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一週間の死神  作者: スポンジ
一章 木曜日
8/27

僕と母と願い

「ただいまー。帰ったぞー」

 台所で、夕食の支度をしていると、間延びした声が玄関から響いてきた。ちゃりちゃりと鍵のぶつかり合う音と共に扉が開き、スーツを着た母が入って来た。

 紺のパンツスーツに、グレーのコートを着ている姿は、仕事のできるキャリアウーマンといった風貌で格好良い。コートを無造作に放って、スーツでだらけている姿は、見なかったことにしたい。


「母さん、コートとスーツはハンガーに掛けて、着替えてからくつろいで!」

「あんたはあたしの母親か」

 息子だよ息子。

「たく、仕方ないなあ」

しぶしぶという体で、母は自室へ向かう。夕食の支度が終わるとほぼ同時に、着替えた母が自室から出てきた。

「今日の夕飯も美味そうだねえ」

「はいはい。冷めないうちに食べてよ」

 いつものやりとりが心地良い。「いただきます」と手を合わせる母に続いて、僕も手を合わせる。家族でご飯を食べられるのは幸せだ。


「そういやあ、あんたあの子とどうなの?」

 食事中の不意な問いに、何のことか首を傾げる。

「あの子?」と聞き返すと、母は得意げな、こちらからすると腹立たしい顔をして続ける。

「決まってるじゃないか。文芸部の可愛い後輩ちゃんだよ」

 こちらをニヤニヤと見ている母。非常に居心地が悪い。


「どうなのも何も、冬野さんは冬野さんだよ」

 僕がそう言うと、母は呆れたように天を仰ぐ。額に置いた手の下にある目は、僕を心底見下げ果てていた。

「それでもあたしの息子か! あんな子、この先あんたの前に二度と現れないんだから、今のうちに捕まえておけ!」

 否定はできないのが悔しいが、感情のままに言い返す。


「余計なお世話! 大体、なんで冬野さんのこと知ってるんだよ!」

 母と冬野さんを会わせたことなどないはずだ。

 母は怪訝な表情を浮かべる。

「何言ってんの。あんたが会わせたんじゃない。その年にしてボケたか」

「いや、そんな覚えはないんだけど」

「あれ? たまたま道で会ったんだっけか?」

――まあ、何でもいいけどさ。

 そう続けて、母はこちらを真剣な瞳で見つめる。

「今のうちに手籠めにしておけ」

 母さん、せめて言葉を選んでくれ。


 僕は家事が好きだ。家事の時間は考え事をするのにうってつけだからだ。染み付いた体の動きと並行して、考え事をすると、思いも寄らない発想に辿り着くことがある。「洗い物くらいはやるよ」という母の提案を断ったのも、この時間を確保するためだった。


 今日考えていたのは、もちろん死神のことだ。帰宅して早々、携帯電話を充電しながら、死神について調べてみたのだが、残念ながら目ぼしい情報は出てこなかった。明日は学校の図書室に必ず行こう。少しでも似たような話があればいい。それを元にして情報を集めなければならない。


 洗い物の量と反比例して、焦りが積もってゆく。じりじり追い詰められているような気がして、居ても立っても居られなくなる。今すぐに情報集めをしたい。夜とはいえ時間はまだある。さすがに学校や図書館は閉まっているとはいえ、古本を売っているチェーン店などはまだ開いているだろう。


 食器洗いを終え、コートを羽織る。母に「ちょっと古本屋に行ってくる」と言うと、「転ばないように気を付けろよ」と冬野さんと似たような忠告が返ってきた。高校生になっても、母からすると僕はまだまだ子どものようだ。


 小一時間ほど、古本屋にあるホラー関係の雑誌や本を漁って見たが、無駄足に終わった。――いや、無駄足ではない。古本屋に情報がなかったことがわかっただけでも収穫だと考えよう。心も体も母と冬野さん二人の安全のために止まるわけにはいかないのだから。


――明日は絶対に糸口を見つける。

 どんなにか細い糸でも手繰り寄せる。諦めない。立ち向かうのだ。そのためなら、どんな手段だっていとわない。何でもする。だから。

 それはきっと誓いで祈りで願いだった。

 冷え切った両の手を見つめて、まだ動くのを確認するように握りしめる。

「よし」

 そう言って僕は、古本屋からの家路を走り始めた。

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