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二話


 セレスティナは、思わず頷いてしまった事にはっと瞳を瞬かせると「んんっ」と態とらしく咳払いをしてジェイクに視線を向け、唇を開いた。


「そ、それで……何故偽装婚約が必要だったのかお伺いしても宜しいでしょうか?」


 セレスティナの言葉にジェイクは言いにくそうに視線を彷徨わせると、周囲に人の気配が無い事を確認する。

 偽装婚約をするのだ。

 周囲にこの婚約が偽装だとバレてはいけないし、偽装婚約の他の人間に聞かれても不味い。


 ジェイクは一つ咳払いをすると、「場所を変えてもいいか?」とセレスティナに提案した。






 ジェイクの言葉に頷き、学園で生徒が個人的に勉強するような自習室をジェイクが借りた。

 裏庭で会った時、既に午後の授業が終わり学園に残る生徒達は少なくなってきていたのもあり、学園内を移動するセレスティナとジェイクの姿を見る者は少なかった事が救いだろうか。


(でも……明日の夕刻までには噂が立ちそうね)


 自分達の姿を見る者は少なかったとは言え、数人にはジェイクと共にいる姿を見られているのだ。

 ジェイクに懸想する令嬢達に恨まれそうだ、とセレスティナは憂鬱な気分になる。


「セレスティナ嬢、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ジェイクが、自習室の扉を開けてセレスティナを先に入室させると自分も後に続いて入室した。

