98 ケイトの家 (シャーリン)
ウルブ5の川港で泊まったあと、翌朝早く、全員が車に乗って南に見える低い山を目指した。
ディードの運転であまり往来のない道をかなりの速度で進む。ミアは例の地図を写し取ったものを手持ちの地図と並べて比較していたが、しばらくすると、遠視装置を顔にあてて前方に向けた。
「この地図が正しければ、前に見えている左側の山の中腹が目的地だな。途中で道が分かれているからそこを左に曲がる」
「了解」
ミアは地図と写しを後ろの席に回してきた。受け取ったメイがさっそく地図を調べ始めた。
前方を行く車は数台だけ。後ろを振り返ってみたが、ほかの車はまだ遠い。
シャーリンは前を向いて深く座り直した。心地よい揺れに身をまかせているとだんだん眠くなってくる。
「空艇が見えます」
ウィルの緊張した声で目を覚ます。
「どこだ?」
前からミアの声がする。頭がかなり揺れる。振り返るがここからは何も見えない。
「町に向かってるみたいです」
「こっちに来るんじゃないなら問題ない」
そういえば、昨日、帰ってきたミアから聞いたっけ。車を借りるときに難儀したと。街中の混雑も激しかったらしく時間もかかった。何かあったのかな。
登り道に差し掛かってからしばらくすると、ミアが後ろを向いた。
「ここまで来ると、あの地図が示していた位置はこのあたりのどこでもありだな」
地図を見ていたメイが口にした。
「この道は山の上まで続いているわ。それに、これ以外に道はなさそうね」
ディードは少し速度を落としてから振り返った。
後ろから来た車に抜かれる。
「そうすると、目的地はこの道の途中のどこかってことになりますね」
さらに一本道をどんどん進んでいく。全員が左右に流れる景色を注意深く見ていた。
左側には道路に沿って低木が並んでいたが、切れ目がちらっと目に入った。
「ディード、止めて!」
木々が隠していて見逃すところだった。
車から降り走って戻ると、確かにここだけ木の枝がまばらだ。張り出した木の枝を避けるように体をかがめて歩く。下に土が出ている。間違いない。元は道だったということだ。
少し進んでから立ち上がって奥を見ると、さらに道が続いているのがわかる。振り向くと、車が戻ってくるのが見えた。
入り口のところで待っているミアに大声で報告する。
「ここから中に入れるみたい。奥まで行ってみます」
「ディード、車は置いていこう。ここからは歩きだ」
さらに進むと、突然、目の前に草っ原が広がりその向こうには木々に囲まれた建物が見えた。
すぐ後ろからディードの声が聞こえた。
「長い間、使われていない道だな、これは」
ディードに続いて現れたウィルが隣に立ち上がるなり感嘆の声を上げた。
「これはすごい。あ、大きい家がある。あれですか、ミアさん?」
「わからない。とにかく行ってみよう」
***
建物を見上げながらぐるりと一周したが、入り口らしきものが見当たらない。けっこう大きい建物だ。これは個人の家ではない。何かの施設らしい。
ミアも頭を反らして眺めていた。
「二階には窓があるが、一階には何もない。木の壁にぐるりと覆われている」
「どこから入るんだ?」
ぐるっと回って反対側から現れたディードが、壁に手を滑らせながらつぶやいた。
「二階から入る?」
そう言ったとたんに、ウィルがこちらを見た。
「シャーリンさま、自分の家じゃないんですから、普通に入りましょうよ」
メイがこちらを見て笑っている。
「冗談ですよ」
壁を調べていたウィルが言い始めた。
「この板、隠し扉かも」
メイは近づいてウィルが指摘した壁に両手を当てて押していたが、最後には隣の壁板に、手で押すと開く小さな扉を発見した。中を覗いたあと振り返って言った。
「ここに、印があるわ。赤と緑で表された円。たぶん、これね」
メイは自分のペンダントを服の中から引っ張り出すと、印のあるところの下の穴から上に向かって差し込んだ。
すぐに、隣の壁板が少しだけ後ろに下がってすき間ができた。そこを横にずらすと目の前に扉の取っ手が現れた。
メイは振り返ってすぐ後ろにいたミアの手を引っ張ると扉の取っ手にのせた。
ミアが取っ手の中のボタンを押し上げるカチッという音が聞こえた。
慎重に扉を押し開いたミアの肩越しに中を覗く。薄暗くて最初は何も見えなかった。
全員が中に入った。
シャーリンは、背後で扉が自動的に閉まり最後にカチッというのを聞いた。いやに音が反響する。
建物の中は薄暗くてほとんど何も見えない。すぐにディードが灯りをつけあちこちを照らした。太い柱がたくさん立っている。
部屋の中央に光を向けたディードが手を伸ばした。
「あそこに大きな階段があります。あの上のほうは少し明るいようです」
何となくここは倉庫のように見える。
階段のそばまで行って裏側を覗き込んでいたウィルが報告した。
「向こう側に部屋がいくつかあるみたいですよ」
それを聞くなり、ディードも一階の奥に向かった。
ウィルが階段の裏を回って反対側から現れ尋ねてきた。
「それで、何を探せばいいんですか?」
「ウィル、それがわかってれば誰も苦労しないよ」
そう言ったミアを残りの四人が見つめた。
「手分けして調べよう。ディードとウィルで一階、残りの者は二階に行こう」
階段を上がると、そこは大きな回廊になっていて、両側にたくさんの部屋が並んでいた。ミアが左へ曲がったので、分かれて反対方向に進む。
一番手前にある部屋の扉の取っ手を引くと、きしんだ音が響き渡った。
「ここは厨房ね。広いわ」
メイはそう言うと脇をすり抜けて中に入っていった。
奥にもう一つ両開きの扉がある。押してあけると予想どおり食堂だった。かなりの人数が一度に座れそうだ。ということは、ここは宿泊施設なのだろうか。
中には入らず戻る。メイは壁際にずらりと並んだ棚の中を確認していたが、くるっとこちらを向いた。
「その向こうは?」
「食堂らしい」
廊下に出て隣の部屋に進む。
ここは何だろう? 棚があるだけの部屋だった。食料庫かな?
その隣はどう見ても洗濯室だった。やはり、ここは宿泊所らしい。
ケイトは宿泊所を運営していたのだろうか? それにしては、ここは町から遠いな。ここに泊まる人の目的がまったく想像できない。
さらに隣は小さな部屋だった。
ベッドと机。ここが宿泊者の個室か。しばらく同じような一人部屋が続いた。