になっていることだってある。作用が使えないから子どもを力覚できないとなったら、すごく若いときに授かった子どもにしか力覚のチャンスはない。それは、以前に多数のケタリがいたという話と合わない。


 ということは、同調力は力覚とは関係ないのだろうか。それとも、作用力を使い果たしたあとでも同調力だけは使えるのかしら。ああ、そういうことかもしれない。


 突然、ケタリでない作用者からケタリが生まれることもあったと聞いたのを思い出した。

 だとしたら、力覚に同調力が必須というわけではないことになる。ますますわからなくなってきた。


 いずれにしても、娘を力覚できないのは、やはりわたしの欠陥のせいだ。わたしがケタリとして不完全であることと無関係とは思えない。できそこないで使い物にならない、そういうこと。


 今さらながら、自分のことがつくづく嫌になってきた。このどうしようもない中途半端な力と肝心なときに何も答えてくれない記憶。

 誰か教えてくれる人がいないとこのままではおかしくなりそう……。




 突然、国王に声をかけられた。


「少し話ができるかな。そなたの状態は報告を受けて理解しているつもりだが、それでも話がしたい」


 カレンは何とか自分の思考を切り離し、目の前のディランに意識を集中する。


「はい、国王がお望みならば拒むことはできません。わたしは囚われ人ですから」


 ディランが口をピクつかせるのが見えた。


「そなたにしたことは不届きな所行であった。誠にすまない。本当にそなたにはわしの、ディランの記憶は一片たりとも残ってはおらんのか?」


 カレンは、ディランの顔を見上げて記憶をかき回したが、もちろん何も出てこなかった。

 首を横にゆっくりと動かした。


「そうか」


 そのまま待っていると、突然ディランが言う。


「すまないが、お茶に付き合ってもらえるか?」




 カレンはディランに続いて部屋を出ると、外で待っていたペイジの案内で別の部屋まで移動した。前日にイサベラとともにしたテラスとは違う場所である。そこから見える景色は、町の向こうに草原と遠くに連なる山脈であることから、北側に面した部屋のようだ。


 そこで待っている間に、お茶の道具が運ばれてきてテーブルに並べられた。

 着替えが終わったディランが部屋に入ってくるとカレンの向かい側に腰をおろす。その顔はすっきりとしていた。


 お茶が注がれる間、ディランは無言でこちらを見ていた。

 準備が終わると彼はほかの者たちに部屋を出るように命じた。

 扉が閉まるなりディランは話し始めた。


「わたしはこの日を心待ちにしていた。と同時に、恐ろしくもあった。これは試練であることはわかっている。それに、今は何から話していいのか正直わからない……。君は記憶を失っていると聞いた。つまり、当時のことを何も覚えていないのか?」

「あなたにお目にかかるのは初めてです。わたしの記憶の中では……」

「ディランと呼んでくれ。確かカレンといったかね? わたしが君に会った時、君はケイトと名乗った」




 えっ? ケイトと名乗った?

 どういうことだろう。わたしが双子の名を偽った? どうして?


「ケイトというのは君の、双子の姉妹の(あざな)だね」


 そう言いながらディランは考え込むようにこちらをじっと見た。


「はい、そのようです。わたしにはケイトの記憶もないですけれど」


 そこで答えにたどり着いた。


「実際、あなたはケイトと会ったのではないのですか? わたしではなく。きっと……」

「いや、あれは間違いなく君のほうだ。ケイトではなく」

「どうしてわかるのです? わたしたちはほぼ同じです、たぶん」

「それは……君の印象、それに、立ち居振る舞い。すべてがわたしの記憶のままだ。それに、イサベラは君の娘だ。それは調べでわかっている。君がイサベラの母親であることは裁定所にて確定している」

「わたしにはわかりません。でも、イサベラがケイトの娘だとしたら、わたしに力覚できないこともあるのでは?」


 そう言いながらディランの顔を見て何かわからないかと必死に頭の中を探る。十七年前のディランの顔を想像しようとしたが、どういうわけか再びレオンの顔が浮かび上がってくる。カレンは頭を振ってその幻想を振り払う。


「ケイトであるはずがないんだ。彼女はイサベラの母親ではない。君が母親なのだ」

「どうしてわかるのです? ケイトに会ったことがないのに。それに、検査間違いの可能性もあります……」


 ディランは首を横に動かした後しばらく黙り込んだ。


 あらためて考え込むディランを見つめる。この人の第一印象は悪い人ではないと言っている。わたしの直感を信じるなら、彼は嘘を言っていない。あのイサベラの父親であるからには。


 イサベラだってとてもいい子だわ。

 でも、本当にわたしはこの人と……。

 突然ディランの話が再開された。


「あのとき君はわたしを助けてくれた。そればかりか……。わたしがどんなことをしでかしたのか君が知ればきっとこのディランを憎むだろう。それでも、それでも、わたしは、君に会いたかった」

「どういうことですか? いったい何があったのですか。どうして、イサベラがあんな……」

「記憶をなくしている君が当時のことを知れば、あらためて君に苦痛を与えるに違いない。わたしはどうしたらいい? 記憶をわたしの中に封じ込めておけば、それはそれで君を裏切ることになる。それに、別に話して気を晴らそうというわけではない」

「それでも、わたしは知りたいです。わたしが知らないまま、このあとあなたやイサベラと何もなかったかのように話ができると、そうお思いですか?」


 ディランはしばらく迷っているようだった。その顔にどうしようもない苦悶(くもん)が見えた。いったいどんな恐ろしいことがあったのだろう?




 しばらく黙っていたディランは大きく息をついたあと苦痛に満ちた表情で話し始めた。


「……気づいているかどうかわからないが、イサベラの視力には問題がある」


 やはりそうか。でも、昨日は最初の日ほど不自然には感じなかった。


「はい。何となくそうではないかと思いました」

「気づいていたか……。医師によると、あれは毒が関係していて……強くなるとほとんど見えなくなるらしい。色覚もずれるみたいで不自由している。日ごと症状は進んでいるみたいだ……」

「それでは、この先……」

「ああ、医術者が言うにはいずれ失明する恐れがあるという。そんな娘に次の王の責務を負わせるのは実につらいところだ。でも、あの子はとても実直で有能で、わたしよりもよっぽど王に向いてると思う。イサベラがケタリとなれば誰も文句は言わないだろうし、長らく不安定だったイリマーンも盤石となり、そなたとともにトランサーの海を消滅させることも可能なはずだ」

「毒とおっしゃいましたね。どうしてそんなことに……」

「それは、このわたしに原因があるのだ。君と出会ったあの日……」




 その時、扉が壊れんばかりに激しく(たた)かれた。

 ディランが顔をしかめた時には、すでに、ブランの姿が部屋の中にあった。その顔は真っ青だ。


「父上、セプテントリアが……」


 ディランは椅子を蹴倒すように立ち上がると大声を出した。


「なに? どうした?」

「壁が突破されたとの連絡が……」

「すぐに行く。とりあえず、予備隊をすべて動員しろ。急げ!」


 ブランが走って出て行くと、ディランは厳しい顔をこちらに向けた。


「こんな時にすまない。戻ってきたら続きを話す。少しだけ、あと少しだけ時間をわしにくれないか」

「壁が破られたのですか?」

「そうらしい。あそこを崩されるとかなりまずい。何とかして食い止めないと」


 カレンはうなずいた。

 ディランは大声で誰かを呼びながら部屋を出て行った。

 あとに残されたカレンには、話の続きを想像するしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