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二十五話


 初めは、フィオナとの婚約の手筈が整うまで他の婚約者を充てられないようにと言う考えでセレスティナに声を掛けた。

 領地経営で困窮し、没落し掛けていると言うセレスティナの伯爵家に目を付けて契約金を払うからと言い契約し、偽の婚約者役を頼んだ。


 偽の婚約者として学園で仲睦まじく過ごし、休日は恋人のフィオナと時間を過ごしていた頃、ジェイクの気持ちに変化が訪れたのは、休日に偽の婚約者役のセレスティナを街中で見掛けてから。

 セレスティナの隣に自分以外の男がいるのにショックを受けて、笑顔を向けている姿に苛立ち、学園でセレスティナと過ごす時間を増やした。


 セレスティナと共に過ごしている内に、フィオナには感じた事のない感情を覚えて、そこで漸くジェイクは自身がセレスティナを好きな事、フィオナには友情以上の気持ちを抱いていなかった事に気が付いた。


 それから、フィオナに付き合いを断ろうとしたがフィオナは別れに応じてくれず、寧ろセレスティナに自分達の婚約準備が整ったから、と嘘を伝え婚約者役を辞めろと言ってきた。

 だが、それに従わずに二人で過ごしていたら今日、突然侯爵家へと乗り込んで来てしまった。


「──これが、全てです……」


 ジェイクは父親に全て話し終わると、ぎゅうっとセレスティナの手を握る。

 ジェイクに手を握られ、セレスティナもぐっと唇を噛み締めると侯爵に向かって唇を開いた。


「──伯爵家が没落しそうだから、と安易にジェイク様と契約してしまった責任は私自身にもございます……っジェイク様が全て悪いという訳ではないんです……っ」

「セレスティナ……」


 ジェイクは眩しそうに瞳を細めるとセレスティナをじっと見つめる。

 ジェイクのその様子と、セレスティナの話を黙って聞いていた侯爵は、ゆっくりと唇を開く。


「──経緯は分かった」


 低く、重いその声音が温室内に響くとジェイクとセレスティナは背筋を伸ばして侯爵へと視線を向ける。


「ならば、初めからジェイクは私に慕っている女性が居るから他の女性と婚約は出来ないと話せば良かったのだ。浅はかな自分の考えで偽装婚約等を仕出かすから事が拗れる」

「──返す言葉もございません」

「自分の見る目が無かったせいで、あのような礼儀知らずな女性に押しかけられ、しかも自分達では物事を解決すら出来ない」


 侯爵から続けられる言葉に、ジェイクも、セレスティナも何も言葉を返せない。

 自分達では何も解決出来ず、こうして侯爵家にまで押しかけられてしまい、爵位が低い男爵家の人間が侯爵に無礼な態度を取った事は事実だ。


「後程あちらの男爵家には我が侯爵家への不法侵入に対して正式に苦情を申し入れるとして……愚かな愚息には何の罰を与えればいいのか……」


 やれやれ、と言った雰囲気で侯爵は紅茶の入ったカップを手に取るとゆっくりと自分の口元へと運ぶ。

 ジェイクとセレスティナは、自分の心臓が嫌な音を立てるのを奥歯を噛み締めて必死に耐える。


 この様子だと、正式に婚約を解消しようと侯爵は言いかねない。


 自分達でまいた種とは言え、そうなってしまったら折角想いを通じ合わせれたのにお互い他の人間と婚約、結婚をしなければいけなくなる。

 断罪を待つ罪人のようにジェイクとセレスティナは嫌な汗をかきながら侯爵の言葉を待つ。


「そうだな……本当に想い合っているならば例え暫くの間会えなくとも大丈夫だろう」

「──え、父上……?」

「正式な婚約解消は行わないが、ジェイクは学園卒業後、騎士団へ入団しその腑抜けた精神を鍛え直してきた方がいいな。騎士団でしっかりと国の為に働き、精神面でも鍛えて貰って来なさい。そして、二年経った後でも気持ちが変わらなければセレスティナ嬢と婚約を続ければいいんじゃないか?」


 侯爵から告げられた言葉に、ジェイクとセレスティナは唖然と瞳を見開く。

 学園を卒業したら騎士団への入団。

 その後二年間、騎士団で過ごしその間二人が会う事は認めないと言った内容を口にする自分の父親に、ジェイクは慌てて唇を開く。


「ち、父上……っ! 騎士団への入団は兎も角、その間セレスティナと会う事も出来ないのですか……!?」

「──手紙のやり取り等は認めよう。だが、自分の浅はかな行動が招いた事態への罰だ。侯爵家を継ぐ事が出来ないお前は元々学園卒業後は騎士団への入団を希望していただろう? 騎士団で身を立てて我が家に貢献したい、と言っていた。その希望を叶えただけの事だろう」