 スマートなエスコートに、ジェイクの育ちの良さと人柄が窺える。

 セレスティナは素直に感心しつつ、ジェイクにお礼を述べると室内へと足を踏み入れきょろ、と周囲に視線を彷徨わせる。

 室内は自習室という事もあり、少人数用に作られていて少し手狭な空間だ。

 二人が向かい合わせで椅子に腰を下ろしたら近い距離感になりそうだ。


 セレスティナが少し躊躇っていると、ジェイクが不思議そうにしながら着席を促してくる。


「セレスティナ嬢?」

「あ、いえ。すみません」


 躊躇っているのは自分だけか。

 何だかセレスティナはジェイクを意識しているのが恥ずかしくなってしまい、促されるまま椅子に腰を下ろす。


 セレスティナが腰を下ろした事を確認すると、ジェイクが唇を開き、今回の偽装婚約を提案した理由を話し始めた。


「突然の話に吃驚したと思うんだが……実は、今実家で俺の婚約者を探そうとしててな」


 嫌そうに眉根を寄せて話し出すジェイクにセレスティナはただ黙ってジェイクの話の続きを聞く。


「その、俺は結婚するなら好いた女性としたいんだが、このままだと好きでもない女性と婚約して結婚する事になってしまうんだ」

「はあ……」

「だから、俺が好いた女性と婚約出来るようになるまで家の目を欺く為にもセレスティナ嬢に恋人の振りと婚約者の振りをお願いしたいと思ったんだ」

「それ程、カートライト侯爵子息様は恋愛結婚をされたいのですね」

「──甘ったれた事を言っているのは十分分かっているんだが、好いてもいない女性と結婚しても上手く行く気がまるでしないんだ」


 下位貴族である自分とは違い、高位貴族である人の婚約は政略的な思惑が大いに影響する。

 懸想している人とそのまま婚約、結婚等夢のまた夢になるのだ。

 ジェイクは高位貴族の中では珍しく好いた女性と結婚したい、と言うのだろう。


「理由は分かりましたが、何故私なのでしょう? 正直、カートライト侯爵子息様でしたら協力してくれる女性は山ほどいるのでは?」


 何も、自分ではなくても良いはずだ。

 セレスティナは素直に自分の疑問を口にするとジェイクが気まずそうに視線を逸らしながらもごもごと唇を動かす。


「その、他のご令嬢達は俺を好いてくれているだろう……? 解消前提の婚約なんて流石に申し込めなくて、な」

「その点、私でしたらジェイク様を好いていないから?」

「ああ。傷付く事はないだろう? 契約として納得出来るんじゃないかと思って」

「確かにそうですね、ジェイク様と契約すれば私は家の没落を防ぐ事が出来て、ジェイク様もお家の決めた婚約から逃れる事が出来ますね」


 双方に取ってこれ以上無い程の好条件だろう。

 だが、セレスティナは一点だけ確認したい事があり、ジェイクに問いかける。


「内容は分かりましたが、偽装婚約の終了はいつなのですか?」


 そう、いつまでジェイクの婚約者を偽ればいいのか。

 その点が気になり、セレスティナがジェイクに聞くと問いかけられたジェイクは恥ずかしそうに頬を染めてセレスティナに告げる。


「実は……フィオナ・レーバリー嬢と今いい感じなんだ。彼女と結婚出来るようにどうにか手立てを考える。その間、少しの時間で済むと思うから、その間だけお願いしたい」



 フィオナ・レーバリー嬢。

 その名前がジェイクの唇から出てきてセレスティナは「なるほど」と納得して頷いた。


 フィオナ・レーバリーとはレーバリー男爵家のご令嬢だ。

 三人姉弟の末っ子でピンクブロンドの髪の毛に赤茶の瞳の可愛らしい顔立ちのご令嬢だ、と噂を聞いた事がある。

 セレスティナの耳にまで噂が入るという事は相当可愛らしい女性なのだろう。

 そのご令嬢とジェイクは「良い仲」なのだと言う。と、言うことは恋仲なのだろうか?セレスティナは疑問に思った事をジェイクに聞いてみる事にした。


「フィオナ・レーバリー嬢とカートライト侯爵子息様はお付き合いをなさっているのですか?」

「──ジェイクでいい。……そうだな、ひと月程前にフィオナ嬢から想いを告げられて付き合い始めた」


 恥ずかしそうにセレスティナから視線を逸らしそう告げるジェイクに、セレスティナはあらあら、と自分の口元に手を当てジェイクを微笑ましそうに見つめる。


「そうなのですね、でも……そもそもお付き合いをされているのであれば、何故フィオナ・レーバリー嬢とお付き合いしている事をご両親にお伝えしないのですか? 真剣に交際されているのであれば、ご両親もご納得して頂けるのではないでしょうか?」


 セレスティナの最もな意見にジェイクは悲しそうに溜息を吐き出すと、唇を開く。


「フィオナ嬢は男爵令嬢で、跡継ぎがしっかりと居る家の娘だ。それに対して俺は侯爵家ではあるが次男……自分で何かしらの偉業を成し遂げて叙爵されるか、一人娘の家に婿に入るしかない。……それにフィオナ嬢は男爵家だ。侯爵家の縁組にはまず名前が上がらない」


 気落ちするようにずん、と肩を落とすジェイクに「可哀想に」と何処か他人事のように感想を抱くとセレスティナもジェイクがどうして偽装婚約を持ち出したのか納得した。

 折角好いた女性とお付き合いしているのにお相手は下位貴族の男爵家のご令嬢で、婿に入る事も出来そうにないお家だ。

 それに対して自分は没落寸前とは言え、伯爵家の娘である。

 一応跡継ぎの兄がいるにはいるが、没落寸前の我が家の財政を立て直そうと他国に経営を学びに行っている。

 暫く帰国の予定がなく、次の子供であるセレスティナにも爵位を継ぐ可能性がある為白羽の矢が立ったのだろう。


 それならば仕方ない。


「かしこまりましたわ、ジェイク様。ジェイク様がフィオナ・レーバリー嬢と無事婚約出来るその時まで"婚約者役"承ります!」


 解消する時もこちらに傷が付かないように取り計らってくれるとまで言っているのだ。

 それならば、自分は家のために出来る事をしようとセレスティナはジェイクに自分の手を差し出した。

 差し出されたセレスティナの手のひらと、セレスティナの顔を交互に見つめていたジェイクだが、ぱあっと表情を輝かせるとセレスティナとしっかり握手を交わした。


「ああ、それでは暫くの間よろしく頼むよ。セレスティナ嬢」


 ジェイクに懸想しているご令嬢達の視線が怖いけれど、頑張ってみよう、とセレスティナは心を強く持った。



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