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最終話


 セレスティナが馬車に乗り込み、暫ししてガタン、と音を立てて馬車が動き出す。

 セレスティナは流れる景色を馬車の窓から眺めながら、ジェイクと二年ぶりに会える嬉しさに表情を緩めた。




 がたん、と馬車が停車して御者から声を掛けられる。


「ありがとう、少し待つ事になると思うけど……ごめんなさいね」

「いえいえ! いいんですよ。やっと待ちに待った今日ですもんね、待ちましょう」


 御者がにこやかな笑顔でそう言ってくれて、セレスティナはほっとしたように息をつく。


(どうしよう、何だか緊張してきたわ……)


 久しぶりにジェイクと会えるのが楽しみな気持ちで一杯だったのだが、それと同時に緊張してきてしまう。

 久しぶりに会うジェイクは、自分の顔を覚えてくれているだろうか。

 迎えに来た自分に気付いてくれるだろうか、とセレスティナは馬車の中で背を丸めて弱気になってしまう。


 気付けば、セレスティナが騎士団の宿舎前に到着してから同じように騎士の人を一目見る為だろうか、馬車に乗り他の令嬢がぽつりぽつりと集まってくる。


「え……こんな事が毎日続いているの……?」


 セレスティナは戸惑うように馬車の窓から周囲を確認すると、周囲の馬車にはセレスティナと同じく自分の家の家紋が付いた馬車が数台止まっており、馬車から降り立った令嬢達がきゃあきゃあと騒ぎながら騎士団の宿舎前に移動している。


 いつも、このように騎士団宿舎から出てくる騎士の人達を見に来ているのだろう。

 訓練所だけではなく、宿舎にまで押し掛ける事が日常茶飯事になっている事にセレスティナは驚きを隠せない。

 きっとジェイクも毎日のようにこうやって令嬢達に出迎えられて職場まで向かっていたのだろう。


 まさかこれだけの事態にまで発展しているとは思わなかったセレスティナは、何だかいたたまれなくなってこの場から帰ろうか、とふと思ってしまう。


「やっぱり、ジェイク様が迎えに来て下さるのを邸で待とうかしら……」


 この大勢の令嬢達の前で、ジェイクに話し掛ける勇気がない。

 これだけの馬車があれば、ジェイクもクロスフォード伯爵家の馬車には気付かないかもしれない。


「──……そう、しようかしら」


 セレスティナは、ぽつりと呟くと馬車の御者に戻ってくれ、と伝える為に馬車の窓から御者に伝えようと窓から少しだけ顔を出して御者が座っている方へ顔を向けた。


 瞬間。




「セレスティナ!」


 懐かしい男の声が宿舎の方向から聞こえてきて、セレスティナは声が聞こえた方向へと自分の顔を向ける。


「──ジェイク様……っ」


 こちらに向かって、宿舎から駆け寄ってくるジェイクの姿を視界に入れた途端、セレスティナは馬車の扉を開けて馬車から飛び降りた。


 地面に降り立つと、セレスティナもジェイクの方へと駆け出そうとしたが、周囲にいた令嬢達の視線がセレスティナへと向けられていて、その沢山の視線に晒されたセレスティナはぎしり、とその場で体が硬直してしまう。


 見られている。


 中にはあからさまに敵意を剥き出しにした視線もあり、セレスティナは怯むように自分の肩が跳ねるのを感じてしまう。

 だが、セレスティナが硬直している間にも、ジェイクは泣き出してしまいそうな表情を浮かべながら、一直線にセレスティナの立つ場所へと駆け寄って来るのが見える。


(こんな、沢山の馬車の中からクロスフォード伯爵家の馬車を見つけ出してくれたの……? 私の顔を覚えてくれていたの……?)


 そう、自覚した瞬間セレスティナは自分の視界がぶわりと一気に滲んでしまう。


「セレスティナ……っ」

「あ──……」


 いつの間にか、自分のすぐ側まで駆け寄ってきたジェイクが、その勢いのままセレスティナの前まで駆け寄るとそのまま強く抱き締められる。


「セレスティナ、本当に? 本物? これは夢じゃないよな?」


 ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる腕の力が強く、ジェイクは抱き締めていた腕の力を緩めるとセレスティナの顔を良く見えるようにジェイクが少しだけ体を離す。


