15 あそこに何かある (アレックス)
カティアの発言をアレックスは吟味していた。
ちょっと間があったあと、フィルが顔を上げ反論した。
「これまで、一点集中突破なんていう手法をやつらが取ったことはないぜ。そもそも、そんな作戦を立てる利口な頭すらない」
さらに手を動かしていろいろ調べていたカティアが再び声を出した。
「おかしいわ。少し前から、第7の防御出力がたまにだけど変動している。負荷の余裕は十分あるから心配ないとは思うけど、ちょっと気になるわね」
再び窓のそばまで戻ると、アレックスは、もう一度、感知の手を伸ばして確かめてみる。じっくり視ると、ほんのわずかだが、圧力が他より強く感じられるところがある。
目をあけてその方向を確かめるが、当然、目視で違いは見えない。遠視装置を使ってもはっきりしなかった。
このとき、背中がほんの一瞬だがゾクッとした。
「ほかの隊はどうなっている?」
「余力は、7番が0・27、6番と8番が0・32、他はだいたい0・3ってとこね。どれも通常値の範囲内ではあるんだけど……」
アレックスは自分の席に戻ると、各ブロックの交番隊の現在位置を確認した。
「カト、一応、7番隊に状況を知らせといてくれ」
「わかったわ。えーと、原隊の72、それに交番隊の73に知らせます。たぶん向こうでも気づいているとは思うけど……」
先ほど感じたひやっとした感触が、なぜか、状況が変わった瞬間を示していた。あのときと同じだ。
記憶が押し寄せてこようとするのを、テーブルに置かれた手を握りしめて、何とか振り払う。
大きく息をついた。
まずは、後方にいる、非番の隊の現在地をチェックしなければ。それが終わると、カティアが見ていた負荷の履歴を呼び出し表示させた。
これまで、このようなことはなかったはずだ。やつらは地面の上を薄く広がって、行く手のものを消滅させながらひたすら前進する。
もちろん障がいがない場合だ。決してむだに重なり合ったり集まったりはしない。
急に数が増えたという情報も今のところない。
夕方近くになってから、わずかだが、このブロックだけ負荷が増加し、その両隣は逆に減少している。
本当に、やつらは、カティアが言ったように、あのブロックに集まってきているのだろうか。あるいは、単なる偶然か、動きの揺らぎによるものなのか。たとえば、地面の状態が違うということも考えられる。
でも、もし、意図的に向きを変えているなら、何かやつらを引きつけるものが、あのあたりにあるはずだ。
いや、そもそも、フィールドの出力は低下していないのか?
目を閉じて考えていると、部屋の扉がすっと開く音に続き、軽やかな足音がした。目をあけると、外はすでに真っ暗。
見上げる。月明かりはなしか……。
椅子を回して振り返ると、ザナが目の前に立ってこちらを見下ろしていた。
灯りを落とした薄暗い部屋の中でも、インペカール支給の黒の制服をきっちりと着こなしているのがわかる。いつものように、まったくすきのない格好。
今日は長い黒髪を緩くまとめて背中に流していた。ふんわりとして滑るように動くカティアとはいささか対照的すぎる。
アレックスは首を振るとため息をついた。
「やあ、ザナ、おはよう。どうやら、やつらは作戦を変えたらしい」
彼女の黒い瞳にモニターの光がきらりと反射し、眉は問いかけるようにせり上がった。アレックスはくるりと椅子を戻すと、目の前の表示を指し示した。
「ここを見てくれ。この時点から72の負荷だけが、わずかだが、上昇傾向にある。フィールドの出力低下ではないとカトは思っている。そうだとすると、この両隣との境目付近を移動するやつらの進行方向が、もしかすると、こっち向きに変わってきたのかもしれない。そうだとしても、理由はわからんが」
テーブルに両手をついてモニターを見ているザナの横顔を眺める。椅子を後ろに引くと、これから取るべき体制を考えた。
少なくとも、今夜は引き継ぎも交替もなしだな。ため息をつく。
ようやく顔を上げたザナは、言葉を口の中で転がしているように見えた。だがすぐに、アレックスと同じ結論に達したようだ。
