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五話


 ジェイク・カートライトと言う男は清廉潔白という言葉が良く似合う男だ。

 侯爵家の次男として生まれ品行方正を絵に書いたような男でもあり、貴族の社交界の中でも度々話題に上がるような男だ。

 だから、そんな男が恋に狂い、欲に落ち狂う様を見てみたい、とフィオナは考えていた。


 あの真面目で女に興味がない、というような男が恋に狂い、自分に執着したらどんなに気持ちいいだろうか。

 だから、フィオナはじっくりと対象を観察して、自分に興味を持って貰えるよう、ジェイクが興味を持つような対象としてフィオナという人物を演じた。


「だって、あんなにかっこいい男が自分に夢中なんて最高じゃない?」


 フィオナはにんまりと自分の唇を笑みの形に歪ませると、馬車の窓から外の景色を眺める。


「面倒くさい事はあの貧乏貴族が引き受けてくれるし、ただ私はジェイク様と素敵な時間を過ごすだけでいいなんて最高じゃない」


 嫉妬に狂った女達の嫌がらせは全てあの貧乏貴族が引き受けてくれるのだ。

 自分はただ顔のいいジェイクとイチャイチャしていればいい。

 この学園生活の間だけ、見目のいい男と過ごす時間があればいい。

 他の女達が知らないジェイクの一面を自分だけが知っている、という優越感に浸れる。

 それだけでこのつまらない学園生活が素晴らしい物になるのだ。


「まあ、ジェイク様は次男だし、今この瞬間だけ楽しむには最高の男よね」


 フィオナは自分の髪の毛を指先に巻き付けて遊びながら「週末はどんな時間をジェイク様と過ごそうかしら」と週末の事を考えてわくわくと心を踊らせながら馬車から降り立った。






 学園の建物内では、数日前からジェイクの隣に何故か貧乏貴族のセレスティナ・クロスフォード伯爵令嬢の姿があるという事に学園に通う令嬢達が憤りを顕に噂話をしている所を良く目にする。


 そんな彼女達を横目に見ながらフィオナは優越感に酔い痴れながら素通りする。


(そんなにぎゃあぎゃあ言うなら、自分達だってジェイク様にアピールすれば良かったのよ)


 始めから色を含んだ目で、あわよくば、という欲望を滲ませながらジェイクに話しかけなければ真面目な男なのだから、普通に対応してくれるのだ。

 それをきゃあきゃあとはしゃぎながら用もないのに話し掛けてジェイクの時間を邪魔するような行いをするから令嬢達は避けられるのだ。

 もっと自分のように何故頭を使ってジェイクに近付かなかったのだろう、と不思議になる。

 学友として接近し、貴方を男として意識してますよ、という雰囲気を出さないで話しかければ過度に警戒されない。

 そして、女性に免疫のないジェイクを落とすのは容易いものだった。


 フィオナがふと視線を上げると、ジェイクと噂の貧乏貴族が連れ立って歩いているのが視界に入った。

 ジェイクは、フィオナの為にフィオナに危害が及ばないようにする為、偽の婚約者役として貧乏貴族であるセレスティナ・クロスフォードと取引を交わした、と聞いた。

 自分達が付き合っている、と言う事が周りにバレないようにしていると言っていたが何かジェイクが他の事を隠しているように思える。


 じっとフィオナが見つめる視線に気付いたのだろうか、ジェイクがフィオナに視線を向けて一瞬申し訳なさそうな表情をする。


(ああ、気にしなくてもいいのに)