「ああ、顔を良く見せてくれ。本当にセレスティナ? 俺の夢じゃないよな、俺が迎えに行くつもりだったのに、来てくれるなんて……っ」

「ジェイク様っ」


 ジェイクは泣き笑いの表情でセレスティナの両頬に自分の手のひらを添えると、セレスティナの顔をそっと上向かせてじっとセレスティナの瞳を見つめる。


 先程から周囲に集まっていた令嬢達がざわざわと戸惑い、ヒソヒソと何かを話しているがジェイクはそんな周囲の視線など気にもせずに、セレスティナに話し掛ける。


「やっと、やっと約束の二年間が終わった……本当に長かった……ずっと、毎日毎日会いたくて堪らなかったよ、セレスティナ」

「──っ、ジェイク様っ私も、早くお会いしたかったです……っ!」


 セレスティナの言葉を聞くなり、ジェイクは嬉しそうに笑うと再度強くセレスティナを抱き締める。

 セレスティナはぎゅうぎゅうと抱き締めてくれるジェイクの背中に自分の腕を回すと、ジェイクを抱き締め返す。


 先程までは、不安な気持ちを抱いていたのにジェイクに会った瞬間、そんな不安な気持ちが一瞬で何処かに吹き飛んでしまった。

 それだけ、ジェイクからの気持ちが二年前から変わらず、いや、二年前よりも強く大きく育っている事をしっかりとセレスティナは感じ取り、嬉しさからとうとう自分の瞳から涙が零れ落ちた。


「もう、これで父上には何も文句は言わせない……約束の二年間、俺達は約束通り一度も顔を合わせずに耐えたんだ」

「ええ、そうですね……本当に長かったです」


 セレスティナは甘えるようにジェイクの胸元に自分の頬を擦り寄せると、がばり、とジェイクが真っ赤な顔をしてセレスティナから体を離す。


「──……ジェイク様?」


 突然ジェイクから体を離されて、セレスティナはぱちくりと瞳を瞬かせるとジェイクを見上げる。

 セレスティナを真っ赤な顔で見下ろすジェイクは、意を決したように表情を引き締めると、セレスティナに向かって唇を開いた。


「セレスティナ、二年前に伝えたい言葉があったんだが……これでやっと言える」

「──何でしょう?」


 ジェイクはすぅっ、と深呼吸すると、真面目な表情でセレスティナを見つめて唇を開いた。


「──セレスティナ・クロスフォード伯爵令嬢。私と、結婚して下さい」

「──っ!」


 突然のジェイクの求婚に、セレスティナは瞳を見開くと、じわじわと自分の頬に熱が集まってくるのを感じる。

 セレスティナは、目の前にいるジェイクに向かって満面の笑みを浮かべると、瞳に目一杯涙の膜を張りながらこくこくと頷く。


「──私で宜しければ、喜んで……っ」

「君が、いいんだ……。俺の伴侶はセレスティナだけだよ」


 二人は嬉しそうに笑い合いながら、一瞬だけ視線を合わせると、自然と唇を重ね合った。


 瞬間、周囲の令嬢達から絶叫が上がり、セレスティナはここが騎士団の宿舎前だった事を思い出し、外で、しかも沢山の人の目がある前でなんて事をしてしまったのか、と瞬時に正気に戻ると止めてあった馬車に急いでジェイクを押し込み、逃げるようにその場から馬車を出した。




 何て事をしてしまったのだろうか。


 動き出した馬車に揺られながら、セレスティナは先程からジェイクの隣で真っ赤になってしまっている自分の顔を両手で覆って俯いていた。


 先程から隣のジェイクが何度もセレスティナの名前を呼んでいるが、その声に答えられる状況じゃない。


「あんな、あんなに人の目がある場所で……っ」


 羞恥で思わず自分の声が震えてしまう。

 いくらジェイクと会えた事が嬉しくても、周りが見えなくなって人前で口付け合ってしまった事にセレスティナは穴があったら入りたい衝動に駆られる。


「何だ、人の目が無ければいいのか?」

「──え?」


 ジェイクの声が自分の耳元から聞こえたと思った瞬間、ぐいっとセレスティナの腕をジェイクが引っ張るとジェイクの方へと振り向かせられて抱き込まれ、噛み付くように唇を塞がれる。