「それはっ、そう、ですが……」


 侯爵家次男であるジェイクは、侯爵家を継ぐ事は出来ない。

 その為ジェイクは、自分の兄が侯爵家を継いだ後は補佐で助けられればいい、と思っていた。

 自分は騎士団に入団し、侯爵領の何処かに邸を建て、そこで過ごす予定だった。

 今後、学園を卒業する前に改めてセレスティナにその事を話し、学園卒業と共に結婚を申し込もうと思っていたジェイクだが、学園卒業後すぐに騎士団へ入団し、その間セレスティナと会う事が出来ないと言うのならば婚約者と言えるものだろうか。


「本当に想い合っているのであれば二年間程会わなくとも乗り切れるだろう?」


 それくらいの気持ちがないのであれば、今すぐ二人は婚約を解消した方がいい。

 と侯爵に言われる。


「でなければ、一時の感情で婚約をし、結婚をしたとしても上手く行く可能性は低いのではないか? もう一度、お互い婚約と言うものを良く考えた方がいいだろう」


 侯爵は、ここまで話すと自分から話す事はもう終わりだとでも言うように、その場から立ち上がるとジェイクとセレスティナに視線を向け、「二人で良く話すように」と告げて温室から出て行った。


 その場に残されたジェイクとセレスティナは、侯爵から言われた言葉をしっかりともう一度頭の中で繰り返すと、ジェイクはセレスティナに視線を向ける。


「──セレスティナ……すまない、俺のせいでこんな事に……」


 項垂れるようにテーブルの上で自分の額に手を当ててそう告げるジェイクに、セレスティナは慌ててジェイクのその手を自分の両手で握る。


「ジェイク様……っ、ジェイク様一人のせいではありませんっ。私もこの偽の婚約者役を軽く考えてしまっていたのです……婚約は、両家の関わりが生じるものなのに、私達当人だけで色々と軽く考え過ぎていました……そもそも、その認識の甘さが今回のこのような事態まで発展してしまったんです……」


 ジェイクは、セレスティナのその言葉を聞くと悔しそうに眉を顰め、自分の隣で必死に言葉を紡いでくれるセレスティナを強く抱き締めてしまった。


「ジ、ジェイク様──っ!」

「セレスティナ、待っててくれるか……」


 抱き締めた姿勢のまま、ジェイクはぽつりと呟く。


「──父上を怒らせてしまった以上、父上の言葉は覆す事が出来ない……でも、俺もセレスティナを諦める事は出来ないし、今更セレスティナ以外の女性と一緒になる事なんて出来ない」

「ジェイク様……」

「二年もの間、まともに会う事も出来ないし、社交の場でもセレスティナのパートナーを務める事が出来ないけれど……待っていてくれたら嬉しい……いや、待っていて欲しいんだが、難しいだろうか……」


 今までのジェイクと似ても似つかない程気弱な態度で、セレスティナに縋るように言葉を紡ぐジェイクに、セレスティナはそっとジェイクの背中に自分の腕を回して抱き締め返す。


「──待ちます。侯爵様からは、お手紙のやり取りはしてもいい、と仰って頂けましたし……、例えお会い出来なくても二年間くらい、耐えてみせます。社交の場でも、ジェイク様がいなくても耐えてみせます」

「セレスティナ……本当に? 本当に待っていてくれるか?」


 ジェイクは、抱き締めていた腕の力を緩めてそっとセレスティナと視線を合わせると、お互いの額同士をこつん、と合わせる。


「ええ、勿論。ふふ、私は意外と我慢強い方なのです。没落しかけている家の為、色々我慢をして来た事もありますし……あ、でも私のお父様に叱られる時はジェイク様も一緒に叱られて下さいね?」

「ああ。一緒にクロスフォード伯爵に頭を下げに行こう。大事な娘であるセレスティナの結婚が伸びてしまうんだ……いくら謝っても謝りきれないが、何度でも許しを請いに行くよ」


 二人はじっと見つめ合うと、瞳を細めて微笑み合う。

 辛い期間の後、この期間を乗り越えさえすればきっと幸せな時間があると信じて、それだけを楽しみに二年間頑張ろう。とお互いに約束し合う。


「──よし、父上に話に行こうか。まあ、二年間離れてしまうが学園卒業まではまだ時間がある。卒業までは時間があるからその間に二年間耐えれるようにセレスティナに沢山触れさせてくれ」

「──も、もう! ジェイク様! 抱きしめ合う以上の事は駄目ですよ!」


 セレスティナが頬を真っ赤に染めるのを見て、ジェイクは幸せそうに声を出して笑うと、セレスティナと指を絡め、手を繋ぎながら自分の父親がいる書斎へと二人で向かった。



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