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二十四話


 ジェイクとセレスティナが突然の乱入者に驚き目を見張っていると、二人の様子などお構い無しにフィオナが真っ直ぐに二人が居るテーブルへと足を進め、テーブルのすぐ側でピタリ、と足を止める。


「──残念ですわ、ジェイク様。それに、クロスフォード伯爵令嬢? 私の昨日の助言を聞き入れて下さらなかったのね?」


 にっこりとフィオナがこの場には似つかわしくない笑顔を浮かべて周囲に視線を巡らせる。

 三人の周囲には、カートライト侯爵家の使用人や従者が困ったような表情で自分達の様子を伺っている。


 フィオナはにんまりと笑みを浮かべると、周りの人間に聞こえるようにわざと少し声を大きくしながらジェイクに詰め寄る。


「あんなに、私との逢瀬を楽しんでいたのに……あんなに私の事を好いていると言っていたのに、突然このような仕打ちは酷すぎますわ、ジェイク様」

「──っフィオナ嬢っ!」


 周囲にいた使用人や、従者の空気がざわり、と揺らめく。


「あら、だって本当の事ですわよね? 私との関係のカモフラージュで、そちらのクロスフォード伯爵令嬢と一緒に過ごすようになって……学園では共に過ごす事は出来ないから、と諦めておりましたが、休日ですら共に過ごす事が出来ないと言われ……」


 ジェイクは、嫌な汗が自分の背中を伝うのを感じる。

 使用人や、従者がいるこのような場所でフィオナがまさかこんな暴挙に出るとは思わなかったのだ。

 ジェイクがさっと周りに視線を向けると、報告が必要だと思ったのだろう。

 従者が侯爵邸の中へと足早に向かって行く後ろ姿を視界に捉えて、ジェイクは自分の唇を噛む。


「そうしたら、クロスフォード伯爵令嬢が好きだから私と別れて欲しいですって……? 高位貴族だからと何でもご自分の思い通りになるとは思わないで下さい。私から貴方を手酷く振るつもりだったのに、何故私がこんな惨めな思いをしなくてはいけないの?」

「フィオナ嬢、これ以上は──」


 侯爵家へ無理に押し入った事や、自分より爵位が高い相手への無礼な態度、言葉。

 これ以上続ければフィオナにもそれ相応の罰が待っている。

 ジェイクはそうなってしまわないようにフィオナを止めようとするが、フィオナの言葉は止まらない。


「私だけ惨めな思いをするなんて許せません。二人も大変な目に遭えば宜しいのよ。すんなりと結婚なんてされてたまるもんですか」

「──レーバリー嬢……、こんな事をしたのはそれが狙いなのですね」


 それまで黙って事の成り行きを静観していたセレスティナがぽつり、と呟く。

 ジェイクが訝しげにセレスティナを見遣れば、セレスティナは疲れたように自分の額に手をやり、溜息を零している。


「休日に、このように押し掛け、侯爵家の使用人の方々が居る前で私達の間で何が起きたのか話す……。私とジェイク様の婚約が、偽の婚約であったと知れば、ご当主のカートライト侯爵様に報告が上がりますものね……」

「──最初から父上を巻き込むつもりだったのか……」


 セレスティナの言葉に、ジェイクが悔しそうにテーブルに乗せていた自分の拳を固く握りしめる。

 先程、従者が報告に向かってしまった。

 恐らく、報告を聞いてカートライト侯爵は自分の息子が仕出かした事に怒りを覚え、こちらにやってくるだろう。


 もしかしたら侯爵の言葉で自分達の婚約は正式に白紙に戻るかもしれない。

 そうして、ジェイクは以前話していた好きでも何ともない女性と婚約を結び、そのまま結婚しなければいけなくなる可能性がある。


 ジェイクが悔しそうに表情を歪めているのを見て、フィオナは嬉しそうに表情を綻ばせている。


(自分より爵位の高い人間が、自分のせいで感情を揺さぶられ、翻弄されている……。その状態を見て喜ぶなんて、レーバリー嬢は随分と自分の爵位にコンプレックスを抱いているのね……それで、ジェイク様と期間限定の恋を楽しんで、最後には手酷く振って、自分の自尊心を満たしたかったのかしら?)


 セレスティナは、フィオナの表情を見てふとそんな事を考えてしまう。

 だが、恐らく自分の考えはそれ程間違っていないのだろうと思った。


 それだけ、この貴族社会では爵位が物を言うのだ。

 セレスティナのクロスフォード伯爵家も、没落寸前の貴族とは名ばかりの家ではあるが、爵位が伯爵家と言う事もあり、表立ってセレスティナを攻撃して来るような人物は多くない。