「つまり、ブロック7の防御フィールドのこっち側に、やつらを引きつける何かが存在するかもってこと?」
アレックスはうなずいた。
「そう。ただ、今のところはあくまで可能性にすぎない。こっちの変化予測を見てくれ。このまま何もしないと、遠からずフィールドの余力がなくなると、こいつは言っている」
モニターをコツコツと叩いた。
いつの間にか隣にカティアが立っていた。
「7番の守備範囲を縮めて両側のフィールドを広げようか?」
「とりあえず、時間稼ぎにはなるわね」
ザナは首をちょっと傾げた。
何か思い当たることがあるらしい。手を振って先を促した。
「左隣の6番隊はウルブの連中だから、横移動には慣れていないでしょ?」
ザナはフィルをちらっと見ながら付け足した。
「手際よくやれるかがちょっと心配」
フィルはすぐに、ザナの言わんとすることに気づいたようで、こちらを向くと答えた。
「まあ、うちらは正規の軍隊じゃないからしょうがないだろ。そこは、カトがうまくさばいてくれるさ。だろ?」
「大丈夫。あたしにまかせといて」
「よし、各隊の再配置だ。段取りができたら、フィールドの出力低下がないかどうか、もう一度調べてくれ」
すぐに、カティアが離れて自分の席に戻り、作業を始めた。
それを見届けると、アレックスはくるりと向きを変えて、まだ後ろに立っていたザナの顔を見上げた。
「ザナ、こいつらの進行方向に何かあるのか、それとも何もないのかを知っておく必要がある。誰かを行かせて調査してほしい。モニターではこれまでのところ何も見えていない」
「了解、ボス。わたしが行く」
ザナはそう答えると、彼女の命令を待っているかのように、近くに黙って立っていたふたりに指示した。
「フィルとロイは空艇の出発準備を」
フィルはうなずくと、ロイを連れて部屋を飛び出した。
ザナは、後ろに座っていた戦闘隊管理官に手で合図をした。
「02の隊員に出撃命令。フルで頼む」
ザナは、先ほどまでフィルが座っていた椅子まで歩き、腰を落とした。髪を上にまとめながらカティアと話を始める。
ふたりを見ながらアレックスは考えていた。
それにしても、ここしばらくは、前線の位置は交替のときに少しずつ下がる他は、そんなに変わっていないはずだ。
どこが昨日と違うのだろう。たかが前日からの数十メトレの後退で、やつらの欲する目標が急に現れるとはとても思えないが……。
再び、あの日のことを考えそうになる。
あのときは、予備隊はなく、交番隊と非番隊すら全部はそろっていなかった。今回の準備は万全だ。
混成隊には違いないが、皆よくやっている。今度は、誰ひとり失うわけにはいかない。
アレックスは、話が終わって扉に向かって歩くザナの背中に話しかけた。
「ザナ、防御ラインを後退させる可能性もある。必要以上に壁に近づくなよ。常に距離を保て」
ザナは背中に回した左手を広げてひらひらさせると、扉を両手で押しあけて部屋を出ていった。頑張りすぎなければいいが……。
開いた扉越しに話し声が聞こえたあと、ザナと入れ代わりに、二人の男が入ってきた。どちらもまっすぐカティアの席まで近づくと、彼女の肩越しに、各隊への移動指示をしばらく見ていた。
それから、そのうちのひとり、初老の男が、アレックスのほうにやや近づいてくるとにんまりとした。
「今夜は長くなりそうだな。とんでもないことになりそうな予感がするよ、はっはっはっ。まずは、熱いものを入れてくるとしよう」
そう一方的に言うなり、向きを変えて壁際に並んだ飲料機に向かってゆっくり歩いていった。
やれやれ、あんたまでそう思うのかい。これはよくない兆候だ。
「レナード、お手柔らかに頼みますよ」
まったくよくない。何か見落としたことはないだろうか?
アレックスは、すでにカティアの隣の席に陣取っている、もうひとりに声をかけた。
「セス、船の位置を常にモニターしておいてくれ。交番隊のフィールド展開を妨げる位置には出すなよ」
「わかってるって、アレックス。ちゃんと見ているから。……カト、そっちのデータを全部回してもらえる?」