「──っ!?」


 セレスティナは、自分の瞳を驚きに見開くとジェイクに掴まれていないもう片方の腕でジェイクの後頭部の髪の毛を掴むと思い切り引っ張った。


「いっ、いててててて! セレスティナ……っ、分かった、分かったから! もう急にしないから……っ!」

「ジェイク様っ」


 セレスティナは真っ赤になった顔でジェイクを睨み付けるが、ジェイク本人は嬉しそうに表情を緩ませていて怒っている事が通じていない。


「セレスティナだってキスは二年後だ、って言ったじゃないか……人目につかない場所だったらいいんだろう?」


 自分の後頭部を撫でるようにジェイクは微笑みながらセレスティナに視線を向けると、セレスティナはジェイクからつん、と視線を逸らして唇を開く。


「だ、だからってこんな、急に……っ!」

「じゃあ、次からはこれからキスする、ってセレスティナに事前に言ってからがいい?」

「そ、そんなの聞かないで下さい!」

「ははっ、じゃあやっぱり慣れて貰わないと」


 ジェイクは瞳を細めて幸せそうに笑うとそのままもう一度セレスティナに一瞬だけ口付ける。

 セレスティナが何か言う前に、馬車が目的の場所に到着したのだろう。

 ガタン、と音を立てて止まり、御者から到着を告げられる。


「──? あれ、邸じゃないのか」


 ジェイクがひょい、と馬車の窓から顔を覗かせて外の景色を確認すると不思議そうに唇を開く。

 セレスティナは溜息を吐き出すと、用意していたバスケットとストール、敷布を手にすると馬車から降りる準備をする。


「ええ。今日は、ジェイク様と……その、デート、がしたくて……」

「──っデート!」


 セレスティナが恥ずかしそうにそう呟くと、ぱあっと瞳を輝かせたジェイクが嬉しそうに破顔した。

 二年前、いつも繰り返していたようにジェイクが先に馬車から降り立つと、セレスティナに向かって自分の両腕を差し出す。


「え……?」


 今までだったらジェイクが自分の手のひらを差し出してセレスティナが降りるのを手伝ってくれていたが、何故か今セレスティナの目の前に居るジェイクはにこにこと笑顔を浮かべながら自分の両腕を広げている。

 これではまるでジェイクの胸に飛び込んでこい、と言うようなポーズで、セレスティナは困惑して馬車のステップに片足を掛けたままぴたりと止まってしまう。


「セレスティナ、ほら。早く」

「えぇ……」


 急かすようにジェイクが自分の腕をぶんぶんと上下に振り、待っている。

 セレスティナは周囲に視線を巡らせると、誰も人がいない事を確認してからジェイクから視線を逸らして唇を開く。


「お、重くって転んでしまってもしりませんから」

「はは、セレスティナは羽のように軽いから問題ない」


 セレスティナは「もう」と呟くと、意を決してジェイクに向かってぴょん、と飛び込んだ。


「──ほら、軽い」

「わっ、わ……っ高いですっ」


 ジェイクに向かって飛び込んできたセレスティナを、危なげなく受け止めてそのままぎゅうっと抱き締めると、いつもより視界が高くなったセレスティナが思わずジェイクに縋り付く。


 騎士団で過ごした二年間は、ジェイクを鍛え学園で過ごしていた時よりも筋肉が付き、がっしりとした体格になっている。

 二年前よりも身長も伸び、青年と言うイメージだったジェイクが突然「大人の男性」に見えてしまってセレスティナは自分の鼓動が早くなって行くのを感じる。


「──っ、はは。セレスティナの心臓、凄く速くなってるのが俺にも伝わってくる」

「高くて、怖いんですっ早く下ろして下さい……っ」


 セレスティナがジェイクの肩をぺしぺしと叩くと、ごめんごめんと笑いながらジェイクがセレスティナを地面へと下ろす。

 そのままジェイクに手を取られ、バスケットやストール、敷布を馬車の御者からジェイクが受け取ると湖畔へと歩いて行く。




 土と、芝が綺麗に整えられた湖畔には今は誰の姿も無く二人は舗装された道をのんびりと歩きながら湖畔の淵へと辿り着くと、そこに敷布を敷いて並んで腰を下ろした。


 春先になればボートの貸出なども行われる為、人が多いが、今は秋口。

 寒い日がある時期の為、気温が上がってくる前の午前中からこの場所に来る人は少ないのだろう。


 ジェイクは、ストールを広げると自分で羽織りセレスティナを抱き込んだ。


「──暖かい、ですね」

「ああ。俺は体温も高いから、セレスティナも暖かいだろう?」


 二人はお互い視線を合わせるとくすくすと笑い合う。


 離れていた二年間、顔を合わせたら色々と話したい事は沢山あったのだが、何故だか今は二人で寄り添っているだけで幸せで、満ち足りた気持ちになれる。


 セレスティナは、自分の頭をジェイクの肩にコツン、と預けるとジェイクは一瞬驚いたが、嬉しそうに笑うとそっと自分の頭を傾けてセレスティナに口付ける。


 二人はぽつりぽつりと会話を零しながら、思い出したように時々口付けを交わして、ゆったりとした時間を過ごした。


 誰も人がいない湖畔で、二人は互いの体温でぽかぽかと心まで暖かくなりながら、幸せそうに笑いあった。




―終―


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