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二十六話


 ジェイクとセレスティナが父親である侯爵の元へ向かって、二人の気持ちを伝えた後。

 侯爵からは「そうか。分かった」とだけ告げられた。

 これで、学園を卒業した後は本当にお互い婚約はしてはいるが名だけの婚約者と言う立場になる。

 二年間、会う事も無く言葉を交わす機会もなく過ごさねばならない。


「二年間、例え一切会えなくても俺は騎士団で力を付けて確かな地位を確立出来るように励むよ」

「──私も社交や、経営等について色々と学び少しでもジェイク様と結婚した後に自分でお金を稼げるように頑張りますね」


 しっかりとお互いが離れている二年間で出来る事をやろう、と決める。

 嘆くのはいつでも出来る。嘆くよりも、未来の事を、自分達の将来の事を考え、有意義に時間を活用しようと話す。


 二人は、侯爵に話し終わったその足で、セレスティナの伯爵邸へ向かうと、セレスティナの父親である伯爵へと今回の経緯と、セレスティナとの結婚が遅れてしまう事に対して頭を下げに行った。


 初め、驚きに呆気に取られていたセレスティナの父親であったが、二人の気持ちと、考えを聞くと怒りよりも呆れの方が勝ったのか、自分の額に手をやり溜息を吐きながらも、学園卒業後二年間待たせてしまう事に了承した。


 伯爵よりも、セレスティナの母親である伯爵夫人の方がセレスティナに怒り、伯爵家の為にそのような契約を自分一人で受けるのを決めた事に対して叱っていた。

 勿論、ジェイク自身も苦言を呈されたが、伯爵家よりも爵位が高い侯爵家の子息であるジェイクにはやはり強く出れないらしく、セレスティナがくどくどと怒られる羽目になってしまい、ジェイクがセレスティナを庇うと更に夫人の怒りが増す為、ひたすらにセレスティナと頭を下げ続けた。




 フィオナ・レーバリーに対して、ジェイクの父親は正式にレーバリー家に苦情を入れた。

 子供達の痴情のもつれの為、罰するような事はしていないがレーバリー男爵家が侯爵家に睨まれた。と言う噂が社交界であっという間に広まってしまい、以後、フィオナは学園ではヒソヒソと噂話をされたり後ろ指を指されたりして、卒業までの期間、とても過ごしにくい日々を送った。

 また、侯爵家に睨まれてしまったレーバリー男爵家はまともな縁談が来ず、学園を卒業した後も暫くフィオナには婚約者が見つからず、結局婚約者には随分と年の離れた王都からかなり領地の離れた田舎貴族になってしまった。


 学園卒業までは、フィオナは自分の鬱憤を晴らすため人のいない所でセレスティナに対して嫌味を言ったり、私物を隠す、捨てる等のちょっとした嫌がらせを行っていたがそれもフィオナの評判が悪くなるにつれ頻度は減り、最後には殆ど無くなった。


 セレスティナには、ジェイクが動いて庇ってくれたのか、それともフィオナ自身が自分の評判回復に必死になり、自分自身に構う余裕が無くなったからなのかは最後まで分からなかったが、二人が卒業する頃にはセレスティナとジェイクの仲は学園内で有名になり、恐らく二人は卒業と同時に結婚するだろうと思われていた。




 卒業を間近に控えたセレスティナとジェイクは、学園の庭園でまったりと二人並んで日向ぼっこをしている。


「ジェイク様、知っています? 学園卒業後、ジェイク様が騎士団に入団して、私との結婚の話が上がっていない事から、学園の生徒達の中では私達二人は卒業と同時に別れるらしい、って噂が出回っているらしいですよ」


 セレスティナが何でも無い事のようにジェイクに告げると、ぎょっと瞳を見開いてジェイクが「は!?」と素っ頓狂な声を上げる。


「な、何だその酷い噂は──。結婚の話が上がっていないからと言ってそんな、別れる、なんて……」

「ですよね? 私もそう思います。ただ単に結婚まで時間が空くだけなのに……。ジェイク様、知ってます? この噂が流れ始めてからジェイク様に想いを寄せる女性達が、ジェイク様に告白しよう! と息巻いているみたいですよ?」

