はじまりの洞窟
加筆修正しました
目が覚めたら、見知らぬ天井があった。
ここは病院──ではなさそうだという事は、目が覚めてすぐに理解した。
だって、岩肌よろしくゴツゴツとさせちゃっている場所が病院であるはずがないだろ? ──いや、あるのか?
世界中を探し回ればこんな病院の一つぐらいは見つける事ができるかも知れないけれど、あいにくと俺が知っている病院の雰囲気とは段違いである。
俺の知る日本の病院は、もっと白を基調とした感じの清潔感あふれるイメージなんだよ。
「衛生的に大丈夫ですか?」と聞きたくなるような岩肌ゴツゴツさせた場所ではない。あってはならない。
まるでここは、いつぞやインターネットで見つけた本当かどかもわからない月の裏側の写真というやつにそっくりだった。
ざっと見渡した感じでは、広さはおよそ畳六枚分くらいか。
俺の暮らしていたワンルームマンションの部屋と同じくらいの広さだ。
窓や扉はどこにも見当たらないが、壁には火の灯されていない燭台がいくつか点在している。
おそらく、ここは洞窟だろう。
なぜ俺がこんな場所にいるのかはわからない。
不運にも俺は電車に跳ねられ、楽しい臨死体験を経験し、またすぐに死の間際に戻されて、臨終(多分)して今に至るらしい。
ファンキーな奪衣婆と三途の川での楽しい再会を期待していたのだが、俺は寂しく一人っきりで洞窟に取り残されているではないか。
あの騒がしくて愉快な仲間たちが恋しい。
ふわふわな愛犬に抱きついてわしゃわしゃする展開になっていなくて、期待外れも甚だしい。
ホームシックになりそうだ。しかも。
(──なんだこの視界は?)
俺が逝っている間に世界に何が起きちゃったわけ?!
俺の目に見える全てのものが、禍々しい赤色に染まっている。
洞窟の雰囲気と相まっておどろおどろしいなんてものじゃない。
RPGならば、ラスボスがいつ登場してもおかしくない、ホラーな雰囲気を醸し出している。
まるでナイトビジョンで覗いた世界をそのまま赤黒く染めたような感じ、と言えばわかりやすいだろうか。
ナイトビジョンは、たいてい緑色に調整されている。可視光線の波長の中間の色が緑色で、最も知覚しやすい色であるとされているからだとか。
~ちなみに、可視光線とは太陽から降り注ぐ電磁波の一種で、人間が目で感じることができる波長のものを言うんだ。波長の短い方から紫・藍・青・緑・黄・橙・赤の順。ついでに言うと、紫よりも波長の短い光は紫外線、赤よりも波長の長い光は赤外線だ。何となく覚えておいても損はない。以上、メシア君の豆知識~
うんちくはともかく、目が覚めたら俺は洞窟にいて世界は禍々しい赤色に染まっていたってことだ。
今のところ、色酔いはしていないから助かる。
赤色のサングラスでも使っていると思えば、なんとか乗り切れるかも。
今置かれている状況をもっと把握するためにもそろそろ起き上がらなければ。
そこで俺は、ある重大な問題に直面した。
(──か、身体が動かない……。そんなバカな)
もう一度起き上がろうとするが、何度やっても意味がない。
これはいったい、どういう事だ?
運動部で鍛えたはずの俺の腹筋はどこに消えた?
俺の身体に何が起きているんだ?
ええい、腹筋がダメならば、手だ。手を使って起き上がれば良いじゃないか。
(…………)
ここでまた新たな問題点が浮かび上がってしまった。
手の筋力もが完全に機能を失っている。
指先すら動かす事ができない。
視線は上下左右、好きなところを自在に見る事ができたのに、俺の身体は石のように硬直していて、微動だに動かない。
(──詰んだ。完全に詰んでいるぞ)
俺はこれからどうすればいいんだ。
こんな展開は望んでいなかったぞ。
目が覚めて洞窟にいたら、誰もが素敵な展開を期待しちゃうじゃないか。
洞窟からスタートした主人公が洞窟を探検して初めてのお友達を作るのがセオリーなんじゃないの?
俺の物語は、序盤からすでに詰んでいた。