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人間をやめた王妃 2

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(猫になったはいいけど、何をしようかしら? 自由になったことがないから何をしたらいいのかもわからないわね)


 うっすらと雪の積もる裏山をぽてぽてと歩きながら、白銀の毛並みの美しい猫――フィリエルは考える。

 白銀の毛並みは人だった時のフィリエルの髪の色で、瞳も人だったころと同じ紫色だ。ヴェリアに鏡を見せてもらったときは、面白いものだなと思った。

 ヴェリアの暮らす塔から出て、最初は薄く積もった雪の上に猫になった自分の足跡をつけるのが楽しくて走り回ったが、だんだんと寒くなってきてそれもやめた。


 ――いいかい? あんたの言葉は、あたしにしかわからない。他の人間にはただの猫の鳴き声にしか聞こえないからね。困ったらあたしのところに来ればご飯くらいは出してあげるから、まあ、念願の自由を満喫しておいで。


 そう言ってヴェリアはフィリエルを見送ってくれたが、早くもヴェリアの暮らす塔の中に戻りたくなってきた。あったかい暖炉の側で丸まってぬくぬくしたい。これは猫の習性だろうか?

 とはいえ、自由を満喫したいと豪語しておいて、ものの三十分で戻るのはいかがなものだろう。


(もうちょっと探索しようっと)


 ふるふると毛に薄く積もった雪を体を震わせて落とすと、てってってっと走り出す。

 空を見上げると、うっすらとオレンジ色に染まりはじめていた。


(あと一時間くらい探索して、ヴェリアのところでご飯をもらおうっと)


 ついでに寝床も借りよう。

 この先ずっと自由なのだ。これからどう生きるのか、今すぐ決める必要はない。

 このあたりで生活するにしても、どこかを旅するにしても、ゆっくり決めればいい。


(それにしても、目線が低いとなんだか別世界にいるみたいな……)


 何もかもが大きく見えるなと顔を上げたフィリエルは、ぎくりと硬直した。

 がさっと茂みを揺らす音がして、大きな耳をした動物が顔を出したからだ。

 ふわふわの毛並みに、吊り上がり気味の目。くわっと開けた口は、とても大きく――


「にぃやああああああああああ‼」


 フィリエルは絶叫した。


「にゃー! にゃー! にゃあああああああ‼」

(狐ぇ――――‼)


 猫の目線では、狐がこんなに怖いものだとは思わなかった。

 人間だったときのフィリエルなら、狐を見かけてもふわふわもふもふで可愛いなあと思う程度だっただろう。

 それなのに、猫のフィリエルには、恐怖しかない。


 みぃやああああああ――と絶叫して、ダッと駆けだす。

 わき目もふらずにひたすら走りまくったフィリエルは、べしゃっと何かにぶつかってひっくり返った。

 今度はなんだと顔を上げたフィリエルの目には、大きな二本の黒い棒のようなものが。


「にゃ?」


 いったいなんだと、さらに上を見て、フィリエルはピシィッと凍り付いた。


「に……ゃ」

「なんだお前、いったいどこから入り込んだんだ?」


 じりじりと後ずさって逃げだすより早く、ひょいっと大きな手に抱え上げられる。

 二本の棒だと思ったものは足で、フィリエルを抱え上げたのは人間だ。

 しかも――


「こんなに震えて、寒いんだろう? 仕方がない猫だな」


 くすくす笑いながら、フィリエルを腕に抱えるようにして持ち直したのは、フィリエルがよく知る人物だった。


(な、なんで……)


 どうやらフィリエルは、狐に驚いて逃げ回っているうちに、城の庭に入り込んでいたらしい。

 そして、迷い込んだ猫フィリエルを抱き上げたのは、夫リオンで。


「おいで。温めて上げよう」


 いまだかつて、こんなに優しく甘い夫の声を聞いたことがないと頭の隅の方で考えながら、フィリエルは茫然とした。


 猫生活初日。

 こうしてフィリエルは、逃げ出そうとした相手に捕獲されて、元いた住処に戻されることになったのだった。






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