「本当か……? そんな事されても、俺はセレスティナが好きだから気持ちに答えられないのにな……と言うか、俺とセレスティナのこの状況を見て、何で卒業と同時に別れるなんて想像が出来るんだろうな?」


 ジェイクは、そう言うと周りに見せ付けるようにその場でころんと体を横にするとセレスティナの膝に自分の頭を乗せる。

 所謂、膝枕をセレスティナにしてもらいながら、ジェイクはセレスティナの髪の毛を自分の指先で弄ぶ。

 二人の親密な様子は卒業間近になるにつれて増し、学年が下の生徒達は顔を赤く染めてしまう程である。


 だが、その言葉をセレスティナから聞いてジェイクは成程な、と妙に納得してしまう。


「──だから、最近チラチラとセレスティナに焦がれるような視線を向ける男が増えて来てるのか……くそっ最悪だ」

「えぇ……? 貧乏伯爵家の私ですよ? 物珍しさに見ているだけじゃないですか?」


 セレスティナはジェイクから言われた言葉が信じられなく、瞳を丸くする。


「セレスティナはもう少し自分に向けられる好意に敏感になってくれ……セレスティナが綺麗なのに可愛いって言うとんでもない性格をしてるから俺は心配だ……」

「ふふ、そんな事を言うのはジェイク様だけですよ」

「本当なのにな……そうだ、周囲に手を出すな、って意味を込めて口付けの一つでもしておく?」


 ジェイクがにんまりと口元を笑みの形に歪めて自分の指に絡めたセレスティナの髪の毛をくんっと小さく引っ張るが、セレスティナは頬を染めてジェイクの額をぺしり、と一叩きすると唇を尖らせて半眼でジェイクを見つめる。


「──二年後まで我慢して下さい」


 痛くもないのに、「いてっ」と笑うジェイクにセレスティナも自然と笑顔になってしまう。


 こうやって、穏やかに二人で過ごせるのもあと数日。

 数日後には、二人はこの学園を卒業するのである。






 学園の卒業当日。


 セレスティナは、この日を過ぎれば暫くの間──二年間、ジェイクと会う事が出来なくなってしまう事に些か悲しさと寂しさを覚える。


 若干の寂しさを感じながら、今日もいつも通りジェイクが迎えに来てくれるのを伯爵邸の門の前で待っていると、いつもの時間に見慣れた侯爵家の馬車がやってくる。


「──セレスティナ」


 馬車から降りてきて、セレスティナの姿を見るなり表情を綻ばせるジェイクに、セレスティナは近付いて行き挨拶をする。


「おはようございます、ジェイク様」

「ああ、おはようセレスティナ。……行こうか」


 ジェイクが差し出してくれる手のひらに、セレスティナは自分の手のひらを重ねると馬車へと乗り込み、ジェイクと共に学園に向かう。

 共に学園に向かうのもこれが最後の日になってしまうのか、と徐々に実感が湧いて来てしまい、しんみりしているとジェイクがそっとセレスティナの肩を抱き、自分へと寄りかからせる。


「──あー……本当、離れたくないな」


 心の底から絞り出したような声音に、セレスティナは可笑しそうに瞳を細めるとジェイクに視線を向ける。

 セレスティナの視線を受けて、些か不貞腐れたような表情を見せるジェイクが可愛く見えてしまって、セレスティナはつい声を出して笑ってしまう。


「セレスティナは寂しくないのか? 俺はこの日が永遠に来なければいいのに、と何度も願ったよ……」

「ふふ、私も……卒業がもっと先だったら良かったのに、と何度も思いました……けれど、卒業が出来なければ、いつまで経ってもジェイク様と結婚出来ないでしょう? そう考えを改めてからはこの日が来るのが苦ではなくなりました」


 逆転の発想ですよ!

