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六話


 馬車へと辿り着き、二人で乗り込むと悲しそうに表情を曇らせているジェイクに、セレスティナは両手を握って明るく声を掛けた。


「ジェイク様……! そんなに気落ちしないで下さい! 今が一番お辛い時期で、この期間を乗り越えればきっとレーバリー嬢と幸せな時間を過ごせるようになりますよ!」

「──そうだろうか」

「ええ、勿論! だから暗いお顔は辞めて、レーバリー嬢と過ごす週末の事を考えて下さい」


 どよん、と気落ちしていたジェイクがセレスティナの言葉にちらり、と視線を向けてくる。

 週末、とジェイクが呟くとフィオナと過ごす事に意識が向き元気が出てきたかしら? とセレスティナは考え「あともう一息!」と続けて声を掛ける。


「きっとレーバリー嬢もジェイク様と過ごせる週末を今か今か、と心待ちにしてますよ!」

「そ、そうか! きっとフィオナ嬢も楽しみにしてくれてるよな」


 表情が明るくなったジェイクに、セレスティナは心の中で「よしっ」と呟くと拳を握った。

 直ぐに落ち込んだり、でも人の励ましを素直に受け入れ直ぐに自分の感情を上向かせるジェイクにセレスティナは可愛らしい人だ、と微笑んだ。


(──え?)


 自分は、今ジェイクに何と思ったのだろうか。

 セレスティナは信じられない思いで、ジェイクに視線を向ける。

 当の本人はセレスティナの視線に気付いておらず、わくわくと週末の事を考え楽しそうに表情を綻ばせている。

 セレスティナは、自分が男性にそんな気持ちを抱いてしまった事に大きく動揺し、そしてこの気持ちは不味い、と瞬時に悟り頭をふるふると横に振ると、先程抱いてしまった気持ちを振り払うようにした。


