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三話


 ジェイク・カートライトの人気を侮っていた。




 セレスティナはそう心の中で呟き、頭上を仰いだ。

 ジェイクと偽装婚約の契約を果たして、翌日学園へと向かったら朝から早々に貴族令嬢達に呼び出されたのだ。


 学園の正門から教室へと向かう途中、数人の令嬢達に囲まれてセレスティナが困惑している内にあれよあれよと人気の無い学園の空き教室へと連行されてしまった。

 そして、空き教室に入った途端にリーダー格なのだろうか。侯爵令嬢に先程から罵倒されてしまっている。


「貴女、先程から聞いてまして!?」

「──っ!」


 どんっ、と肩を押されセレスティナはよろめき背後の壁に背中をぶつける。

 叩かれた訳では無いが、強めに押されてしまいセレスティナが壁際に寄ると好機とばかりに令嬢達が詰め寄ってきて口々にセレスティナに暴言を吐いてくる。


「没落寸前の卑しい人間がジェイク様に近付く等何を考えておりますの!?」

「身の程を知ってジェイク様の前に二度と顔を見せないで頂戴!」

「何の取り柄もない貴女が近付いていいお方じゃないの!」


 口々に罵られ、セレスティナは困惑する。

 昨日、ちょっと共にいる姿を見られただけでこの状態である。

 これが、後日偽装とはいえジェイクと婚約した、という事が知れ渡ったらどうなってしまうのか。

 セレスティナは安請け合いしてしまった事に後悔していた。


「──聞いておりますの!?」


 リーダー格の侯爵令嬢がセレスティナの肩を先程より強くどん、と押した。


「あっ!」


 侯爵令嬢のその行動にバランスを崩したセレスティナは、ごちん、と音を立てて背後の壁に後頭部を強く打ち付けてしまった。

 一瞬、令嬢達に焦りの表情が顔に浮かぶがそれも一瞬で。

 セレスティナを小馬鹿にするようにくすくすと笑いながら自分達の口元に手をやり蔑むような視線を投げ掛けられる。


 セレスティナが悔しさで言い返そうとした時、連れ込まれていた空き教室の扉が勢いよく開く。


「──セレスティナ嬢!?」


 息を切らしてその扉を開け、姿を表したのは渦中にあるジェイク当人で、セレスティナを取り囲んでいた令嬢達が途端に慌てたような表情になる。


「ジ、ジェイク様──!?」


 ジェイクは、教室内に視線を巡らせると状況を把握したのかくしゃり、と表情を悲しげに歪ませた。

 扉から手を離し、一歩、二歩と教室内へ足を進めるとセレスティナの前に庇うようにジェイクが立ち塞がる。


「一人の女性を囲い、寄って集って口汚い言葉で罵倒するなんて……恥を知って頂きたい」


 低く唸るようなジェイクのその声音に、後ろにいるセレスティナでさえ恐怖を感じてびくり、と肩を震わせてしまった。

 真正面から鋭い視線で見据えられ、言われた令嬢達はどれ程恐ろしかったのだろうか。


「──ひっ」

「ち、ちがっ違うのです……っ」


 恐怖に表情を強ばらせ、ぶんぶんと首を横に振って縋るような視線をジェイクにむけている。


「何が違うと言うんだ……俺は先程しっかりとこの目で見た。ご令嬢達がセレスティナ嬢に詰め寄り、罵倒し、さらにセレスティナ嬢の肩を強く押している所を」


 ジェイクはしっかりと令嬢達の行動を目にしてしまったのだろう。

 だからこそ、慌ててこの空き教室に入ってきてくれて、止めようとしてくれたのだ。


 セレスティナは、ジェイクの制服の裾を恐る恐る引っ張ると、くん、と引かれる感覚にジェイクがセレスティナの方に振り向く。


「セレスティナ嬢?」

「だ、大丈夫ですよ。怪我をした訳ではないので」


 セレスティナの言葉にジェイクは表情を歪めると、一拍置いて困ったようにセレスティナに微笑み掛けるとすぐに前方へ顔を戻した。


「セレスティナ嬢がこう言ってくれているので、今回は特に報告はしないが、また同じ事を繰り返すようであればこちらも動く……もういいから出て行ってくれ」


 ジェイクが冷たく令嬢達に言い放つと、令嬢達は自分の瞳辺りを手で抑えバタバタと教室から足早に出て行った。

 令嬢達が出て行くのを見送ると、ジェイクは深く溜息を付きながらセレスティナに振り返る。


「セレスティナ嬢、申し訳ない……」

「いえいえ、ジェイク様のせいではないので。私ものこのこと付いて行ってしまったのが悪いのです」

「──今度から、俺と教室まで向かおう。ぶつけた頭は怪我等していないか? 見せてくれ」


 申し訳なさそうに眉を下げてそう言ってくるジェイクにセレスティナはぶんぶんと首を横に振る。


