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二十二話


 ジェイクは、セレスティナを抱き締める腕に力を込めると唇を開いた。


「その……、今日フィオナ嬢と会っていたのをセレスティナも知っていると思うが……会った理由が、フィオナ嬢に別れを切り出そうとして呼び出したんだ」

「──え、そうだったのですか?」


 セレスティナが驚いたように瞳を見開き、ジェイクの腕の中から見上げると、ジェイクは困ったような表情を浮かべてこくり、と頷く。


「その……セレスティナと一緒に過ごす内にフィオナ嬢には抱いた事もない気持ちを抱き始めて……今更だけど、俺はフィオナ嬢の事を本当に好きでは無かったんだと言う事に気付いてな……。本当に人を好きになると、その……こうやってセレスティナに触れたいといった欲求や、俺以外の男にセレスティナが笑い掛けたりする姿を見て嫉妬したり……」

「えぇ……っ」


 何だかとんでもない事を言われている気がして、セレスティナは顔を真っ赤に染めると、そろりとジェイクから視線を逸らすが、ジェイクはセレスティナが視線を逸らすのを許さない、とばかりに逸らした先に自分の顔を持って行き、セレスティナの瞳をじっと見つめながら言葉を続ける。


「本当に、フィオナ嬢と一緒に居た時には感じた事がない感情をセレスティナと過ごしていると沢山覚えて。人を好きになるって言うのはこう言う事なんだ、と分かったんだ」


 ジェイクは、抱き締めた腕に力を込めると更にセレスティナを抱き込む。


「多分、俺は初めて俺自身を見てくれたフィオナ嬢に嬉しくなって、そして告白されて安易に付き合ってしまったんだ。嫌な気持ちを抱かなかったから、俺もフィオナ嬢が好きなんだと勘違いしたがあれはきっと、今思えば"友情"に近いような気持ちだったんだと思う。それを、俺は愛情と勘違いして、勝手に舞い上がってセレスティナに失礼な話を持ち掛けたんだ」

「本当に、そうだったのですか……? あんなにレーバリー嬢の事を嬉しそうに話していたのに?」

「ああ、セレスティナがそう思うのも無理はない。あの時の俺は完全に気持ちを勘違いしていたから」


 ジェイクの言葉を聞いても、セレスティナは信じられないような表情でジェイクに話し掛ける。

 今までフィオナの事を嬉しそうに話すジェイクを見て来たのだ。

 あの表情を思い出すと、そこに恋心が無かったとは思えない。

 だが、セレスティナの言葉にジェイクは恥ずかしそうに視線を逸らしながら唇を開く。


「──俺は存外、嫉妬深い方だと知れたのはセレスティナのお陰だし、その、触れたくてどうしようも無くなったのもセレスティナだけだから……本当に、フィオナ嬢にはちっともそんな気持ちは抱かなかったんだよ……」

「ふ、触れ……っ」


 あけすけな物言いに、セレスティナは先程から自分の顔が赤く染ったまま戻らない。

 こんなに完璧に紳士然とした男が嫉妬に塗れ、そして自分に触れたくてしょうが無かったと自分の気持ちを吐露している姿にセレスティナはくらり、と目眩を覚える。


 先程までは偽の婚約者役を辞めようとしていたのに、突然ジェイクから告白を受け、そして恐らく自分達の仲を拗らせようとフィオナが画策していた事が分かり、セレスティナは頭の中が混乱したままこんがらがっている。


「セレスティナ……俺が好きなのはセレスティナだけなんだ。他の女性の事を好きだ、と言って君に失礼な事を依頼して、最低な男だと思う。だけど、俺はもうセレスティナを手放したくないんだ。俺の隣で今までのように笑って欲しいし、俺が間違った事をしたら叱って、正して欲しいんだ。これから先の人生を共に歩みたいのはセレスティナだけなんだ……」


 しっかりとセレスティナの瞳を見つめて、自分の気持ちを素直に告げてくるジェイクに、セレスティナは顔を真っ赤に染めたまま何度も頷く。


「──分かり、ました。分かりました、からっ。もう離して……っ」


 これ以上抱き締められたまま告白を続けられるのは心臓に悪い。

 セレスティナはもう解放して欲しいと言う一心でジェイクに懇願する。


「──本当に……? 俺とこれからも婚約を結び続けてくれるか?」

「ええ、ジェイク様のお気持ちは十分に分かりましたから……っ」

「ありがとうセレスティナ! 君に婚約を解消したい、と言われた時は本当に心臓が止まるかと思った……!」


 ぱあっと表情を輝かせて幸せそうに笑うジェイクに、セレスティナは眉を下げると、ふ、とこのままで本当に大丈夫だろうか、と不安が過ぎる。

 そのセレスティナの僅かな感情の変化に気付いたジェイクは、心配そうにセレスティナへ「どうした?」と言葉を掛けると暫し迷いながらセレフティナが唇を動かす。


「……ですが、レーバリー嬢が、納得するかどうか分かりませんね……彼女はジェイク様にとても執着しているように思えますから……」

「ああ、うん……そうだな。フィオナ嬢は卒業するまでセレスティナに俺の気持ちを伝えるなと言っていたし……もし伝えたら付き合っている、と言う事を周囲にバラしてしまうかも、と言っていた……」


