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猫、逃亡を試みる 1

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 目が覚めたら、朝でした。


 あまりに突然だったファーストキスに、フィリエルの脳は完全に思考停止して、そのまま気を失ってしまったのだ。

 そして、朝起きてみたら、リオンの腕の中にいた。

 どうやら抱き枕よろしく、リオンはフィリエルを抱きしめて眠ったらしい。

 しっかりとフィリエルを抱きしめる腕の中からどうにか這い出すと、フィリエルはベッドから飛び降りた。


(今のうち今のうち……)


 猫生活をどう謳歌するかはまだ決めていないが、とにかくこの城からは逃げなければならない。

 フィリエルは城から、そしてリオンから逃げて自由になるために猫になったのだ。

 このまま城で飼われては、さしずめ囚われの王妃が囚われの猫に変わっただけだ。意を決して猫になったのに、まったく意味がない。

 足音を殺して窓に近寄ったフィリエルは、試しに窓ガラスをカリカリしてみた。だが開かない。


(ま、鍵がかかっているのは当然か……)


 何と言っても国王陛下の寝室である。二階とはいえ、窓の鍵をあけっぱなしにしておくのはあまりに不用心だ。

 フィリエルは窓からの逃亡を諦め、今度は部屋の扉へ向かった。

 ぴょんと跳躍してドアノブに飛び移ろうとするも、真鍮のつるんとした球状のドアノブは滑ってうまく爪が引っかからなかった。


(むむっ、もう一回!)


 もう一度大きく飛び上がり、今度は両前足でがしっとドアノブを掴む。

 ぷらーんとドアノブにぶら下がってフィリエルは、さて、ここからどうしようかしらと考えた。


(左右に揺れてみる? うん、無理っぽい。じゃあ、蹴とば……したりしたら、外にいる見張りの兵士に怪しまれる? あ、でも怪しまれたら扉、開けてくれる?)


 兵士が扉を開ければその隙に逃亡できるはずだ。


(わたし、猫だけど賢いっ)


 にゃにゃにゃにゃ、とほくそ笑んでフィリエルは体を揺らして大きく反動をつけた。


 そして――


「こーら! いたずらしたらダメだろう?」


 よしいまだ蹴とばすぞと後ろ足でキック体制に入ったところで、ひょいっと誰かに掴まれてフィリエルは飛び上がった。


「にゃああっ」

「はいはい、お腹がすいたのか?」


 フィリエルを捕らえたのは、ベッドで健やかな寝息を立てていたはずのリオンだった。


(気配! 気配なかった‼)


 そういえば、リオンは剣の手練れだと聞いたことがある。

 実際に剣を握っているのは見たことがなかったが、まあ、ほとんど会わなかったのだから仕方がないだろう。

 魔女や魔法使いの数が非常に少なくなって久しい現在、国の防衛を魔法に頼る時代ではなくなった。

 ゆえに有事のときに剣を持って戦えるよう、王族も幼い頃から剣技を習わせられるが、リオンはとりわけ剣の才能があったらしい。


(猫なのに! わたし、猫なのに!)


 あっさり背後を取られて、軽くショックを受ける。

 猫は警戒心が強く気配に敏感なはずなのに、捕まるまで気が付けなかった。


「それからリリ、扉で遊んでもいいけど、鍵がかかっているから開かないよ?」

「にゃっ」

(鍵ぃ‼)


 そうだ。鍵がかかっているのは窓だけとは限らない。外に見張りがいるからと言って、扉の鍵が開いたままのはずがなかった。

 がくっとうなだれていると「よっぽどお腹がすいたのか」と元気がなくなった理由を空腹と勘違いして、リオンがベルを鳴らした。

 ややして部屋にやって来たメイドに「リリのためにホットミルクを」と伝える。

 どうでもいいがミルク以外にも食べたいのだけれど、いつ気がついてくれるのだろう。


(ハムとか食べたいなー。お魚でもいいなーって、ちがーう! 逃げ出さないと!)


 食べ物のことを考えたからだろう、口の中が唾液でいっぱいになった。


「リリ、よだれが……。本当にお腹がすいていたんだな」

「にゃうっ」


 口からじわりとあふれ出たよだれを拭われて、フィリエルは恥ずかしくなって暴れる。

 よだれを拭かれるとか、ない! 女として終わってる気がする!


「こらこら、もうすぐミルクが来るから。仕方がないなあ。ほら、おいで。今日は特別だよ」


 リオンがそう言って、棚からクッキーの入った缶を取り出した。

 リオンもクッキーを食べるんだとなんとなく不思議な気分で見ていると、缶からクッキーを一枚取り出したリオンが、それを半分に割ってフィリエルの口に近づける。


「はい。あーん」

「にゃーん」


 食べ物! と反射的に口を開けると、甘いミルククッキーが口の中に入れられた。


(クッキー美味しい! 美味しい! おいしーい‼)


 猫になると味覚が変わるのだろうか。それほど珍しくもないミルククッキーがものすごく美味しく感じられる。


「にゃーにゃー」

(もう一個、もう一個! そっちもちょうだい!)

「はいはい」


 二つに割ったもう一欠けを口の中に入れてもらう。


(ああ、幸せ)


 みゃーんと甘えてリオンの手にすり寄ったフィリエルは、そこでハッとした。


(わたし、餌付けされてる‼)


 なんてことだろう。

 こうもあっさり食べ物につられるなんて、猫って! 猫ってえ‼


「もう一ついる?」

「にゃあーん」

(ああ、抗えない!)


 とりあえず、逃亡作戦については後から考えようと、フィリエルはあっさり食欲に陥落した。






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