 あまり学園内で多数の人の目がある時にこちらを見ないで欲しい。

 フィオナは「気にしていませんよ」と言う風を装って微笑むと、ジェイクからさっと視線を外して自分の教室へと入って行った。






 そのフィオナの姿を名残惜しそうに見つめるジェイクに、セレスティナはバレたらまずい、と焦りジェイクの制服の裾を引っ張って耳打ちする。


「ジェイク様……! そんなに視線でレーバリー嬢を追っていたらバレてしまいますよ!」

「え、あ、ああ、すまない」


 セレスティナの言葉を受けて、ジェイクははっと表情を引き締めるとセレスティナを伴い自分達も教室へと入って行った。


 セレスティナとジェイクが共に教室へと入ると、室内にいた生徒達からの視線が二人に集まる。

 セレスティナを見てヒソヒソと話している令嬢達に気付いたジェイクは、不愉快そうに表情を歪めた。


「ジェイク様。お顔、お顔に出てますよ」

「──本人がいると言うのにヒソヒソと噂話をするなんて不愉快極まりない。何か言いたい事があるのならばはっきりと言えばいいんだ」


 声のトーンを落として伝えてくるセレスティナに対して、ジェイクも声を落として話す。

 そうする事によって必然的に二人の距離が近くなり、周囲から仲睦まじく見えてしまっている事に気付かない二人は悪手を打ってしまっている事に気付いていない。

 周りの令嬢達の瞳に剣呑な光が宿り、セレスティナはぞくり、と背筋を震わせると無意識の内にジェイクから距離を取った。


「……? セレスティナ嬢、何故離れる」


 不思議そうにセレスティナの手首を掴んで自分に引き寄せるジェイクに、周りが黄色い悲鳴を上げた。

 ジェイクが「何だ!?」と慌てているが、セレスティナは何て事を! と顔色を悪くする。

 ジェイクがこんな事をすれば目立つし、自分が令嬢達に人気がある事を自覚していないのかこの男は!? とセレスティナは憤った。


 セレスティナはぐっ、とジェイクの袖を掴んで引き寄せると、周りに聞こえないように注意する。


「ジェイク様! ご自分がご令嬢達に人気だと言う事を自覚して下さい……っジェイク様の一挙手一投足にご令嬢達は大きく反応するんです」

「え、あ、ああ。すまないっ」


 ジェイクは思ったよりも自分に近い距離で告げて来るセレスティナにほんのりと頬を染めると「悪かった」と呟いてぷい、と視線を逸らす。

 突然そのような態度を取るジェイクの意図が掴めず、セレスティナは不思議そうにジェイクを見つめるが話してくれそうな雰囲気ではない。


 セレスティナはこれ以上この場でジェイクに言ってもどうにもならないだろう、と考えて一つ溜息を零すと唇を開いた。


「取り敢えず……、もうすぐ授業が始まりますね。席に着きましょう、ジェイク様」


 セレスティナがジェイクにそう伝えると、ジェイクが返事をする前にセレスティナはジェイクから離れると、スタスタと歩き自分の席に着席した。


「──?」


 ジェイクはそのセレスティナの後ろ姿を眺めながら、何故かもやもやとしてしまう自分の胸に手を当てると首を傾げ、自分も席へと向かい腰を下ろした。






 学園の授業が終わり、帰宅の時間がやってきた。


 ジェイクは、予め打ち合わせしていた通りセレスティナの元へと歩いていくと、帰り支度をしていたセレスティナに声を掛ける。


「セレスティナ嬢、帰ろうか」

「ええ、ジェイク様」


 ジェイクがセレスティナにそう声を掛けた途端、また教室内の空気が揺れる。

 朝と、帰り。二人が共に過ごしているという事を周りに印象つけられた。

 こうすれば、周りの人間はジェイクとセレスティナ二人が婚約するのか、と勘違いしてくれて実際ひっそりとお付き合いをしている本当の相手、フィオナに意識が行かないだろう。


 その為、矢面に立ち嫌がらせを受けてしまう可能性があるセレスティナをジェイクは出来るだけ守ろうとしている。

 学園にいる間はセレスティナに張り付き、この間のような令嬢達に囲まれる、と言うような事態を防ごうとしているのだろう。


(気遣いは嬉しいのだけれど……更に恨みを買っているような気がするのは私だけかしら?)


 セレスティナは自分の席から立ち上がると、鞄を持ってジェイクに続こうとする。

 だが、ジェイクはセレスティナの鞄をひょい、と自然な流れで奪うと「帰ろう」と微笑んで教室を出て行く。

 流れるような動作で紳士的な対応を見せるジェイクにセレスティナは呆れ半分、嬉しさ半分、複雑な気持ちでジェイクの後ろ姿を見つめた。


「──そう言う所ですよ」


 ぼそり、と呟いた言葉は誰にも届かず消えた。






 二人で馬車まで学園の敷地内を歩いていると、前方にフィオナ・レーバリーの姿をみつける。

 セレスティナが思わず「あら」と声を零してしまうと、ジェイクもセレスティナの視線を追ってフィオナの姿を見つけたようだ。

 愛おしそうに瞳を細めてフィオナの姿を見つめるジェイクが痛々しく見えてしまう。


(彼女が、男爵位じゃなければ……)


 せめて、自分と同じ伯爵位程であれば侯爵家のジェイクとも家格が釣り合って何の問題も無く婚約が出来たのに、とセレスティナはしんみりとしてしまう。

 想い合っている者同士なのに、すんなりと上手くいく事が出来ずにセレスティナは馬車に乗ったらジェイクを励ましてあげよう、と強く誓った。


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