 そんな事を言っていたのか、とセレスティナが呆気に取られていると、どうしたものか、と悩む。


「そもそも、ジェイク様はレーバリー嬢とお別れは済んでおりますのでしょうか?」

「ああ、一応……そうだな。別れる変わりに、卒業までセレスティナに想いを告げるな、と言われたんだ」


 卒業まで。

 そこで、セレスティナは引っ掛かりを覚える。

 何故、卒業まででいいのだろうか。フィオナが本当にジェイクの事が好きならば卒業までとは言わず一生想いを告げるな、とでも言いそうなのだが、とセレスティナは考える。

 卒業したら自分はもう関係が無くなるからだろうか。

 自分が学園を卒業したら、ジェイクと関係が無くなるから、好きにしろ、と言う意味なのだろうか。でも、ジェイクは最初フィオナとの婚約を可能にする為の時間稼ぎで自分と偽装の婚約を交わしたのに、二人の間に何か温度差がないか? とセレスティナはそこまで考えて、まさか最初からフィオナは学園を卒業した後はジェイクと一緒になる気はなかったのでは? と考えて、その考えが妙にしっくり来る事に気付いてしまった。


 だが、そんな事をジェイクにどう伝えるべきか。

 そもそも、憶測であるこの事はジェイクに伝えなくてもいいのではないか、と考える。


(だって……もし本当にそうなら……ジェイク様は卒業と同時に大好きだった人から別れを告げられていた可能性がある、って事よね)


 今は自分を好いてくれているらしいが、愛情ではなくとも、たとえ友情だったとしても情を傾けていた人からそんな風に考えていたのでは? と言うのは憚られる。


 だが、僅かなセレスティナの感情の変化にも気付いてしまうジェイクに心配そうに視線を向けられてセレスティナは思わず視線を逸らしてしまうが逃がしてもらえそうもない。


「何か、気付いた事があった……?」


 ジェイクに真っ直ぐと見つめられ、そう聞かれてしまえば何でもない、と言えそうにない。

 それに、隠して自分がフィオナに会いに行った事がジェイクにバレたら大変な事になりそうだ。

 セレスティナは、自分が考えてしまった事をジェイクに話す事に決めた。






「──なるほど、な……」


 セレスティナから話を聞き終わったジェイクは、セレスティナを抱き締めていた腕を片方外して自分の顎に手を持ってくると暫し思案しているのか、難しい表情で何か考え込んでいる。


「始めから、俺との関係は学園在学中まで、と割り切っていたと言うなら先程のフィオナ嬢の発言にも確かに納得が行くな……」


 それにしても、自分は何て情けないんだろう。

 と、ジェイクは頭を抱えたくなってくる。

 恐らく、セレスティナがジェイクに話して聞かせた内容は合っているだろう。

 今思い出してみればフィオナから向けられる気持ちは口先だけで、愛情等は瞳から感じれた事はない。

 好きだ、と言われても心が籠った感じはなく、ジェイク自身を縛り付けるように、ジェイクが離れて行かないように全て計算されていたように思える。


「学園を卒業するまでなら、何でこんなに俺達に突っかかって来るんだ……どうせ別れるつもりだったのならば、今別れても何も変わらないよな……?」

「うーん……憶測ですけど、今までジェイク様の好意は全部自分に向いていたのに、そのジェイク様の気持ちが、……その、私へと向けられるようになって、面白くなかったんじゃないですかね……? ジェイク様程の人から好かれる、って言うのはやっぱり女性からしたらとても嬉しい事、ですから……」


 セレスティナは、ここまで話していて自分が恥ずかしい事をジェイク本人に告げている事に気付き、頬を真っ赤に染める。

 抱き締められたままの体勢のせいで、ジェイクから離れる事が出来ないので精一杯顔を逸らしてジェイクから自分の顔が見えないようにする。

 だが、セレスティナの言葉を聞いてジェイクは嬉しそうに破顔すると、セレスティナをじっと見つめて唇を開く。


「と言う事は俺に好かれて嬉しい、ってセレスティナも思ってる、って事か?」


 嬉しい気持ちが隠し切れないように、ジェイクはにこにこと微笑むとセレスティナの顔を覗き込む。


「──っ、ふざけるのはここまでにして……っ、どうします? レーバリー嬢の言葉に従わないと、ジェイク様とレーバリー嬢が付き合っていたって言う事をバラす、と言われているんですよね?」


 ぐいっ、とジェイクの顔をセレスティナは自分の手のひらで反対側へと向けると話を進めようとする。

 ジェイクは、照れて顔を真っ赤に染めているセレスティナに幸せそうに笑うと我慢出来ずにセレスティナの額に口付けてしまった。


 ジェイクの突然の行為に、セレスティナはばっと口付けられた自分の額を隠すように手のひらで覆うと恥ずかしさに視線をうろ、と彷徨わせるとジェイクから逃げるように顔を俯かせた。


「──かわい」

「え、えっ?」


 ジェイクは我慢出来ない、とでも言うようにぎゅうぎゅうとセレスティナを強く抱き締めると幸せそうに笑い声を上げる。


「ふはっ、こんなに可愛いセレスティナを知ってしまったんだ。もう今更セレスティナと離れる事なんて出来ない。フィオナ嬢の言葉には従わないよ、俺がもう一度話してみる。……納得してくれなくて、セレスティナを傷付けようとするならば使いたくない侯爵家の力ってやつに頼るしかないな」

「え、それって、ジェイク様」


 侯爵家の力を使う、と言う事は。

 もし本当にそんな事をしてしまえば男爵家のフィオナではとても太刀打ち出来ないだろう。


 それは些かやり過ぎでは、と眉を下げるセレスティナに、ジェイクも「本当にそうなるのは最悪の場合だから」、と告げると暫ししてジェイクは名残惜しそうにセレスティナから体を離すと授業へ戻るため、二人はその場を後にした。



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