「そんな……! そこまでしてもらうのは申し訳ないですし、フィオナ嬢に誤解されてはいけないです!」


 セレスティナが大丈夫だ! と断ろうとするが、ジェイクは心配無用だ、と笑いかけてくる。


「昨日、フィオナ嬢には全て伝えてある。フィオナ嬢も分かってくれているから心配しなくて大丈夫だ」

「そ、そうなのですか?」


 ジェイクはそう言うと、心配そうにセレスティナの頭にそっと触れて大丈夫か? と言いながら後頭部をそっと摩った。


「これからは学園に登園したら俺と一緒に教室まで向かおう。また今日みたいな目に合ったら、俺としてもセレスティナ嬢に偽装婚約を申し込んだ手前申し訳ない」


 真剣にしっかりと自分の目を見て話すジェイクに、セレスティナも仕方がないか、と諦め頷く。

 火に油を注ぐ結果にならねばいいが、こればかりはどうなるか自分でも分からない。


「教室に行こうか、セレスティナ嬢」

「ええ、分かりました」


 ジェイクがセレスティナに笑いかけて廊下を進んで行く。

 ちらちらと廊下にいる生徒達から視線を感じはするが、ジェイクが前を歩いているからか悪意の籠った視線がセレスティナを射抜く事はなく、ほっと吐息を付く。


「セレスティナ嬢、今日の授業が終わったらまた昨日の自習室で待ち合わせでもいいか? 今後の事を話しておきたい」


 ちらり、とジェイクが肩越しに振り返り視線を向けられる。

 セレスティナは頷くと了承の返事をした。






 授業が全て終わって、夕方。

 セレスティナは一人で学園の廊下を自習室へ向かって歩いていた。

 セレスティナを見て、ヒソヒソと話をされているのは感じるが朝のように誰かに違う場所に連れて行かれる事はなく、ほっと安堵の息を吐く。


 今朝のような事が続けば、ジェイクに偽装婚約の件を断ろうと考えていた。

 あんな風に何度も何度も人から悪意をぶつけられるのは流石に辛い。

 それも、ジェイクと本当に好きあっているような間柄なのであれば我慢も出来るが所詮は契約の間柄だ。

 その悪意にも契約金があるのならば耐えろと自分でも思うが頭では分かっていても辛い物は辛いのだ。


「毎日続くのであれば無理だわ……」


 セレスティナは誰もいない廊下でぽつりと言葉を零すと、目的地へと真っ直ぐ向かった。


 暫し廊下を進んで行くと、昨日ジェイクと話をした自習室が視界に入る。

 セレスティナはほっとして足早にその自習室へと向かうと、扉を開いて室内へと入る。


「──まだ、ジェイク様は来ていないみたいね」


 きょろ、と周りを見渡してからセレスティナは昨日と同じ椅子に座り鞄を机に置く。

 今日呼び出された用事は何なのだろうか。

 昨日、婚約者役を引き受ける事はしっかりとジェイクに伝えたし、それならば何故今日も会う必要があるのだろうか、と考えていると廊下から足音が近付いてくる。


「ああ、セレスティナ嬢。待たせてすまない」


 扉を開けてジェイクが姿を表すと、待たせてしまっている事に慌てたように謝罪の言葉を口にする。

 セレスティナは笑顔でジェイクに大丈夫だ、と伝えるとジェイクも眉を下げて笑顔になる。


「──ありがとう、フィオナ嬢がやっぱり寂しさを感じてたみたいで、少しだけ会ってきたんだ。待たせてすまない」

「まぁ……でも、それはそうですよね。お付き合いしている人と自由に会う事が出来なくて……しかも偽装とは言え違う女性が隣にいるんですもの、レーバリー嬢の気持ちも分かります」

「……セレスティナ嬢もそういった経験をした事があるのか?」

「勿論です! 初恋は実らない、とは良く言いますでしょ?」


 ふふ、と控えめに声を出して笑うセレスティナにジェイクは目を細めて「そうか、」と呟くと思い出したかのように自分の懐からある物を取り出した。


「そうだ、今日セレスティナ嬢に来てもらったのはこれを渡したかったんだ」


 そう言って机の上に置かれたのは、ある程度重さがありそうな麻袋だ。

 置かれた際にじゃら、と音を立てた事からセレスティナは中身を予想してジェイクに視線を向ける。


「約束した前払いだ。引き受けてくれて本当にありがとう」


 頭を下げるジェイクに、セレスティナは慌てて頭を上げるように伝えると、そのジェイクからの前払いを有難く受け取った。

 これで、家に入れるお金が出来た。


 セレスティナが前払いを鞄に入れていると、その様子を見ていたジェイクが徐に唇を開いた。


「そうだ、今度の休みにカートライト侯爵家に来て欲しい。両親が是非セレスティナ嬢に会いたいと言っているんだ」


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