 セレスティナの突然の奇行に、ジェイクは驚きの視線を向けるとセレスティナに声を掛ける。


「……セレスティナ嬢? どうした? 大丈夫か」

「え? あ、ええ。大丈夫です!」


 セレスティナはジェイクに先程抱いた気持ちがバレてしまわないように笑顔で答えると、週末の二人のデートの事に話題を切り替えた。


 これ、は不味い。

 自分は何て不毛な感情を一時でも抱いてしまったのだ。

 セレスティナは必死で先程の気持ちを忘れるように敢えて明るくジェイクとフィオナの二人のデートについて沢山助言をした。






 あれから、数日変わらぬ学園生活を過ごし、明日は休日だ。

 いつも通りジェイクに伯爵邸まで馬車で送って貰った後、セレスティナは自室のベッドに倒れ込んでいた。


「明日、明日──あの二人は共に過ごすのよね」


 この日を待ちわびていたジェイクは、前日からソワソワとしていて嬉しさが滲み出ていた。

 何度もジェイクに表情! と注意をした程だ。


 セレスティナは、自宅に帰ってから何故かずっと明日の事を考えてしまっている。

 このままでは当日の明日も悶々と考えてしまいそうだったが、明日は丁度よく予定がある。

 最初は一人で選びなさいよ、と思っていたが予定を入れてくれた自分の従兄弟であるフィリップに感謝した。


 二歳年上のフィリップは、セレスティナと同い年の婚約者がいる。

 もうすぐ婚約者の誕生日だと言う事で贈り物をしたい、と考えているが17歳の女性が何を貰えば喜ぶか分からないから買い物に付き合ってくれ、と言われていたのだ。

 フィリップの買い物に付き合って、代わりに今令嬢達の間で評判のカフェにでも連れて行って貰おう、とセレスティナは考える。

 美味しい物を食べて、気を紛らわせよう。


 そう考えると、セレスティナは夕食が終わった後湯浴みをしてさっさとベッドに入った。






「セレスティナ! 今日は付き合って貰って悪いね」

「いいんですよ、気にしなくて。最後に美味しいパフェが食べられる位で大丈夫です」


 翌日、クロスフォード伯爵家に迎えに来た従兄弟のフィリップが笑顔でセレスティナに声を掛けると、セレスティナも笑顔でフィリップに答える。


「お前は……昔から抜け目ないよなぁ。まあ、今日は俺の用事に付き合って貰うんだし、それくらいお易い御用だよ」


 呆れたように笑うフィリップに、セレスティナはにんまりと笑うと王都の貴族街へ二人で馬車に乗り込み向かった。






二人で貴族街を行先も決めず歩いていると、フィリップがセレスティナに視線を向けて唇を開く。


「今、セレスティナくらいの年の令嬢達の間では何が流行っているんだ?」

「──そうですね……恋愛小説だったり、身に付ける物だと華奢で可愛らしいブレスレットだったり、後は綺麗な羽色のカナリアを飼う事だったり、と様々ですね」


 フィリップの言葉に、セレスティナは少し考えるとつらつらと現在学園で流行っている事柄を述べていく。

 小説? ブレスレットはいいがカナリアか……と悩んでいる様子のフィリップに、セレスティナは笑いかけると、唇を開く。


「けれど、やっぱり好きな男性の瞳の色の宝石があしらわれた装飾品……特に今は髪飾りが流行ってますね」

「──そうか、そうか! 髪飾りはいいな、早速宝石店や装飾品店に向かおう!」


 うきうきとし出すフィリップに、セレスティナは苦笑すると、自分の手首を掴みぐいぐいと引っ張っていくフィリップに笑いながら着いて行った。


 その姿を、唖然とした様子でジェイクが見つめているとはセレスティナはまったく気付かなかった。




「セレ、スティナ嬢……?」


 屈託なく笑う姿を視線の先で捉えて、ジェイクは信じられない思いで唖然と呟いた。


 今日は、待ちに待ったフィオナとの逢瀬の日で、前日からそわそわとしてこの日をこんなに楽しみにしていたのに、視界の先で最近見慣れた茶色の髪の毛が揺れて、そちらについつい視線をやってしまった。

 そうしたら、普段自分には見せた事のない屈託なく笑う姿を自分の視線で捉えてしまってジェイクは衝撃を受けてしまった。


(俺、にはそんな風に笑ってくれた事がないのに)


 厚かましくもそんな事を考えてしまった自分に愕然とする。

 何故、こんなにも寂しいというような感情が自分の中に溢れて来てしまっているのだろう。


 ジェイクは、見たくないのにもう一度セレスティナの姿を追ってしまって、視界の先で二人が楽しそうに笑い合いながら宝石店に姿を消した所を見て何だか泣きたいような不思議な気持ちに襲われる。


 宝石店へと姿を消した、と言う事は二人は特別な仲なのだろうか。

 セレスティナは、どんな顔で隣の男性から宝石を受け取るのだろうか。

 そこまで考えてしまって、ジェイクは自分の考えを振り払うように頭を振るとフィオナと待ち合わせをしている令嬢達に人気の喫茶店へと肩を落としながら歩いて行く。

 二人で共にいる姿を見られてはいけない、と言う事からフィオナとは現地集合だ。

 喫茶店にしては珍しく、個室があるのでジェイクは予め予約を取っておりその個室で待ち合わせをしている。

 フィオナと会って、話せばこのもやもやとした不思議な気持ちも何処かに消え失せるだろう。


「──早く、フィオナに会いたい」


 ジェイクはフィオナに会いたいという気持ちで足早に喫茶店へと向かうと、迎えてくれた店員に自分の名前を告げた。






「あ、これなんかいいんじゃないかな?」


 フィリップが手に取った髪飾りを、セレスティナが後ろから覗き込むと表情を歪ませる。


「センスが悪い……」

「ええ!? 何処がだ!?」


 ギラギラと下品な程宝石があしらわれた髪飾りは重そうでもし髪の毛にそれを付けたらストン、と落ちてしまいそうな程重量感がある。


「こんなデザインの物を婚約者から貰ったら百年の恋も綺麗さっぱり冷めそうです」

「ええ……強そうで良いと思ったんだがなぁ」

「強そうって何ですか、強そうって。年頃の女性は華奢で繊細な細工の髪飾りが好きなので……そうだ、ここら辺にあるのがお勧めです」


 センスが壊滅的に悪い従兄弟のため、セレスティナは可愛らしい髪飾りが並べてある一帯を指さし、フィリップに教えてやる。

 この中から選べばそうそう趣味が悪い物を選ばないだろう、と思いセレスティナは髪飾りの前でうんうん唸っている従兄弟を放置して、ブローチの辺りに移動する。


(今は贅沢品を買う事は出来ないけど……可愛い……)


 セレスティナはブローチが並べられている一帯で足を止めるとある一つのブローチに目がいってしまう。

 先程フィリップに話したカナリアをイメージしたブローチで、瞳の部分が珍しくローズピンクの宝石が嵌め込まれていてキラキラと輝く瞳がとても綺麗だ。


 自分の家に余裕があれば、購入してしまっていた程可愛らしく、しかもお値段もお手頃で手に取りやすい。

 どうやら一点物らしく、他には同じような種類のブローチはない。

 洋服に付けるのも可愛らしいが、学園のバッグに付けても可愛いだろう。

 セレスティナがじっとそのブローチを眺めていると、後ろからひょい、とそのブローチを手に取る者がいた。


(──あっ)


 セレスティナは、誰かがこのブローチを気に入り、購入してしまうのだろうか、と少し残念に思ったが手に取った男は自分の従兄弟で、セレスティナに唇を開いた。


「これが気に入ったのか? ──今日のお礼にプレゼントするよ」

「──えっ!」


 にこやかに笑うフィリップに、セレスティナは申し訳ないからいい、と断ろうとしたがセレスティナが言葉を発する前にフィリップは上機嫌で婚約者に贈る髪飾りと一緒にセレスティナにプレゼントするブローチを持って会計へと向かってしまった。



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