 たまに人に囲まれていたりしていたが、それもジェイクと共に過ごすようになってからパタリと無くなった。

 それは、ジェイクが高位貴族の侯爵家の人間だからだ。


 たまに周囲からヒソヒソと陰口を叩かれるような事はあるが、所詮それだけ。

 ジェイクが自分の隣に立った、それだけで今まで受けていたようなちょっとした嫌がらせがすっかり無くなったのだ。

 それだけ、高位貴族の影響力は高い。


 だからこそ、フィオナは高位貴族が自分の手のひらの上で転がされていた事を楽しんでいたのだろう。

 それが、自分の存在のせいで狂ってしまった。

 まさか、振ってやろうと思っていた男から自分が振られるとは思っていなかったのだろう。


 それが、フィオナの自尊心を傷付けたのだ。

 プライドを傷付けられたフィオナは、だからこうして後先考えず侯爵家にやってきたのだろう。


「──大変な事になってしまいそうね……」


 セレスティナがぽつり、と呟いた時、背後から人が近付いて来る気配がして。

 先日、この侯爵邸で会った男の声が低くその場に響いた。




「──これは、何の騒ぎだ? ジェイク」


 低く、重たい男の声が聞こえて、セレスティナはその場に立ち上がるとそっと振り返る。

 セレスティナの動きに伴い、ジェイクもその場に立ち上がると悔しそうに眉を顰めた。


「──お邪魔しております、カートライト侯爵様」


 ドレスの裾を持ち上げ、頭を下げるセレスティナに、ジェイクの父親であるカートライト侯爵は目尻を下げると、セレスティナに微笑んだ。


「うむ、この間ぶりだな、セレスティナ嬢。──それで、後ろに居る不躾な女性は我が侯爵邸に何の用だ?」

「──父上……」


 セレスティナに向けていた微笑みをすっと引っ込めると、無表情で侯爵はフィオナへと視線を向ける。

 視線を向けられたフィオナは、侯爵の威圧感に一瞬たじろいだが、すっと侯爵に視線を向けると一礼して唇を開く。


「──初めまして、カートライト侯爵様。私、フィオナ・レーバリーと申します。カートライト侯爵家の次男、ジェイク・カートライト様とお付き合いをしていた関係で、ご本人にお話に参りました」

「ジェイクと付き合っていた、と?」


 侯爵の低く重い言葉に臆する事無くフィオナは侯爵にしっかりと視線を合わせると、尚も言葉を続ける。


「ジェイク様は、私とのお付き合いを隠す為にそちらのセレスティナ・クロスフォード伯爵令嬢に婚約者役を依頼し、それを快諾した伯爵令嬢が──」

「もういい。誰か、取り敢えずこの女性をお見送りしてくれ」


 フィオナが話している言葉を、侯爵は表情を歪めながら遮ると、周りにいた使用人へ視線を向ける。

 途中で自分の言葉を遮られたフィオナは、呆気に取られた後、キッと侯爵を睨み付けると尚も言葉を続けようとしている。


「──っ、どうか最後までお聞き下さい、侯爵! ジェイク様は……っ!」

「もういい、と言ったのが聞こえなかったのかな?」


 興奮して話すフィオナに、侯爵はやれやれ、と息を零しながら視線を向けると、強い口調で言葉を放つ。


「そもそも、侯爵邸へ突然来訪するような礼儀知らずの女性の話を私が何故直々に聞かねばならない? 詳細はジェイクとセレスティナ嬢二人から聞いて確認するから貴女はもうここから出て行ってもらおう」


 侯爵の言葉に、従者がさっと動くとフィオナの腕を取り、侯爵家の門の方へと促す。

 従者の他にも、侯爵家の私兵がやって来て、フィオナを侯爵家から追い出すようにこの場を離れて行く。

 未だに、フィオナは何かを喚いているようだが、その声も段々と小さくなりその内聞こえなくなった。


 その場に立ち尽くすセレスティナと、ジェイク二人に侯爵は視線を向けると困ったように溜息を吐き出す。

 その溜息に、びくりと肩を震わせるセレスティナを気遣うように視線を向けるジェイクの様子を見た侯爵は、庭園から三人で話せるような場所に移動する為、温室の方向へ視線を向ける。


「──詳しい話を聞こうじゃないか……。取り敢えず場所を移そう。ジェイク、温室にもお茶の用意はしてあるな?」

「──はい、父上……」

「うむ。それでは温室に移動しよう。セレスティナ嬢もそれでいいかな?」


 セレスティナに優しく微笑みながら、そう聞いてくる侯爵に、セレスティナは侯爵の瞳をしっかりと見つめ返しながらはい、と頷いた。






 場所を温室へと移し、メイドにお茶の準備をしてもらいメイドが温室から退出する。

 温室内にはセレスティナ、ジェイク、侯爵の三人だけになり、侯爵は紅茶を一口飲んでから唇を開いた。


「先程の……あの、礼儀のなっていない女性が言っていた言葉は本当なのか、ジェイク」


 瞳を細め、咎めるような視線でジェイクにヒタリ、と視線を止めてそう言葉を放つ侯爵に、ジェイクは素直にこくり、と頷くと唇を開く。


「ええ……、先程の女性──フィオナ・レーバリー嬢と私は、以前お付き合いをしておりました。それは、本当です」

「セレスティナ嬢を隠れ蓑にしていた、と言うのもか?」


 侯爵の言葉に、ジェイクは自分の唇を噛み締めながら頷くと、ただ一言「はい」と言葉を返す。

 そのジェイクの言葉を聞いて、侯爵は呆れたように自分の額に手を当てると「愚か者が」と低く呟く。


「お前がしていた事は、女性を軽んじた愚かな行為だな……。ある女性と付き合っていながら、その事実を隠す為に他の女性を隠れ蓑として利用するなど……お前の教育を間違えたようだ」

「──っ、仰る通りです……返す言葉もありません……」

「それで、私達を騙しセレスティナ嬢に無理矢理偽装婚約を持ち掛けたと言う事か……何の為にそんな事を……」

「父上……言い訳をする訳ではないのですが、セレスティナに偽の婚約者役をお願いした経緯をご説明しても宜しいでしょうか?」


 真っ直ぐに自分を見返してくるジェイクの視線に、侯爵は「話せ」と言葉を返すと、ジェイクは自分の隣に座っているセレスティナの手のひらをぎゅっと握りながら、自分の父親である侯爵にぽつりぽつりと話し出した。




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