 と声を明るくしてそう告げてくれるセレスティナに、ジェイクも表情を綻ばせるとそうだな、と笑う。


「確かに。卒業しなければいつまで経ってもセレスティナと結婚出来ないし、いつまで経ってもセレスティナの唇にキス出来ないな」

「──っ! も、もう! 真面目な話ですよ、ジェイク様!」


 恥ずかしさに頬を染めてそう言ってくるセレスティナに、ジェイクも「大真面目だ」と真剣な表情でセレスティナに言葉を返す。


「俺にとってはセレスティナと口付けられないのは死活問題だぞ? 早くセレスティナと口付けを交わしたいのに……」


 大真面目な表情でそう言い切るジェイクに、セレスティナはもうっ! と言葉を返すと、そのままジェイクの胸元に自分の顔を隠すように抱き着く。

 きっと、自分の顔は今真っ赤になっているだろう。そんな自分の顔を見られたくない。

ジェイクは幸せそうに声を出して笑うと、自分の腕でセレスティナをぎゅっと抱き締めた。






「本日、学園を卒業する諸君らは──……」


 学園に到着して、自分達の教室で少し過ごした後、学園長の卒業の祝いの言葉を聞きに講堂へと向かう。

 学園長の卒業祝いが済めば、晴れて最終学年の者達は卒業である。


 何か特別な事がある訳でもなく、卒業の証である証書を教室で渡され、それを受け取れば後は自由に帰宅する事が出来る。


 学園を卒業すれば、学生の身分から卒業し晴れて大人の仲間入りである。

 今まで以上に貴族として、社交への参加も増えるし、夜会や舞踏会への参加も増える。

 卒業と同時に結婚し、この王都から離れる者も居る。


 セレスティナは、感慨深く学園長の祝いの言葉を聞いていたが、ジェイクはその時間もセレスティナと触れ合っていたいらしく、講堂ではしっかりとセレスティナの隣に座り、セレスティナの指先と自分の指先を絡ませて遊んでいる。

 周囲に居る生徒達は、最早ジェイクのその行動に慣れっこになっており、呆れたような表情を浮かべて二人を見ている。


(この恥ずかしい思いは今日で終わりだわ……!)


 セレスティナは、必死で周囲を気にしないようにして、祝いの言葉に耳を傾ける。

 自分の指先が擽ったい事には目を瞑り、その時間が終わるまで恥ずかしさに必死に耐えた。






「終わっちゃいましたねー……」


 あれから、学園長の祝いの言葉が終わり証書を貰い終わったセレスティナとジェイクは、教室内で暫し話していた。

 周りにも、学園卒業に何かしら込み上げて来るものがあるのだろう。

 未だに帰宅せず、友人達と話しているような人達もちらほらと見受けられる。


 セレスティナも、何だか三年間通ったこの学園に明日からはもう来なくなる、と言う事実に寂しさを覚える。

 だがそれ以上に帰りたくない、と思ってしまうのには明確な理由がある。


(今日が終われば明日から二年間、ジェイク様とは会えなくなってしまう)


 ジェイク自身、明日は朝早くから騎士団への入団準備に騎士団宿舎に向かうと聞いている為、今日別れてしまえば本当に二年間会う事が無くなってしまう。

 もう少し、もう少しだけ一緒に居たいと思いジェイクと共に教室で話をしているが、次第に周りにいた生徒達も帰宅をして行く。


 とうとう教室内にはセレスティナとジェイクだけしか居なくなってしまい、会話が途切れ途切れになってしまう。

 時刻も夕方に差し迫り、そろそろ帰らなくてはいけない時間が近付いて来た時、ジェイクが腰掛けていた椅子から立ち上がった。


「──そろそろ帰ろうか、セレスティナ」

「そう、ですね……」


 眉を下げて笑うジェイクに、セレスティナも微笑むと、学園用の鞄を手に取り、ジェイクと手を繋いで学園の門まで歩いて行く。

 こうしてこの道をジェイクと通るのもこれで最後か、としんみりとしてしまいながら馬車へと乗り込み、馬車が走り出す。

 セレスティナのクロスフォード伯爵邸までは馬車で三十分程の距離だ。


 色々と話したい事があるのに、セレスティナは上手く言葉が出てこなくて、馬車の中では無言になってしまう。

 ジェイクも、何かを耐えるように唇を噛み締めてセレスティナをじっと見つめている。

 会話をする事もなく、二人で隣り合わせに座りながら、ただ手を繋いで伯爵邸までの道すがら寄り添って時間を過ごした。




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